神殿効果Ⅵ
――――女神ユースティティア
それはラテン語で『正義』を表す名前を冠する女神であり、ユーキの世界でも欧州の裁判所では剣と天秤を手にしている女神像が存在する。他にもこの地では何柱かの神が契約などの問題に仲介に入ってくれるらしい。何とも人間想いな神様であろうか。
「女神ユースティティアよ。ここにいる者たちの間の契約において、不備がありましたことを申し上げます。天にて忙しい御身であるとは思いますが、今この時、裁定の判断を――――」
「――――よい。人の子よ。人が生きる上で間違いを犯すは必然。なれば我らが導こう」
「偉大なる女神よ。我らを思う慈悲に感謝いたします」
片膝をついて女神像へオーウェンが語り掛けると女神像に光が宿った。
しかし、像は動くことなく、言葉だけが頭へと直接響いてくる。ユーキが戸惑う中、オーウェンは女神を前にして堂々と経緯を語った。
「なるほど、話は分かった。しかし、契約にかかれていることが大前提。それを覆すならば最低限、本人たちの同意が必要になる」
「エリック・ラッセル書記長。前へ」
オーウェンの言葉に促されたエリックは重い足取りで女神像の前に向かう。すれ違う瞬間、オーウェンの目がエリックへと突き刺さる。
――――わかっているな、と。
ゆっくりと片膝をついて目をつぶるとエリックは静かに話し始めた。その声には若干の震えが混じっていた。
「わ、私は――――」
その声音をユーキはよく知っている。大人になってから、その声音はよく聞くことが多かった。だから、次に発せられる言葉もユーキは予想がついていた。
「私達は、不正など行っていない!」
「……話が違うようだな」
「全て、用意したのは私です。それにどの課題も試験内容の文から逸脱していません」
「あの野郎……」
「待って、今はマズイ」
手のひらを返したエリックへマリーが近づこうとするが、サクラとアイリスが止めに入る。流石に女神の審議に割って入るのは不敬に過ぎる。
生徒会側はというとオーウェンとエリーは苦虫を噛み潰した顔で見つめていた。エリックの証言が彼らにとっても予想していなかったものなのだろう。
「……確かに契約用の羊皮紙もカウンターの魔法が付与されている金属鎧も、紙は紙であるし、金属鎧は金属鎧。言っていることに間違いはないな」
「――――恐れながら申し上げたいことが」
「許す」
エリーがエリックのやや後ろまで足早に近づいて傅いた。
女神は淡々と告げる。そこには人のような感情を一切排した厳格な神性が表れていた。
「文面上問題がないのは事実です。しかし、あくまでこれは学生の実力を測る試験なのです。慣習上、学園生徒が試験を行う上で不利になる行為は、教授陣がチェックを重ねて出題しているはずです。その意味では、羊皮紙が第一学年で使われたことも、リフレクション付与の目標破壊物が用意されたことも今まで聞いたことがありません」
「……エリックよ。何か意見は」
「……その件についてはありません」
「よろしい、では生徒会側に不備があったと判断しよう。次に契約への追加事項の希望を聞こうか。ユーキとやら、申してみよ」
正直なところ、ユーキは悩んでいた。魔法学園へ通うことのメリットとデメリット。最悪、魔法がなくても困ることはない。
だが、魔法という手段は元の世界へ戻る手がかりだ。ここを去ることになれば、かなりの遠回りになってしまうことも有り得る。
だからといって、今、自分の持つ
女神の声にユーキは前へと進んで、周りと同じように傅いた。国王との謁見でも似たようなことをしたので、慌てずに行えたことに安心しながら口を開く。
「恐れながら申し上げます。私は試験のやり直しを希望……したいのですが、合格にしていただかないと契約不履行になります。
「な、なにを言い出すんだ! そんなそんなこと言ってないぞ」
「騒がしいな。今はお主の意見する時ではないぞ」
エリックが立ち上がって文句を言った瞬間、像から放たれた圧力で空気が揺れた。エリック以外には影響がなかったが、当の本人は突風でも受けたかのように三メートルほど浮き上がって地面に転がされた。
「紙面上での契約か」
「いいえ、口頭での契約です。しかし、国王陛下の名まで出した以上は守っていただかないと」
「た、確かに私もその時に同意しました」
女神像が剣呑な雰囲気を醸し出す。像から感じる力が刺々しくなっているからだ。おそらく、どちらの言い分が真実か。ユーキとエリックを交互に睨んでいるようなつもりだろうが、神相手だとそれすらも体へ負担がかかるようだ。
「意見が割れたな。しかし、言い争いは無駄である。そもそも、こういう事態にならないように紙面上での契約が重んじられるのだ。異郷の青年よ。明らかな証拠が示せるのであれば話は別だが、何か示せるものはあるのか?」
「では、エリック氏が
「その通りだ」
ユーキはおもむろにポケットから青い長方形の板を取り出した。表面を何度かなぞると声が響く。
『どうします。このまま受けますか?』
『一応聞いておきますが、そちら側の不正はないですよね』
『そのつもりです』
『あなたは?』
『エリックだ。俺も国王陛下に誓って、な』
『わかりました。その言葉、決して忘れることのないように。当然、そちらが不正をしていた場合は、俺の身分は保証される、って捉えてもよろしいですね?』
『――――いいでしょう』
その板状――――携帯電話――――の画面には、はっきりとエリーとエリックが映し出されていた。
「なん、だ。その
エリックは信じられないという顔つきでユーキを見ていた
。映像や音声を記録する魔道具は確かに存在するが、少なくとも目の前にあるような手のひらサイズのものは聞いたことがなかったからだ。
ユーキは人目にさらすのを最小限にするため、素早くしまい込んだ。
「ふむ、その魔道具への興味がわくが、今は関係ないな。真実はここに明らかになった。生徒会側の不手際によって、この者は公正な試験を妨害された。契約の下、この者の聴講生の立場を生徒会は尊重しなければならぬ」
「「仰せの通りに」」
オーウェンとエリーは、即座に女神の声に同意した。
しかし、女神の神気はそこで怒気をはらんで膨張した。
「問題は、そこの男だな」
「ひぃっ……」
「我が前にて虚言を弄するとは……。我こそは『正義』を以て、契約と裁定、断罪を司る女神が一柱、ユースティティアなるぞ」
女神像の目に光が宿った。その瞬間に像の掲げる剣から一直線に閃光がエリックへと迸る。
悲鳴すら上げず、エリックはその場で気を失い、倒れ伏した。
「虚言を漏らすその口、しばらく閉じて反省せよ。此度の騒動程度ならば三日で十分だとは思うが、国王の名を出したのだ。神とまではいわぬが、国王の耳に入ればどうなるか、よく考えて動くがよいぞ」
その場にいる誰もが女神の裁定に唖然とする。唯一、オーウェンだけが取り乱すことなく、傅き続けていた。
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