護衛Ⅰ
宿に着いたユーキはベッドへと横たわる。試験の疲れが残っていたのもそうだが、一番の疲労はオーウェンが原因だった。
「それで、受けるんですか?」
「いや、それは詳細を聞かないとわからないなぁ……」
ウンディーネの問いかけに半ば気の抜けた声で答える。意識が朦朧とする中で、オーウェンとの会話を思い出してみる。
教授たちが戻ったのを見計らって、オーウェンは中庭から少し離れたところへユーキに着いてくるよう歩き始めた。当然、マリーやアイリスを先頭にサクラもついてくる。その後ろには呆れた顔でエリーも追ってきていた。
なお、エリックは転がったままである。夕日が沈むころに家の者に連れて帰られたとか、そうでないとか。
城壁のトンネルを抜けて脇へ反れると、オーウェンは剣の柄へと触れて軽く風を起こした。試験の時にも使われた魔法で、周りの人間に声を聴かれないためにするものだ。
顔だけを覗かせていたマリーの顔が悔しそうに見えたのは気のせいだろう。それが原因かどうかはわからないが、オーウェンはため息を吐いて、事情を話し始めた。
「実は今回の試験は、聴講生云々は関係ないんだ」
「え……」
「できるだけ魔法学園内の人物で、貴族との関りが薄い人物に頼みたいことがあってね。いわば依頼を受けてもらうための審査だった、と思ってくれた方がいい」
「受けたつもりはないんですけどね」
「こちらが一方的に無理難題を押し付けているのは百も承知だ。だけど君が選ばれたのにも理由がある……というか、ユーキ。君自身がそもそもの原因なんだが?」
そう言って、オーウェンは王城の方に顔を向けた。軽く笑みを浮かべると、試しているかのようにユーキへと問いかける。
「簡単な問題だ。僕は公爵で、つまり王族の血縁者ということになるのだが、一体どこの誰が君を推薦すると思う?」
「――――まさか!?」
オーウェンはユーキの顔が青ざめたのを見て、先ほどの笑みとは打って変わって、心底愉快そうに笑みを浮かべる。公爵家の嫡子だとか、生徒会長という肩書とかを気にせず、年相応の笑みだ。
「そのまさかでね。『地位を贈りつけたいから、それなりの戦果を挙げさせてやれ』という誰か様の意向だ」
ユーキは「実力がつくまでは爵位はいらない」と
しかし、よりによって国王自ら依頼の斡旋をするとはいかがなものか、というよりも何故そこまでして爵位を授けようとするのか見当もつかないのが恐ろしい。
「内容は護衛任務でね。少数精鋭で行こうと思うが、我々が配属されるのはダミーだ。安心してくれ」
「いや、安心してって……」
「もう半ば強制事項だ。諦めが肝心だと思うぞ」
「一体いつから手の上で躍らされてたんだか……」
思えば、最初からおかしかったのだ。やたら絡んでくるオーウェンの様子は冷静に考えれば、何か裏があることくらいは予想できたはずであった。
しかし、オーウェンの答えはユーキの予想の一つ先を行っていた。
「いつからだって? いつの間にか姿を消しているアランが喧嘩を売るところからだよ」
「不良のリーダーも演技だったのか……」
その言葉を聞いて余計に頭が痛くなる。あの不良のリーダーのように近づいてきたアランでさえ、オーウェンの一手だというのには驚かされる。気付かない自分の愚かさも同時にだが。
生徒会長と不良。関係性として結び付くとしても互いに反発する間柄だというぐらいだろう。まさか裏でつながっているとは思うまい。
「いや、不良なのは否定できないな。うむ、彼は正真正銘の不良だ」
「逆にそれを動かせるあなたは……」
「ただの生徒会長だが……?」
「……絶対に嘘だ」
「まぁ、詳しい話は三日後にしよう。それまでは、ゆっくり疲れを癒してくれ」
高笑いよろしく、片手をあげて去っていく姿をオーウェンを悔し気に見つめるユーキ。
それをチャンスとばかりに遠くから見守っていたサクラ・マリー・アイリスが急接近。訂正、アイリスは久しぶりのミサイル攻撃で飛んできた。結果はユーキの撃沈である。
「それで、何の話だったの?」
心配そうに尋ねてくるサクラにユーキは、言いそうになって慌てて口を閉じる。
「(貴族の息が……ってことは、マリーはアウトだよな。となるとサクラとアイリスもダメだな)」
あー、と答えを先延ばしにして考えた結果。正直に言えないと白状すると、その後ろから声がかかった。
「賢明な判断ですね。わざわざ、私も抜きにして話したということは、相当大切なお話だったのでしょう」
「そうですね。胃が痛くなる程度には……」
「とりあえず、色々とありましたがおめでとうございます。魔法学園でよい日々を過ごせることを祈っています」
エリーの表情には、若干ではあるが後ろめたさでもあるような暗い顔だった。
そのまま、歩き去る背中へ声をかけようと思うが、ユーキには言葉が思いつかなかった。
「ユーキ」
「なんだ。アイリス」
「……何を言われたかわからないけど、気を付けた方がいい」
いつもの間延びした感じのアイリスとは違い、その目は魔法を教えるときのように真剣だった。
若干、ほっぺたに膨らみを感じるのはむくれているのか、怒っているのか判断はつかない。
「なんでだ?」
「さっきまでは生徒会長として動いていた。でもさっきのは違う、公爵家としての顔だった……気がする」
「えー、そうかなぁ。サクラはどう思う?」
「えーっと。傍から見ている分には楽しそうにおしゃべりしてるなぁって」
依頼関係の話の内容を抜きに考えれば、第三者の視点から見ていた二人は危機感を抱いていなかった。一応、伯爵家であるマリーもいうのだからユーキは、アイリスの言葉をそこまで真剣に受け取らなかった。
もし、気を付けるならば依頼の案件だろうと腹を括ってはいたが。
「むー。ユーキは鈍感だからわからないんだよ」
「まぁ、それは否定できないよな」
「え、なぜ!?」
「二人ともユーキさんが困るから揶揄うのはそこまでに。今日は疲れているだろうから、ユーキさんはしっかり休んで」
その言葉にみんな頷くと傾き始めた夕日が落ちきる前にと歩き出した。
楽しく話しながら帰るユーキたちの数メートル後ろ。城壁の近くに植えてある木の陰で、その様子をアランが腕を組んで見守っていたとも知らずに。
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