神殿効果Ⅳ

 一撃必倒。

 オークのような巨体ではなく、人間大の鎧を貫く。そのためにはサイズよりも頑丈さと一点集中できる鋭さが必要だった。

 いかに魔力の籠った岩石の槍とはいえ、硬さが足りねば折れ、鋭さが足りねば突破できぬ。精細な魔力運用が必要になるが、それでは時間がかかりすぎる。おまけに今は、その相手の防御力がどれほどかもわからない。

 サクラがとった解答は、本来必要な魔力を大幅に超える魔力の過剰投入オーバーロード。必要な工程を一息に吹き飛ばし、感覚のみで、その槍を地中より呼び覚ます。


「いっけぇええ!」


 杖を僅かに突き出すと地面が鳴動する。次いで、鋭い岩石の槍が勢いよく地面から突き出された。

 まるで、鐘が鳴ったかのような音が響く。鎧の中央へ槍は折れることなく突き立つが、その先へと至らない。

 オークを倒した時とは違い、地上にはまだ槍の全貌が出現しきっていない。


「ぐっ……」


 鎧と槍の拮抗が続く。岩石と金属が擦れているとは思えない軋む音が響き渡る。

 加速度の衝撃が消えた今、鎧を打ち破るにはもう一手必要だった。その一手は


「はじ……けて!!」


 火の魔法ではない。サクラが呼びかけたのは槍に込めた過剰な魔力。未だ地中に眠るその槍の根元で、過剰な魔力が推進力として爆発する。

 最初の揺れとは一つとは違う揺れが襲った。槍出ずる地面は吹き飛び、鎧を守る魔力の壁が撓む。

 その禍々しい障壁に罅が入り始め、その大きさが鎧の半分を超えたとき、ガラス細工のように粉々に吹き飛ばされる。

 槍の切っ先は狙い過たず、その中央へと吸い込まれた。

 甲高いとも鈍いともとれる音が響くと、鎧自体も障壁の後を追うかのように槍と共にぼろぼろと崩れ落ちる。


「よし、上手くいった。そっちはどうだ」

「う、うむ。今、こっちを解除――――!?」


 オーウェンが魔法剣を握りなおした時、水の竜巻の中から圧を感じた。まるで巨人の心臓がそこにあるかのような脈動をだ。

 思わず魔法剣を引き抜く動作で後ろへ飛び退いた。それと同時に青白い閃光を伴って、竜巻が吹き飛ぶ。大量の水は細かい飛沫となって飛散し、その光を乱反射した。


「これは、いったい……!?」

「いやー。やっと出れた。火柱が消えたと思ったら、今度は水柱に囲まれてて二重に驚いたな」


 煌めく光の中から、何事もなかったかのようにユーキは現れ、オーウェンの前にまで歩いてきた。


「ユーキさん! 無事でしたかっ!? あっ……」

「危なっ。大丈夫か?」

「う、うん。少し魔力を使いすぎちゃった」

「――――大丈夫か。すぐに見てもらわないと!」


 自らが魔力の使い過ぎで酷い目にあっている。その為、すぐに医務室に運ばねばと慌てるユーキ。その脇腹をアイリスがつついた。


「おっふ!?」


 割と強めに。


「サクラはユーキと違って魔法を使い慣れてる。多少の無理をしても平気。…………というかユーキが異常」


 マリーは腕を組んでアイリスの言葉に頷いている。逆についてこれないのはオーウェンとエリー、エリックの方だ。

 オーウェンは流石というべきか、魔法剣を収めてユーキへと近づいた。


「確かに魔力の不足は慣れていれば問題はないが、だからといって放置していいわけではない。一番早い対処方法は魔力の譲渡なんだが……」

「あー。前にやってもらったみたいにね。確か、こんな感じかな」


 ユーキはサクラの肩へ手を置くと魔力を流し始めた。


「ちょっ、急に……あっ……」

「魔力の波長を合わせるのは難しい。あまり無理にしない、ほうが、いい……のだが…………!?」


 魔眼を開いてサクラの魔力を見る。波長というのが色なのか脈動なのか判断できないが、ユーキは以前に自分の体に流された魔力の感覚を、そのまま思い出して送り込んでいく。


「あ……待って、もう……」

「とりあえず、こんな感じでいいのかな? 結構、自分の中にある分を送ったんだけど」


 サクラが身悶えているのを気にせず、ユーキは魔力の送る速度を上げる。

 その光景を見て、オーウェンは頭痛がするどころか立ち眩みまでしそうになった。


「(魔力波長調整と魔力譲渡の技術は、初歩的とはいっても高等技術に入る部類。最低でも三、四年は魔力操作の訓練を続けないといけないはずだ。彼女たちはそれぞれ優秀な学生と聞いているからわかるが、彼はまだ一年どころか一か月程度のはず……!)」


 顔を上気させ、涙目になったサクラの顔にアイリスが気付いた。ユーキの方へ止めるように口を開こうとした瞬間、サクラが反転した。


「ユーキさんのばかぁ!!」

「なんでっ!?」


 ――――スパアアアン!


 綺麗な平手の炸裂音が辺りに木霊した。サクラが気付いた時に既に遅く、ユーキの意識は完全に刈り取られていた。


「あ…………」


 最後にユーキが覚えているのは、誰かの気の抜けた声と柔らかい何かに包まれる感触だった。

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