見えざる魔法円Ⅶ

 ――――テスト当日。


 ユーキは約束通り中庭へと赴いていた。


「こんなの聞いてないぞ……」

「いや、この学園の生徒なら有り得る」


 ユーキの呟きに、マリーが失念していたとばかりにため息を零す。サクラは周囲の状況が飲み込めていないようで、キョロキョロとしきりに辺りを見回して不安そうな顔をしている。

 中庭は魔法学園の生徒が埋め尽くすさんとばかりに集まっていた。

 既に生徒会の副会長の少女と書記長の男が立っており、その目の前には一組の机と椅子が置かれている。


「おい、まさかこの衆人環視の中でテストをやる気か」

「精神的にプレッシャーをかけてくるとは卑怯な奴らだ」

「ユーキなら大丈夫。しっかりと復習もして練習もしてきた。自信もって」


 アイリスが両手をぐっと握って応援してくれた。それにサクラもマリーも頷く。

 大きく息を吸ってユーキは生徒会の二人の前に進んだ。


「お、あれが例の聴講生か」

「知ってるぜ。あそこの一年の女子三人を誑かしてるハーレム男だろ」

「ばっか、お前、あそこの壁の大穴作った張本人だぞ」

「まじか。どんな魔法を使えば穴が開くんだよ」

「この前、アラン先輩とも決闘して引き分けたらしいぜ」

「ありえねー」


 女子生徒たちの声はひそひそ声で何を言っているか分かりかねるが、男子生徒の声は大きく、ユーキのところにまで届いていた。


「来ましたか」

「生徒会長は?」

「あなたと違って、他にも仕事はあるので」

「こっちもギルドの依頼とかいろいろあるんだけどな。まあ、いいか」


 必要な道具を袋から取り出して、机に広げると書記長の男が近寄ってきた。


「不正がないか点検させてもらうよ」

「あぁ、どうぞ」

「では、失礼」


 羽ペンやインクの入った小瓶を光に透かしたりして、チェックを始めた。

 野次馬はそれを見ながらユーキの噂を続ける。その視線を気にすることなく、ユーキはポケットへと手を突っ込んで、何かを取り出すと指で二度叩いて、周りを見渡した。手を腰に当てて頭をかきながら目の前の女性へと尋ねる。


「それで、えーと副会長さん?」

「エリーです。覚えなくてもいいけど、役職で言われるのは、好きじゃないです」

「そうですか。それでエリーさん。この野次馬は?」

「私も知らないですよ。もちろん不正を助長したり、疑わしい行為をするなら叩き出します」


 野次馬の多さにため息をつきかけると、同時に後ろから声がかかった。


「このコンパスだけど、接続部分が根本から折れてるぞ」

「そんな。まさか!?」


 昨日の夜にも、朝起きてからも確認はしたはずだ。それにも関わらず指で持つ部分が割れて、二つに分割されているのだ。


 ――――本番の妨害は、この程度じゃ済まないぜ。


 アランは、そう言っていたがここまで直接的にやってくるとは思わなかった。しかも、この衆人環視のど真ん中で、だ。

 魔法は証拠に残りづらい、ここでこの男を吊るし上げたとしても証拠不十分になるのは間違いない。


「仕方ないです。私の物でよければ――――」

「副会長。テストにおける筆記用具の貸し借りは禁止されています。準備を怠った彼自身の責任かと」

「――――そうですね」


 茶番だ、とユーキは感じた。書記長の男が何かしらの工作を行ったのは明らかだ。副会長はどちら側とも言い切れないが、黒に近いグレーだろう。


「どうします。このまま受けますか?」

「一応聞いておきますが、そちら側の不正はないですよね?」

「そのつもりです」

「あなたは?」

「エリックだ。俺も国王陛下に誓って、な」

「わかりました。その言葉、。当然、そちらが不正をしていた場合は、俺の身分は保証される、って捉えてもよろしいですね?」

「――――いいでしょう」


 その念押しに副会長が訝し気に目を細めたが、すぐに頷いた。ユーキは満足そうに頷くと振り返って机に向かいながら、そっと左胸に手を当てる。その表情は勝ちを確信しているような顔だった。

 一方、その様子を見ていたマリーは笑いながら渦中のど真ん中にいるユーキを指差していた。


「おい、ユーキのやつ。こんな状況なのに笑ってるぜ」

「大丈夫、ユーキならできる」

「でもコンパスが折れてたみたいだよ。大丈夫かな?」

「「え?」」


 サクラの一言にマリーとアイリスが固まる。機械仕掛けの人形のように2人の首だけが振り返る。


「ちょっと待て、じゃあなんだ。魔法陣は落としたも同然だから、基礎理論と実践のどちらかがアウトだったら、ヤバいじゃん」

「ちょっと、抗議してくる」


 勉強関係になると目の色が変わるというか、性格が変わるアイリスは野次馬の隙間を縫って前に出ようとするが、その寸前で肩を引かれた。顔を見上げると巨大な体が目に入った。


「ちょっと待てや」

「……この前の!」

「あいつがドコまでやれるか。見てみるのも一興じゃねえか」

「学問に不正を持ち込む輩を許すわけにはいかない」

「確実な証拠がないし、それをあいつが主張しない以上、外野がどうこう言う話じゃねえよな」

「…………っ」


 アイリスが悔しそうに目を伏せるとマリーがアランの手首を掴んだ。


「その手を放しな」

「おおっと、辺境伯の娘のお出ましか。こりゃぁ、言うこと聞いとかないとな」


 がはは、と笑いながらその手をどける。それでもマリーはアランを睨み続けていた。

 不安そうに見守るサクラにアランは声音を変えていった。


「安心しろ。ここで手は出さねぇ。これは男が買った喧嘩だ。そこに横槍入れたり、仲間を襲ったりして邪魔しようなんざあり得ねぇ」

「ど、どういうことですか。だって、あなたとユーキさんは……」

「なーに。拳を交えた者だけが分かるもんがあるんだよ。ここは俺に任せておけ」

「信用できねーな」


 マリーが胡散臭げに睨んでいると、野次馬の声が急に小さくなる。試験が始まったのだ。ユーキを中心に大きな渦を描くような微風が舞い始めていた。


「なるほど。風魔法による音の遮断か。これ、結構難しいやつなんだよな」

「偉そうに言わなくてもわかってるって」


 マリーが突っかかる中、アイリスはユーキをまっすぐ見つめていた。

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