見えざる魔法円Ⅵ
――――テスト前日
ユーキはあれから訓練場に通い、魔法の練習に一人で励んだ。相変わらずアランのかけた魔法は強力なようで、傷一つつかない。サクラたちもいろいろアドバイスをしてきたが、今日は一日授業のため、ユーキだけが訓練場に来ていた。
「(やっぱりここはガンドくらいしか、あれを破れないか)」
そう思いながら右手の形をいつもの銃の形に変える。人差し指を前に出して魔力を集中させた。
それでも、あの城壁を穿った時ほどの魔力の高まりが感じられない。
だから、こ
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
ガンドの集めた魔力を火球魔法へと変換する。その火球は赤ではなく青白い炎として生まれていた。
一般的に炎の色は赤が比較的低温で青色に近づくにつれて上昇していく。つまり、普段の火球の数倍の温度が出現していることになる。
離れたところに出現しているのに、その熱さは夏の日差しさえも涼しいと思わせるほどだ。指が火傷をしているのではないかと錯覚するほどの熱を感じていたユーキは、数秒それを持続させた後に的に撃たずに徐々に小さくしていった。
「(多分、あれで撃ったら大変なことになりそうだな。これを使うのは最終手段にしておこう)」
そして、もう一つの手段を実行に移す。
「『
呪文のアレンジ。より強い単語、状況にあった言葉を考えて、元の呪文と入れ替えていく。
普段より小さいが、スピードが更に増した火球が鎧へと激突し、その表面を覆いつくす。『焼き尽くせ』ならば延焼。『阻まれぬ』には若干の防御魔法への貫通が確認できた。
ユーキの魔眼がその変化を逃さず捉えていくが、それは同時に展開されている防御魔法の凄さも感じてしまっていた。
「(今までと違う光り方だ。霧のような細かい白い光が絶えず鎧を覆っている。普通に撃っても霧は動かず。今のでもちょっとめり込んだくらい、か?)」
何度か単語を変化させて、単語の持つ意味と実際に現れる現象を肉眼と魔眼の両方で取れていった結果。いくつかの確信を得られた。
変えた言葉がもつ意味を魔法は正確に再現しようとするところだ。
もし、一番最初の言葉を『吹き飛ばせ』とするなら、火の魔法より風の魔法に近い挙動になり、爆風が強くなる代わりに延焼はほとんど起きない。ただし、魔力の多い少ないやその扱う感覚になれているかどうかもあるため、一概に呪文ですべてが解決できるわけではない。
「言葉とイメージがうまく重なって、魔力をうまく籠められれば……一朝一夕でどうにかなるものでもないか」
魔法陣の円のかき方に関してはある程度慣れてきて心配ないが、こちらの課題に関しても今のところお手上げだ。本番もこんな妨害をされたら魔力が尽きるまでやっても厳しいかもしれない。
天高く登った陽が容赦なくユーキの集中力と体力を奪う。その後ろから突如詠唱が響いた。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ閃光なり』」
レーザーを思わせる速度で火球が鎧へと着弾すると、留め具を肩の金属プレートごと抉り飛ばした。
自分ができなかったことをいともたやすく行ったことに驚愕し、ユーキは疲れも暑さも忘れて振り返る。
「――――なるほど、呪文のアレンジか。悪くないが、もう一つ肝心なことを伝えてないあたり、あの飛び級娘も頭が固い」
「……何の用だ」
「いいや、明日を本番に控えているお前の様子を見に来たんだが、期待していたほどじゃなくてがっかりしてたんだよ」
「余計なお世話だよ」
「いいのか? 合格するヒントが貰えるかもしれねぇぞ」
「何が目的だ」
「なーに、俺はあのいけ好かない生徒会長をちょっとばかり困らせたいだけだ。お互いに利点はあるんだ。話だけでも聞かねーか?」
ユーキはアランという男の雰囲気に違和感を感じていた。最初に出会った時の取り巻きを引き連れていた時とは明らかに違う。別人と言ってもいい。そもそも、これだけの魔法が使えるならば、何故あの戦いのときには使わなかったのだろう。様々な疑問が思い浮かんでくる。
故に、この男の言葉に裏があるのではないかと勘繰ってしまった。
「無言は肯定とみなすぜ」
「…………聞くだけ聞いておこう」
「火球魔法。火の攻撃魔法では最も基本的な魔法だ。だからよ、基本的すぎることは
「――――は?」
「例えばさっきの詠唱。『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』だけどな。そもそも一撃に力込めるんなら、一条なんてわざわざ付けなくていいだろ。せっかくのリソースを無駄なことに使ってんじゃねえって話だ。結局のところ、呪文は自分自身への自己暗示みたいなもんだ。それなら、
「――――なるほど。ありがとうございます。俺にはなかった視点だ」
「まぁ、実際にできるかどうかはお前次第だ。当日は、あいつかお前のどちらかが敗者になるんだ。どっちが敗けても腹抱えて笑ってやるぜ」
「前言撤回だ。一度、あんたは痛い目にあった方がいい」
「そりゃ良かった。誉め言葉として受け取っておく」
意地の悪い凶悪な笑みを浮かべアランは、いつぞやと同じように出入り口から消えていった。そのアランの背中を追いかけるように、爆音が響いてくる。その音を聞いてアランは口の端が持ち上がった。
「アラン。何やら楽しそうですね」
「――――げぇ、オーウェン!?」
「人の顔を見るなり失礼な。一体、私が君に何をしたというんだ」
「……一から十まで何もかもだろうが、この学園に入った時からな」
「なるほど、すっかり忘れていたよ。で、こんなところに普段は来ない君が、何故いるのかを尋ねても?」
「はっ、どうせわかっているくせに。わざと聞いてくるその性格が気に入らねえんだよな」
「そうかい。まぁ、おおよその予測はついているけどね」
睨むアレンに対してオーウェンの顔はいたって涼し気だ。だが、その瞳にだけは静かに炎のようなものが灯っているように感じるのは気のせいではないだろう。
「ふん。それじゃあ、明日を楽しみにしてるぜ。生徒会長様」
「あぁ、楽しみにしていてくれ」
お互い顔を合わせることなく、言葉を交わして反対方向に歩き始める。見た目も性格も違うのに、何故かその笑みだけはそっくりだった。
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