見えざる魔法円Ⅷ
『試験:魔法基礎理論』
問.魔法の発動において、杖などの発動媒体が使われる理由を述べよ。
「(よし来た。これなら知ってるやつだ。速攻で終わらせてやる」
ユーキは羽ペンを走らせて答えを記入する。淀みなくペンを走らせる姿を見て、エリーとエリックの表情が僅かに変化した。一方は意外そうに、もう一方は想定外という意味で、だ。
一分も経たない内にユーキはペンを置いた。その様子に野次馬もどよめく。
「もう、いいのか?」
「むしろ、この問題を出してくれて助かりました。何せ、俺が聴講生になるきっかけになった内容でしたからね」
「では、採点を――――するまでもないですね。文句なしの満点の解答です」
『杖は肉体よりもマナの浸食が少なくなるため、結果的に魔力の喪失も少なく、効率的に魔法を行使することができるから』
答案にかかれた内容を一読してエリーは宣言した。
ユーキは野次馬の中にサクラたちの姿を見つけるとサムズアップしようとした。が、その瞬間に異様な光景を見てしまった。
アランの巨体に肩車されてサムズアップを繰り出す無表情アイリスの姿、だ。否、よく見ると若干ではあるが誇らしげな顔をしている。
「な、に……!?」
「どうしましたか」
「いや……何でもないです」
衆人環視の中でテストさせられるよりも動揺していた。何故、アランがサクラたちと仲良さそうに並んでいるのだろうか、と。
「では次の問題は……これです」
エリーが次の問題と
『魔法陣基礎理論』
問.二重の魔法円を別の紙に表せ。
ユーキの背に冷や汗が出た。表情も硬くなり、ペンを持つまでに時間がかかる。
その様子に気付いたのはアランだった。
「ちっ、卑怯な真似を」
「どうしたんだ」
「よりによって、魔法陣を描くための紙を羊皮紙にしやがった。いや、最悪それはいい」
「契約術式を刻み付ける用の羊皮紙。ギルドとかでも一部にしか使わない強力なタイプ」
マリーの疑問へとアランとアイリスが説明していく。その過程でアランとアイリスが互いにむっとしたのは気のせいではない。
「確か、術式を刻むために普通のものより厚くしているんでしたっけ?」
「そうだ。しかも端が反って丸まってくるせいで浮いて書きにくい。文字を書く程度なら支障はないが、魔法陣系になると厳しいぞ」
「やはり、抗議に」
「やめとけ。ここで出て行っても不正扱いの理由にされるだけだ」
「――――――理不尽」
アイリスは年相応に頬を膨らませた。その様子に和むが、状況は最悪だ。
多くの視線が集まる中、ユーキは右手を羊皮紙に掲げた。
「『陸の水面よ。浮き上がれ』」
羊皮紙に滲んだインクが黒い水玉となり、インク入れに戻っていく。小指側の手首の上あたりを支点にして羊皮紙を回すことで、自分の手を疑似的なコンパスに見立てて魔法円を描くが、歪んだり滲んでしまう。
四度、同じやり方で挑戦するがいずれも上手くいかなかった。
「やっぱ、うまくいかないか……」
「その……終わりにしますか?」
「いえ、もう少しだけ時間をください」
その呟きが聞こえたのか。エリーが顔を覗き込んで問いかける。流石のエリーもこの状況に疑問を抱き始めたようだった。
ユーキから目を逸らさずに下がると小声で話しかけた。
「エリックさん。確か問題の選定と準備はあなたがやりましたよね?」
「はい。テスト用の紙は流石に許可が下りなかったので、
彼女がそれを聞いて、頭痛がしたのは気のせいではなかった。
図形をかくのにもっとも不適切なタイプの紙。つまりは文章用のもの。そこに術式を刻み込むタイプだが、ギルドでもA級以上の依頼に使うような品だ。一体どこから入手してきたのかを考えると胃まで痛くなってきそうだった。
「(これは流石にこっちの不手際ですね。あとで会長と話さないと)」
「――――できました」
今後の対応を考えていた矢先、ユーキから声がかかった。
エリーが足早に近づいて羊皮紙を見ると眉根が寄った。数秒間見ていたが、ポケットから出した紐でくくると近くのガーゴイル像を呼び出して、それを預けた。
「カーター先生のところへ持って行ってください」
「ワカッタ」
流石に魔法学園のガーゴイルに手を出す輩はいないので、ここですり替えられるということはないだろう。もし、そんなことがあれば、ルーカス学園長が本気で動く可能性があるからだ。
同情の目で見るエリーとは対照的にユーキの表情は晴れやかだった。ほんの一瞬、彼女はユーキの目が青く光ったように感じて瞬きするが、その瞳は和の国特有の黒い瞳のままだった。
「……では、最後の試験ですね。場所を移動しましょう。そこに着くまでは復習なり、友人と会話して休むなりして構いません」
「了解です」
そう言って、ユーキは目立って仕方がないアランへと歩を進めた。
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