神殿効果Ⅴ

「……あ、目が覚めたみたい。ユーキさん。大丈夫ですか?」

「うーん。何とか……」


 ぼやけた視界に逆さまの顔が見えた。声も視界も戻り始めるが、いかんせん体がうまく動かない。言葉も話しているつもりが、耳に入ってくるのは言葉になってない呻き声だ。

 たっぷり十秒ほどすると経つと感覚神経や運動神経の反応が正常に戻り始める。同時に、ユーキは頭の後ろにある柔らかい存在に意識が向き始める。


「どうですか? 気分とか悪くありません?」

「あ、あぁ……。ごめん。何とか大丈夫。今、退くから」

「そのまま、もう少し横になっていた方がいい。先程のはなかなかいい一撃だったからね」


 オーウェンが膝をついてユーキの胸をそっと押す。その顔は逆光でよく見えなかったが、少しばかり困った顔をしていたようだった。


「そのまま聞いてくれ。今までの三つの試験の話を副会長から聞いた。その上で、いくつかこちらの不手際と事故があった。その点について、謝罪したい。許してほしい」

「どういうことですか?」

「魔法陣の課題では、用意された道具に不備があった。そして先程の鎧は、明らかに課題には不適切だった。結果だけ見れば、君は不合格ということになるのだが……」


 一度、言葉を区切ってサクラやエリーを見て頷いた。


「生徒会側も君たちも納得がいってないと思う」

「まぁ、そうですね」

「そこで再試験は……とも思ったのだが……。それでは君が……」

「いえ、それは無理です」


 オーウェンを遮る声に何かと振り返ると、ようやく立つことができたエリックが歩いてきていた。エリックの声にその場の多くの人間が怪訝な表情をした。


「書記長。説明をお願いしてもよいかな」

「その……生徒会の書記長専用の契約記帳簿があるのはご存じですよね」

「あぁ、我々の議会などに通したものを記入して間違いが起こらないように……まさか!」

「はい。『聴講生ユーキは、生徒会の出題する試験三問中二問以上正解しない場合、魔法学園への立ち入りを禁ずる』と」

「まずいことになった」


 エリックが持っているA四サイズの冊子を見て、オーウェンは肩を落とす。エリーに至ってはこめかみを抑えてため息をつくほどだ。

 頭を抱えている二人にアイリスが疑問を投げかける。


「何が問題なの?」

「生徒会の保有する契約記帳簿なのだがね。生徒会の正式に通った議案を破れないようにするための契約用の紙束がある。当然、普通のものより制限が大きくされているのだが、効力は本物だ。それがある以上、契約の女神を納得させるだけのものを提示できないと覆すのは難しい」

「そちらにミスがあったのに?」

「契約の紙は書かれたことが全てだ。だからこそ、追加の契約や変更は難しい。この場合は記入したエリック書記長とユーキ君。そして、我々の証言で覆さなければならないのだが……」


 大きくため息をつくとオーウェンは腕を組んで考え始める。


「第一条件は契約の追加。生徒会側にミスがある場合は試験の無効……。そうすると、そもそも不正解と同じ扱いになるから再試験か。第二条件はミスの証明だけど、それはここにいる全員が証言できるし、最悪あの鎧を見せれば何とかなる。羊皮紙という現物も残っているし大丈夫だろう」

「じゃあ、大丈夫なんだな」

「あぁ、恐らくは……な」


 マリーがオーウェンへと確認すると頷いて答えた。

 しかし、その歯切れは決していいものではなかった。その話を顔だけ傾けて聞いていたユーキは、エリックの顔を少しだけ垣間見た。その顔は少しばかり青ざめているようにも見えた。


「では女神像の所に行こう。奇しくも試験の舞台だった中庭に安置されている。ユーキ君、立てるかい?」

「えぇ、それと呼び捨てで構いません。何か言われ慣れてないので」

「わかった」


 オーウェンがユーキの方へ手を差し出すので、ユーキも握ると思った以上の力で引き揚げられた。細身の腕ではあるが、その力は刀と同じように魔法剣を振るうことで鍛えられたのだろう。優男のような整った顔とは逆に、握った左手はところどころがゴツゴツとしていて硬かった。

 相手も同じことを感じ取ったのかオーウェンは言葉ではなく微笑んできた。ユーキも返すと、もう大丈夫そうだと言わんばかりに、中庭へ向かって歩き出した。


「さて、どうなるかわからないけど行こうか」

「本当に大丈夫?」

「あぁ、だいぶゆっくり休めたからね」

「じゃあ、一つだけ。いきなり魔力は人の体に流さないこと。その……いろいろと、びっくりするから」

「わかった。次から気を付けるよ」


 先程は影になっていてわからなかったが、サクラの顔は若干、赤みを帯びていた。はて、と首を傾げるユーキを置いて、サクラはマリーの方へと走って行く。

 アイリスは、呆気にとられているユーキを見て、軽くため息をつくのだった。

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