矛盾Ⅶ

 ――――殺気。

 ユーキは真後ろに現れた気配に思わず振り返る。

 先ほどまで通ってきた通路から、顔の整った背の高い男が佇んでいた。その顔は怒りの形相に歪んでいるというのに、あまりにも蒼白で生気が感じられない。

 金髪のオールバックをかき上げながら、一歩ずつ近づいてくる。その眉根から額にかけて一際大きく皴が刻まれている。そして近づくごとに、その瞳の色が一際目立つ。


「生者と思えない白い肌。そして、その瞳の色は、まさか……」


 フェイが絞り出すようにして呟く。その目は見開かれ、信じられないものを見るかのように瞳が微動だにしていない。

 勇輝たちを見返す目は『深紅』に染まっていた。フェイの驚愕に染まった目と違い、こちらは完全に蔑むような視線を投げかけている。


「ほう、わかりやすい特徴とはいえ、私の正体に気付き、それを受け入れる程度の器はあるか。だが、ここに踏み込んだ時点でそれもただの盗人同然のものと言えよう」

「お前は誰だ」


 フェイからユーキへと視線が映る。軽蔑から怒りへと目の色が戻る。


「お前たちのような下賤な輩に名乗る名などないが、冥途の土産に教えてやろう。我が名はフェリクス。、といえばわかりやすいか?」


 背後から息を呑む声が聞こえてくる。確か、この男は新聞の見出しに失踪と噂されていた人物だったはずだ。こんな怪しい所で発見されれば、明らかに危険なことをしていると思われるのは仕方ないだろう。


「ユーキ、まずいぞ。こいつは……」

「フェイ。何がまずいんだ」


 フェイの言葉にマリーが先に反応をする。その手には杖が握られ既にフェリクスを捉えていた。


「あくまで予想ですが、彼は『』です」

「――――ッ!?」


 その言葉を聞いて、マリーは心臓が止まりかけた。そんな存在おとぎ話の中にしか出てこないものだとばかり思っていた。

 だが、目の前の男をよく見れば、おとぎ話の吸血鬼と一致する特徴が見える。深紅の瞳に死者のような青白い肌。そして、何より――――


「さて、君らも我々の糧になってもらおうか」


 ――――不気味に笑う口の中から覗く『牙』。人間の犬歯の二倍程度はあるだろうか。そこまで暗くはないはずなのに、一瞬光って見えたのは気のせいではないだろう。

 マリーの心を恐怖が包みこんでいく。それほどに吸血鬼とは恐れられる存在である。

 別名を夜の支配者。強靭な肉体は城壁すらも穿つ力を放ち、どんな防御も意味をなさないと言われるほど。そして、何より恐ろしいのは、その瞳に捕らわれたものが意識を保ったまま、その配下にくだるという。

 そんな存在がさらに一歩こちらへと踏み込んできた。


「おことわ、り!」


 アイリスが先手を打って炎弾を四つ放つ。

 しかし、直撃する寸前でその体が四散した。


「溶け……いや、蝙蝠に変化したのか!?」


 アンディから聞いた話がフェイの頭を過ぎる。曰く、四方から剣や槍で貫いても一瞬で掻き消えていたという。


「これなら、どうだ!」

「――――!?」


 散った蝙蝠の一匹をマリーが風で壁に叩きつける。そこそこ広い地下室であっても、その余波がユーキの元まで届いてくる。

 じたばたと地面で蝙蝠が暴れるが、別の場所で他の蝙蝠が集まるとフェリクスが現れた。


「くっ、そのような矮小な魔法で、私を捉えようとは片腹痛い」

「では、これはどうですか」


 ミシッと部屋全体が揺れたかと思うとフェリクスの足元が窪み、周りの床がドーム状に盛り上がった。


「これなら逃げれないですよね」


 サクラの口元が自慢気に上がる。サクラの土魔法、マリーの風魔法、アイリスの火魔法の連携は、ユーキたちが鍛錬をしている間に組み上げられたものだ。

 目に見える炎弾で気を引き、目に見えない風魔法で足止め、そこに土魔法で閉じ込めるというコンボだ。

 尤も、今回は風魔法での足止めというより、相手が慢心して足を止めたのが原因だが。


「いや、まだだ」


 そんな中、フェイとマリーは警戒を解いていなかった。

 そう、吸血鬼とはその細身に反して純粋な膂力が圧倒的に高いのだ。


 ――――ズガンッ!! 


 大砲でも撃ち込まれたかのような轟音が側面から上がった。


「まったく、せっかくの服が台無しだ」


 肩の埃を払いながら目を細めたフェリクスは、その手を軽く鳴らして指を伸ばす。

 それに応じて、フェイが前へと立ち塞がった。


「気をつけろ。体に当たるとそのまま貫かれるぞ! ユーキ、何してるんだっ! お前も早く剣を抜け!」


 フェイに呼びかけられたユーキだが、その目は見開かれたままフェリクスを見つめていた。


「誰だ。お前」


 その瞳はフェリクスの放つを捉えていた。

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