神殿効果Ⅲ

 紅き閃光。目にも止まらぬとは、まさにこのこと。網膜に光が焼き付き、残像として尾を引く姿は地上を駆ける流れ星といっても過言ではない。

 手を離れてからの僅か一秒。着弾した魔法に反応して、鎧を包む防御式が輝きを増すが、拮抗状態も一瞬で崩れ去る。鎧の中央へと黄色の薄膜を突き破って、その半分がめり込んだ。


「(――――貫いた!)」


 確信を得た瞬間、銀色の光が炎球を包み込んだ。


「な、なんだあれ!」


 群衆の誰かが声をあげると光が収まり、炎の進行が止まった。何事かと思ってユーキが腕を下ろしかけた瞬間、上方から声がかかった。


「みんな! すぐに退避するんだ!」


 声のした方を全員が見上げると、練習場を囲む城壁の上からオーウェンが剣を抜いて、飛び降りてくるところだった。

 そのまま、オーウェンは剣を振りかざすとユーキの方へと向けた。


「『――――其は荒ぶる嵐の如く』」


 ユーキの首筋に鳥肌が立った。オーウェンに対してではない。今、誰もいないはずの鎧から嫌な気配がするからだ。どこからか、叫び声が聞こえてきたが、もう遅かった。

 振り返ると目前に、が迫っている。


「――――なっ!?」

「――――間に合えっ!」


 オーウェンが剣を振るうが暴風の障壁はユーキのところまで届かず、その背後にいる生徒会の二人や群衆を覆うだけに留まった。


「ユーキさん!」


 サクラが叫ぶが、風が巻き起こす砂煙で前方は視界が遮られてしまった。時折、砂と共に赤い光が混ざる。走り出すサクラやマリー、アイリス。


「おいっ! 危ねーぞっ!」


 アランが忠告するが、足を止める者はおらず。風の障壁の手前にいる生徒会三人のところまで近づいていく。


「すまない。咄嗟のことで指定範囲が間に合わなかった」

「いえ……ですが、彼が……」


 エリーは向こう側に残っているユーキの心配をする。その横ではエリックが腰を抜かしていた。


「無駄だとは思うが……」


 オーウェンが剣を向けると徐々に風が弱まり、砂煙の上部から少しずつ向こう側が見えてくる。残り三メートルといったところで、火柱が姿を現した。

 地面の草が焼け、白煙が巻き上がり、あたりに焦げ臭さが立ち込める。風がなくなると火柱の外には誰もいないことが明白だった。

 全員がその意味を理解し、血の気が引く。公爵家の跡取りとして様々な教育を施されてきたオーウェンですら冷静さを失って血の気が引いていた。


「この野郎!」


 そんなオーウェンへとマリーが拳を振りかぶったものの、そこは流石というべきか。オーウェンは左手で受け止めて、拳を下ろさせる。


「いったい、何のつもりだ」

「てめーが下らねえことで、こんなもんをやるから、ユーキがこうなってんだろうが。一度、その顔に拳叩き込んでわからせてやるよ」

「否定はしないが、まずは彼を救出するのが先じゃないか?」

「この炎で生きていられると思ってんか!」


 左手でオーウェンの胸倉を掴んで火柱を顎で示す。火の勢いは未だ衰えず竜巻のように空へと舞いあがっていた。


「……やれることはあるはずだ」

「マリー。怒るのは、後からでも、できる」

「生徒会も微力ながら、お手伝いします」


 アイリスの言葉にマリーは手を放して杖を取った。

 一度距離を取り、サクラ、マリー、アイリス、オーウェン、エリーがそれぞれの獲物を掲げ、目の前の火柱へと水魔法を叩き込む。


「『集いて、薙ぎ払え。汝、何者も寄せ付けぬ奔流なり』


 頭上から五発の水流が発射される。その勢いも強く、前方の地面は既に水浸しになっていた。炎に水が触れたことで水が蒸発し、サクラたちの方へと押し寄せる。


「少し距離をとるぞ」

「その必要はねぇ」


 オーウェンが注意を促した後ろから突風が吹き荒れた。驚いたオーウェンの視線の先には杖を向けながら歩いてくるアランがいた。進路上にいたエリックは蹴飛ばされて蹲っている。


「お前……!?」

「なーに。ちょっとした気まぐれだ。今は黙ってフォローしてやるから、さっさと何とかしやがれ」

「……感謝する」


 オーウェンは剣を地面に突き刺すと魔力を込め始めた。


「一体何を……!」

「オーウェンさんは魔法剣の使い手ですが、一番の得意技は魔力を通した水を操ることです。ですから……」


 エリーが説明をすると同時に地面に溜まっていた水が再び炎のもとへと集まりだした。


「みなさん。一度、魔法を止めて下がってください」

「今止めたら、火の勢いが」

「大丈夫です。私が保証します」

「マリー。下がろう」


 サクラが腕を引っ張って下がらせたのを確認すると、オーウェンは魔力の放出速度をさらに上げた。そのまま炎の傍まで水を集めると火柱を包むように水の竜巻を封じ込める。


「他の人の魔力が残っているとうまく操れないんです。ですから、みなさんには下がってもらう必要がありました」

「なるほど。コンビネーション技として、面白い」


 アイリスがエリーの解説を聞いて頷くが、その顔は納得がいっていなさそうな雰囲気があった。その瞳は、なかなか消えない火柱へと注がれている。


「ユーキさんの作った魔法がいくら凄くても、ここまで燃え続けるのはおかしくないですか?」

「確かにそうだな。込めた魔力が尽きていてもおかしくないのにどういうことだ?」


 マリーは周りを見渡すが、野次馬は消えて誰もいない。術者となる人物がいないのだ。全員が魔法を使っているため、火柱の継続のためには『二重詠唱デュアルスペル』のような高等技術を用いないと難しい。

 唯一、魔法を使っていないエリックもいるが、その腰の抜かし方は演技とは思えない。


「あ、あの鎧が原因とかじゃないのか?」


 震える指でエリックが指差す。そこには最初よりも禍々しいオーラに包まれた鎧があった。


「おいおい。まさか魔法マジック反射リフレクションを付与した鎧か? えげつねぇなんてレベルじゃねぇぞ」

「どこかのダンジョン産か。あるいは趣味の悪い魔法使いの作品かわからないけれど、ここで破壊しておいた方が良さそうだね。僕はこの水を操るので精いっぱいだ。誰か頼む」


 オーウェンの声に手の空いている者たちが杖を向けるが、エリックが焦った声を上げる。


「待ってくれ。さっきみたく魔法が反射されたらどうするんだ? これ以上は危ないぞ」

「いえ、確かカウンターの付与された魔法は一度に返せるのは、同属性の魔法のみだったはずです。風・地・水にあたる魔法で破壊すれば……」


 エリーは即座に否定するが、言葉に詰まってしまった。風と水では鎧を破壊するのに適切なものがない。消去法的に地属性の魔法が必要になるのだが、そこまで威力の高いものになると中級以上で使えるものが自分たちではかなり限定されてしまう。

 その横でサクラの詠唱が響き始めた。


「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ。すべてを穿つ、巨石の墓標よ』」

「そんな。早すぎます」


 難易度の高い魔法になるにつれて詠唱は長くなる。だが、一番時間がかかるのは魔法を使う範囲に魔力を出力することだ。自らの意思を通し、術式を完成させて、外界へと流し込む。その動作はマナに侵食される関係上、規模が大きいほど、あるいは距離が離れるほど難しくなる。

 だが、ユーキの危機にサクラは全身全霊で魔力を放出していた。そのあまりの速さに魔力を通す架空神経が、耐えきれるかどうかというところまで上げているため、その顔は血の気が引いて今にも倒れそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る