神殿効果Ⅱ

 ――――基礎科魔法陣基礎理論教授 カーター・オルティス研究室


「おや。こんな時間に届け物とは珍しいな」


 頂点が禿げた痩躯の老人が窓から現れたガーゴイルに疑問を抱きながら窓を開ける。カーターの手には一巻きの羊皮紙が置かれる。それを結んだ紐は宛先人にしか開けられないようになっている。

 カタコトで別れを告げながらガーゴイルは飛び去って行った。


「なんじゃ。面白いもんでも届いたか?」

「いや、生徒会の子たちがの。先日入ってきた聴講生にテストをさせたいと言ってきたのでな。その採点じゃよ」

「おぉ、あの壁に大穴開けたやつか。学園長の話を聞いた時には耳を疑ったぞ」


 大きな椅子に座っているモノクルをかけた長身の老人は、紙に数式をかきながら会話していた。

 筆ペンで式をかき消すと、また新たにかき始めるが、ユーキの話題になったときに初めて手を止めた。


「うむ。我々がここに教授として、いや、生徒として籍を置いて以来の快挙よ。あの悪戯小僧のルーカスですらやらかさなかったぞ」

「それで、そのテストの結果は? はよ、教えんか」

「まぁ、まぁ、落ち着いて。君はせっかちでいかん。そんなことでは、また学会で恥をかくはめになる」

「恥というのは諦めたときに付くもんじゃ。失敗は訂正すればよい」

「生きている内に」

「違いない」


 お互いに軽口を叩きながら、カーターは羊皮紙の紐を解いた。椅子に腰かけていざ羊皮紙を開いたところで、眉根に皺がよった。それは、珍妙なものを見たとでも言いたげな顔だった。

 数秒ではなくたっぷり一分間考え込んだ姿を見て、客人の教授は流石におかしいと思い声をかける。


「カーター……カーター! どうした。そんなに難解な魔法陣のテストを出したのか?」

「いや、そうではない。そうではないのだ」

「じゃあ、いいじゃないか。早く結果を教えてくれ」


 大きな木製の机に座るカーターのもとに近寄ると、カーターが抱えていた頭を上げた。


「わからんのだ」

「何を言ってるんだ。ついにボケたか。まだ、十年は早いぞ」

「真面目に答えているのだ」


 その真剣な目をみて、もう一人の教授も流石に冗談ではないと気付いたらしい。

 カーターのもつ羊皮紙を震える手で持ち上げて、自分の向きへと直すと唸り声をあげた。


「こいつは……」


 数秘術科数秘詠唱学教授。ウィルバート・ボールドウィンの目が少年のように輝き始めたのをカーターは見逃さなかった。












「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」


 その火球は鎧へと当たると軽く爆ぜて消えてゆく。

 ユーキの後ろで見守っていた生徒会の二人はもちろん、他の野次馬生徒も拍子抜けしていた。


「あいつ、意地でも俺が教えたやり方はしないつもりか。だが、あれはちょっとやそっとじゃ破れねぇ代物だぞ」


 アランはそれを見ながら呟いていた。アランがかけたときの鎧なら力業で破壊できた可能性が高い。

 しかし、今使われている鎧は形状からして威力が逃げやすい。それこそサクラが使った岩石の槍のような中級魔法で中央を撃ち抜くくらいしか対応方法がないのだ。

 だが、それをアランは楽しそうに見ていた。


「さて、一体どんな魔法を見せてくれるのか楽しみだぜ」


 一方、ユーキの方は体に違和感を覚えていた。右手を握ったり開いたり、右腕を回してみたりしてみるが、どこにも異常は感じられなかった。あえて言うならば体が軽くなったとでも表現すればよいだろうか。魔力が昨日以上に通りやすい。

 詠唱中に違和感に気付いて魔力を通すのをやめてしまったが、それでも魔法が発動した。落ち着いて、ユーキは深呼吸をする。

 魔眼で確認したときには、昨日のアランがかけた魔法以上に防御魔法が張り巡らされており、並大抵な威力では吹き飛ばないだろう。おまけに鎧自体を正面からぶち抜かなければいけないのだから、骨が折れるなんてものではない。


 ――――いける。


 しかし、そんな事実とは裏腹に頭の片隅でそんな言葉が浮かぶ。アランは詠唱を自己暗示だと言った。言い換えるならば「強固なイメージを浮かべられれば、より強い魔法が放つことができる」ということだ。

 即ち、今この瞬間にできるという感覚を信じ、鎧をぶち抜くイメージを思い浮かべることで、実際に目の前の鎧を打ち砕くことができるだろう。

 詠唱はせず、イメージを自分の中で組み立てていく。

 ガンドの感覚で魔力を掲げた腕を通して掌へ、掌から指先へと集中させる。大きさは野球ボールくらいの大きさ、そこへできるだけ魔力を圧縮させるように押し込んでいく。


「『――――――――燃え上がり、爆ぜよ』」


 爆ぜよの言葉に呼応して炎の球が脈動する。無理に圧縮しているせいで、反発して大きくなろうとする。下唇を噛んで右手に力を入れて何とか抑え込んだ。

 世界が停止したように視界がクリアになっていく。いや、もはや目の前の標的しか見えていない。


「いや、待って。何かがおかしい!」


 外野からエリーと思われる声が響くが、ユーキの耳には一切届かない。

 弾丸を思わせる一直線の軌道と速度。着弾時に鎧の内部へと炸裂する大砲のような爆発力。それらをハイスピードカメラのスローモーション再生のように想像する。

 百聞は一見に如かず、とはよく言ったものである。こちらの世界ではイメージが魔法を形作る。だが、あくまで想像イメージは想像。空想の域を出ない。

 だが、ユーキは実際にテレビで見たことがある銃や戦車、ミサイルなどの兵器の映像――――まぎれもない現実――――を思い出している。空想を想像するのと現実を想像するのとでは、文字通り天と地ほどの差がある。


「『――――――――汝、何者も寄せ付けぬ』」


 エリーは初めて見た。炎とは燃え上がるもの。故に火『球』と謂えどもそれはあくまで比喩だ。では、目の前の男が生み出している物は一体何なのだろうか。

 火の粉も散らさず、ただ紅蓮の光を放つ球体など今まで見たことがない。あそこまで魔力を感じさせる初級魔法があってもよいものだろうか、と自分の常識を疑いたくなる。

 これが宮廷魔術師や魔法軍団長ならまだ理解できる。

 しかし、オーウェンから聞いた話では、つい最近魔法を学び始めた初心者の筈だ。城壁に穴を開けたという話も耳にしていたが、質の悪い噂話として聞き流していた。


「一体、この人は……」


 何者なのだろうか。その疑問が浮かびきることなく、ユーキの口から最後の言葉が紡がれた。


「『―――――――一条の閃光なり』」

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