黄金VS漆黒Ⅳ

 ――――終わった。


 フェイはスローモーションのように感じる意識の中で自分の死を覚悟した。

 後ろから自分の名を呼ぶマリーの声が聞こえた気がしたが、それすらも遠い昔の思い出のように感じる。

 死神の黒衣のように、視界の端に黒い影がちらつく。眼前の一撃が視界を埋め尽くしていく。

 フェイは自らに迫りくる手刀を見て、目を逸らさずにに問いかける。

 

 ――――僕は、のようにあれただろうか。


 それに応えるかのように眩い閃光が目の前で炸裂した。思わず瞼を閉じるが、それすらも突き抜けて網膜に焼け付いていく。遅れて轟音が届き、耳すらも感覚を手放した。もはや自分が立っているのかどうかも定かではなくなる。

 不思議なことに痛みはない。あまりにも鋭い一撃は、音どころか痛みすらも置き去りにするものなのだろうか。もしかしたら、気づかない内に魂が抜け出ているのかもしれない。

 フェイはゆっくりと焦点が定まらないまま瞼を開ける。ぼやけていた像がはっきりとしているが、そのほとんどを黒い視界が支配していた。


 ――――一秒……二秒……三秒……。


 次第に、その黒い物がであることが気付いた。


「――――キ、サマ……ナ、ニモノダ!?」


 壁まで吹き飛ばされて、体の半ばまでめり込んだフェリクスが苦し気に呻く。

 その光景にユーキ達の思考は止まっていた。フェリクスが吹き飛んだことではない、それを起こした人物に、だ。

 ――――あり得ない。

 この場において全員が全員、援軍と呼ぶにはが立っていた。


「…………」


 何も告げず、攻撃を繰り出したままの右拳を下げた。その体のほとんどを覆い隠す黒いマント。

 ここ数日で何度も見かけ、自分たちの命を脅かしていた其れは、今、背を向けて自分たちを守っていた。まさしく、それは伯爵家に侵入した黒マントの男であり、ユーキと闘った男の姿だった。


「なぜ、お前が……!?」


 フェイが呟くと男は左手で軽く、フェイの肩を押した。

 転ぶまいと足を二、三歩よろけさせた所で、フェイを見ていた他の者も気づき始める。


「体が……動く?」


 倦怠感は残るものの、間違いなく手足の自由が効いていた。

 マントの男を見つめていると、さっさと下がれ、と言わんばかりに手を払う。


「おい、どういうつもりだ」


 ユーキは男に向かって声を絞り出すが届いている様子はない。

 その間も、ユーキの魔眼は男を捉え続けるが相変わらず、そこだけは色が抜け落ちている。

 だが以前よりもさらに注視していると見えてくる。漆黒に塗りつぶされた、その輪郭が。

 そのわずかに高めた集中力は突如、響いた乾いた音で中断される。この僅かな時間にフェリクスが壁から抜け出したのだ。


「お前も、私の邪魔をするか?」


 その問いに男は否定を表す。

 しかし、その雰囲気からは到底、戦闘の終結を明示しているようには見えなかった。

 数秒の無言の後、先に動いたのはフェリクスだった。


「――――ラァッ! ハッ! ハアァァッ!!」


 今までとは違い、拳を握ったパンチや蹴りを連続で放っていく。それは次第に速さを増して、目で追うことがやっとである。それにも関わらず、その尽くが空を切る。

 残像すら残すような軌跡の後には、塵の一つも残らない。それと等しく、男のマントの一片すら掠ることもない。

 しかし、二歩三歩と避け続けるうちに後退を余儀なくされ、男は追い込まれていく。余裕なように見えるその身体から反撃の手は、一度として放たれない。そして、終わりの瞬間はいともたやすく訪れる。

 後退し続けていた身体が、地下室の石壁に――――触れた。


「そこだっ!!」


 フェリクスの鋭い突きが再び、音速を貫いて男へと迫る。

 その手を追うことすらできないのに、ユーキの目には男の口の端がわずかに上がったのを見た気がした。


 ――――――――ズパンッ!! 


 鋭い突きより尚早く、男の掌底がフェリクスの鳩尾に叩き込まれる。男は追い詰められているようで、その実、フェリクスの大振りの――――しかし、音速を超える――――一撃を誘っていたのだ。

 意識を手放し、脱力するフェリクスに密着状態から、再び同じ掌から衝撃が繰り出された。その余波は背から突き抜けて、黄金の光が翼のように噴き出す。


「これは……」

「とても、きれい……」


 その光景はユーキだけでなく、フェイやサクラ達の瞳にも映っていた。

 男はフェリクスを仰向けに寝かせると息を大きく吐き出した。いつの間にかマントが吹き飛び、その顔があらわになっていた。

 口元だけを開けて、鼻から額とこめかみまでを隠す黒いマスクだが、それと同じくらい黒い髪が全員の視線が集まる。


「和の国の……人!?」


 サクラは思わず呟いた。

 それは彼女だけでなく、他の全員が思っていたが、こちら側の同じ国の出身という意味で、衝撃が大きかったのは間違いない。

 そんな視線にさらされても男は気にすることなく。フェリクスの体を横たえると、何かに気づいたかのように顔を上げた。

 その瞳は意外なことに驚愕で見開かれていた。ユーキたちが吸血鬼であるフェリクスに会ったときと同じくらいに。


「一体、あいつは何を……」


 ユーキが視線を追うと、その先には祭壇がある。そこには棺桶が横たえられている。

 その棺桶の蓋が既に開いていた。正確には今までの戦闘の衝撃でどこかに吹き飛んでしまっていたのだろう。

 問題はことだ。


「女、の子?」

「どうして、こんなところに」


 アイリスとマリーの呟く通り、純白のワンピースに包まれた、長い金髪の少女が全身水浸しで立っていた。そのはマントの男に注がれて微動だにしない。

 誰もが失念していた。フェリクスがいたということは、あと一人いなければならない人物がいたことに。

 そんな中で、この状況の危険さを正確に理解していたのはマントの男とユーキだった。


「(あ、りえない……!?)」


 ユーキの魔眼は嘘偽りなく真実だけを映し出していた。それでも、ユーキは目の前の事実を認められない。

 ユーキがとらえた彼女の色は。しかもフェリクスの比ではない明るさで、満月の晩のように地下室を照らしていた。魔法石が煌めいていたが、それすらも霞む勢いだ。

 その姿に戦慄を覚えながら、一歩後ずさると彼女の姿がふっと消えた。それでも目で追えたのは、水飛沫が尾を引くように白く輝いたからだ。

 たったの一瞬、マントの男すらも自分の懐に入られていることに気付いたのは、少女がその右手を振りぬき始めた時だった。

 男が身構えようとするが、その行為はあまりにも遅すぎた。


「父の――――仇!! ! !」

「――――――――ッ!」


 声すら上げる間もなく、男へ黄金の拳が振りぬかれる。少女の振るう拳は、文字通り喧嘩すらしたことがない、大雑把な動きだった――――――――――その速さ以外は。

 フェリクスを上回る速度で男へと拳が迫る。なんとか十字にして庇った腕の前にいくつもの魔法陣が展開される。

 青白く輝く複数の円と直線からなる複雑な紋様が緻密に組み合わさっている。

 しかし、それも衝突と同時に砕け散り、腕を弾いて胸部へと吸い込まれた。


「――――――」


 何の因果か。今度は男がフェリクスのように壁に半ば埋まる形で吹き飛ばされた。

 その衝撃で当然声など出す余裕すらない。それでも、五体が無事に残っているだけ奇跡である。


「これが……、か!?」

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