黄金VS漆黒Ⅲ

 時は戻り、先ほどの攻撃のサイクルを四巡ほどした頃だろうか。フェリクスの体が焦げ付いたまま動かなくなった。

 炎弾も出しすぎたのか、肉の焼ける臭いと相まって酸欠気味になる。


「やった、のか?」


 ――――おい、馬鹿やめろ。そういうのはフラグっていうんだ。


 思わずユーキが口から零しそうになるがぐっと堪えた。そんな中、フェリクスの体の煌めきが赤黒く変色していく。

 明らかに嫌な兆候を出し始めた。ユーキが警告しようと口を開きかけたとき、光がフェリクスの両目に収束した。

 超音波を彷彿とさせる甲高い音が体を貫く。その元凶は確実にフェリクスの瞳であるため、間違いなく音ではない。それでも、体を鋭い音が貫き、しみ込んでいく感覚に不快感が募っていく。


「こんな子供に是を使うことになるとはな」


 フェリクスのサクラ達が見ても明らかに深紅の光を放っていた。ユーキにはその光が心臓の鼓動のようにいくつもの波動として放たれているのが見えていた。それが到達するたびに体が痺れるのを感じる。

 恐怖から退こうとしても足が言うことを聞かない。否、指一本動かない。


「(これは……魔眼か!?)」

「『魅了の魔眼』にかかった気分はどうかね。尤も、本来の魅了の魔眼には程遠い効果だ。疑似的な石化の魔眼といった方が近いな。相手の指一本操れないのは不便だが、血を啜る分には十分だ」


 体中の焦げ付いていた部分が少しずつ元に戻っていく。服までも一緒に復元されていくのは不思議だが、そんなことを気にしているほど余裕は誰にもなかった。


「さて、さっきまでのお返し、だ」


 手のひらで軽くドアを開けるように押してくる動作だった。ただ違ったことは、その対象がドアではなく、ユーキとフェイの胸であり――――


「がっ!?」

「ぐっ!?」


 ――――その威力が五メートル以上吹っ飛ばされる程度に強力だったことだ。


「きゃっ!?」

「――――っ!?」

「うわぁ!?」


 ユーキとフェイに巻き込まれ、サクラ達も一緒に吹き飛ばされてしまう。幸いなことに刀や剣が彼女達を傷つけることはなかった。

 地面に倒れ伏しながらもユーキとサクラは立ち上がろうとする。


「ほう。その状態でもまだ動けるか。和の国の人間には幻術が効きにくい、という話を聞いたことがあるが、魔眼もそうなのかな?」

「サクラ……うご、けるか?」

「だ、め。立ち上がるだけ、で精一杯……」


 ユーキもサクラも刀と杖を構えられるほど力を取り戻していなかった。気を抜けば、どちらも崩れ落ちてしまうほどに震えていた。


「君たちだけに、いい格好はさせられ、ないね」


 剣を杖代わりにフェイも立ち上がろうとするが、それでも片膝をつくまでがやっとだった。劣化してこれだけの威力となると本来の効果はいかほどのものになるのだろう。全員が想像して血の気が引いていく。


「下賤な輩というのは撤回しよう。君たちには蛮勇という言葉がよく似合う」

「ぐはっ!?」


 今度はユーキの腹に蹴りが叩きこまれる。そのまま空を横切って、フェイとサクラの間を抜けて壁に叩きつけられた。


「ユーキ……!」


 マリーが地面に倒れ伏したまま呼びかける。うつ伏せに倒れ伏すが、微かに動く背を見て死んではいないことだけはわかった。

 しかし、安堵はできない。生殺与奪の権利はフェリクスがすべて握ってしまっている。まさに彼の一歩ずつ近づく音が死神の足音に聞こえてくる。


「さて、先ほど侮辱してくれたお嬢さん方には申し訳ないが、少しばかり私の役に立ってもらうとするか」

「誰がお前の……!」


 拒否権があるとは思っていないが、それでもマリーには反抗しなければいけないという気持ちに駆られていた。ここであきらめるわけにはいかない、と。

 その最中、微かに、ほんの微かにであるが、が目の前を過ぎった。頭の片隅に追いやられていたものが、目の前の男に重なる。


「なるほど、では、少しばかり眠っていろ」


 フェリクスが足を高々と上げて、マリーへと振り下ろす。みんなが目を瞑る中、嫌な音が響くよりも先に、澄んだ声が地下室に響いた。


『その汚い足をどけなさい。劣等種できそこない

「――――ッ、ガアアアアアアアア!?」


 いくつもの青い閃光が駆け抜けてフェリクスの体へ穴を開けていく。おまけにその体は黒く焦げ付いていた。


水、精霊ウン ディーネ?」

「まったく。やっとギアスの効果が切れましたか。まさか会話だけでなく、魔法すらも封じられているとは思いませんでした」


 マリーの呼びかけに答えるように水精霊は姿を現した。その様子を見ると魔眼の影響を受けているようには見えなかった。


「なぜ。こんな所に水精霊が……」

「こちらとしては、屍人に吸血鬼。そんなものが王都にいることに驚きです」


 フェリクスの体が明らかに今までよりも回復が遅く、動きももたついていた。未だに、体に開いた穴が塞がっていない。


「吸血鬼の成り損ない。いや、この雰囲気だと先祖返りに近いのかもしれませんね。土の魔力に侵された哀れな人。あなたのような性質には、水属性の魔法は天敵でしょう?」

「くそっ……」

「他人の魔力を食らうことでしか生きられない。魔力をためる器が壊れてしまった偽物の吸血鬼。――――つまり魔力が底を尽けば、あなたに待っているのは死のみ。お互いの魔法の撃ち合いなら土魔法に吸収されて水魔法は勝てないです。けれど、あなたのような属性の魔力しかもてず、垂れ流すしかできないのならば、水の魔法に土の魔力が溶け出して消えてしまうのですから、皮肉なものですね」


 ふとユーキはレオ教授の講義を思い出した。水は湿り、冷たい性質をもつ。土は乾いて、冷たい性質。

 水が土に吸収されるのは道理だが、その魔力を保持する体がなければ、相手に奪われてしまうのも、また道理。水の魔法を受けたフェリクスは、土砂崩れのように体と命を文字通り崩されていっている。


「こんなところで、我が望みが潰えるの、か?」

「あなたの望みが何かは知らないですが、彼女達には手を出させません。望みと共に潰れて消えてください」


 マリーの傍らで水精霊は胸を張った。

 しかし、窮鼠猫を噛むという言葉がある。悪の総統が最後に爆破スイッチを押すのと同じで、追い詰められて自棄になった者は何をしでかすかわからない。

 人間というものを知らなすぎた、それが彼女の致命的な弱点だった。


「そんなこと、認めるわけにはいかぬ!」


 そう言うや否や腕を水精霊に向けた。

 水精霊もそれに応じて水魔法となる水の球を複数展開する。


「『――――鳴動せよ』」


 ただ一言呟いた。それだけで十分だったのか。水精霊の目の前の石畳が馬上槍のように変化して盛り上がる。それは、サクラが放ったことのある土魔法の縮小版だった。

 だが人間大である水精霊には十分。元々、本来の力を失っていたため、何の抵抗もなくその腹へと槍が突き刺さった。


「――――すみません。ちょっと油断しました。まさか、魔法を放てるとは……」

「純粋な人間の頃は、土魔法が専攻分野で、な。多少の無理を、すれば放つことが、できるのだ、よ」


 息をするのも精一杯という状態でフェリクスは片膝をつく。

 それに対して水精霊は、人間なら間違いなく吐血していただろう一撃を受け止め、崩れ落ちた。

 その光景を見届けて、不敵な笑みを浮かべたフェリクスは、近くの木箱へと寄りかかりながら、その中にから小瓶を取り出した。その小瓶は黒ずみ始めた赤色の液体に満たされていた。


「一体、何を……」

「私は吸血鬼だ。ならば、この状況で必要なものが何か。わからぬ貴様らではあるまい」


 フェイの問いに答えると同時にそれを飲み干した。小瓶の中身を誰もが言わずともわかってしまった。

 フェリクスが飲んだのは血だ。どうやって凝固を防いでいたかは知る由もないが、商人であれば血液を新鮮なまま保存する魔法や道具には縁があったのかもしれない。

 途中でも止めなければ、と理解していても体が動かない。駆けだそうとしたフェイだが、まだ足が動かない。


「兄さんが残してくれた。最後の血だ。何としてでも私の……の願いを叶えなければ……ならぬのだっ!」


 霞むユーキの目に、黄色よりもより輝く黄金の光が入ってくる。それはフェリクスの体が完全に治癒するだけでなく、魔力にもある程度の回復があった証拠だった。活力に満ちた体をユーキ達に向けて一歩ア大きく踏み込んだ。


「私はどうなってもいい。何としても、何をしてでも救わねばならぬのだ!」


 その体から放たれた拳は今まで以上の速度で最も近くにいる敵――――未だ棒立ちのフェイ――――を捉えていた。瞳が虚ろになり始めているフェイに避ける気力は残っていない。


「やめろおおおおお!」


 マリーの悲痛な声が地下室へと反響するのと同時に――――


 ――――――ズドンッ!!!!! 


 空気の壁をぶち抜く異音と余波が部屋に吹き荒れて、視界が真っ白に染まった。

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