矛盾Ⅵ

 マリーたちに遅れて中に足を踏み入れると、そこには所狭しと並べられた武器や防具、あるいは食器や花瓶、絵画などがあった。


「これは男爵家の倉庫……みたいだな。多分、売れない商品を一時的に保管してるのかもしれない」

「何で売れないってわかるの?」

「これでも伯爵家にいたんだ。多少の良し悪しを見る目は持ってるつもりだし、なによりこんな雑な保管の仕方をするくらいじゃ、高いはずがない」


 マリーが埃被った布をとると、ぐちゃぐちゃに描きなぐったような絵が現れた。


「ここ最近は、男爵家が無理やり金策してるって話もあったしな。高価な物があるなら家宝でもない限り売り払ってるだろうよ」

「最近、王都についた僕も聞いたことがあるけど、まさか本当に……」


 アイリスが炎で照らした先にあるなまくらな剣を見ながらフェイが呟いた。

 その装飾に使われていた宝石も抜き取られている。残っているのは溝に入り込んでたり、メッキのとれかけのようになっていたりする金や銀くらいだ。


「それでも、これだけの商品があるんだからすごいな」

「仮にも商売で男爵になった男だ。本来ならもっとすごいはずなのにな」


 フェイが残念そうに首を振る。

 その時、生臭い湿った空気がどこからか流れてきた。女子たちが灯す炎がかすかに揺れて明滅する。


「この感じは……」


 おもむろにフェイが匂ってきた方向へ歩き出した。


「どうしたの?」

「昔、アンディ隊長が言っていたんだ。密室に見える部屋でこんな空気を感じたら隠し部屋――――特に地下室を疑えって」


 アイリスの問いかけにフェイが答えると、フェイ以外が息を呑んだ。

 それはユーキたち四人には嫌な記憶としてしか残っていない。


「まさか、グール関係か」

「いや、それならあのマントの奴が怪しくなるけど、そんな風には見えなかったぜ」


 ユーキの発言を皮切りに他の三人からも不安が口からあふれ出る。


「でも日中に活動はしてなかった。グールっぽい」

「それか不老不死の秘密を探りに来ていたとか……」


 サクラを始めとして足が後退し始めそうになる中、一歩前へ踏み出した者がいた。


「それがどうしたんだ! 何度も尻尾巻いて逃げ帰るのは、ごめんだぜ」


 マリーはそういうと杖先を下げて炎を床に近づける。床のどこから風が漏れているかを探るためだ。


「姉さんは一人で立派に冒険者になるし、父さんは国の勇士。母さんは美人で何でもできる。でも、あたしには何もない。父さんは庇ってくれてるけど、そんな慰めはいらない」

「マリー、それは違います。伯爵は……」

「聞きたくない。それを決めるのはあたしだ」


 フェイの肩へぶつかる様にマリーは先へと進む。慌てて追いかけるサクラとアイリス。それに対して、茫然と背を見つめるフェイ。


「一体どうしたんだ。マリーのやつ」

「コンプレックス、とでもいえばいいのかな。――――伯爵家について、はあまり知ってそうにないよな、やっぱり」

「何だよ。勿体ぶらずに言えよ」


 フェイはユーキを見て呟くとため息をついた。


「ローレンス伯爵は辺境伯でね。つまりはモンスターや他国家からの侵略に対しての最前線を任されているんだ。つまり、が求められる。父は最強と呼ばれた騎士。母親は天才ともいわれた魔法使い。姉は家を出てこそいるけど王都でソロの冒険者としては上位だ。――――弱いから魔法学園で囲われている、そう思っているんだよ。伯爵の家にはふさわしくないんだってね」

「そんなことって」

「あぁ、全部……とは言わないけれども彼女の思い込みが大半だよ。偉大すぎる親をもつと苦労するのはどこの家庭でも一緒だけれどもね」


 ユーキの目には、フェイの顔がどこかここではない遠くを見ているように感じた。

 ほんの一瞬、ユーキは小高い丘から森や海を見渡す風景を幻視した。


「こうなったら、マリーを守りながら何とか生き延びるしかないな」

「……あぁ、そのときはお前が殿な」

「まさか。君と一緒に殿をやるに決まってるだろ」

「そうだな」


 軽口を叩いていたことを悟られないように、ユーキは足早にマリーの元へと急ぐ。

 すぐにマリーが見えてきて大声で呼びかけてくる。


「おい、あったぞ。ちょっとわかりにくいけど、ここに取っ手がついてる」

「その、私たちじゃ開かなくって……」


 サクラが両手をプラプラとさせながら床を視線で示す。

 長方形の石が組み合わさってできた床だが、よく見ると錆びた取っ手がちょうど石と石の間から顔を覗かせていた。


「僕がやってみよう」


 フェイの周囲の空気が動くのを感じると同時に、先ほどまで周りに満ちていた嫌な臭いが薄れていく。

 魔眼を開くまでもなくフェイが身体強化を使用したのが感じ取れた。


「ふっ…………ぐっ!」


 一瞬、動かないと思われた床だが、鈍い音を立てて跳ね上がり始めた。床が相当重いのか、蝶番部分が何重にも補強されている。

 中を覗き込むと大の大人が二人は並んで降りられる階段状の通路がさらに下へと続いている。

 全員が冷や汗をかく中、なぜかアイリス一人だけが目を輝かせていたのは謎である。


「このまま行くと……男爵の家の地下?」


 アイリスの言葉に一瞬、マリーが唾を飲み込む音が聞こえた。

 全員が、本当に行くのか、という目線でマリーを見つめているのに気付いたのか。本人は、口を真一文字に結ぶと一歩踏み出そうとしてフェイに視線を向ける。


「フェイ。お前も一緒に進むぞ」

「はい。マリー」


 マリーの言葉に間髪入れずフェイが前へと出る。

 マリーがそれに続くとアイリスもそれに続いて素早く穴へと潜り込んだ。


「…………」

「…………」

「……サクラ?」

「ひゃいっ!?」


 なかなか前に進まないサクラにユーキが思わず声をかける。そして、その反応で察してしまった。


「もしかして、こういうところ苦手?」


 必死な顔でサクラは縦に頷く。

 ユーキは少し汗がにじんだ手をコートで拭いて差し出す。


「これなら行ける?」

「た、たぶん」


 恐る恐るサクラは手を握り、一歩前へ進んだユーキへと追い付く。握り返してくる手からは若干の震えが感じられた。

 カビ臭さが漂う階段を一歩進むごとに、手を握り返す力が増していく。時折、螺旋状に階段が曲がりくねり、方向感覚が失われそうになる。

 サクラの杖先が震え、炎が映し出す影が大きく揺れる。緊張からか降りるのに五分以上かかったような錯覚に陥るが、実際はほとんど時間は経過していなかっただろう。

 マリー達が進む先から仄かに揺らめく魔法石の灯りが漏れ出ていた。上部がアーチ状になった扉のない出口を潜ると、さらにまっすぐな通路が続いていた。等間隔で置かれた両側の魔法石が道を照らしているが、そこには何も潜んでいなかった。

 通路の距離は二十メートルもなく、その先の部屋からは通路以上に明るい光が漏れ出ていた。


「(ゲームだったら魔王の決戦前みたいな感じだよな)」


 緊張感が麻痺しているのか、ユーキはくだらないことを考えながら足を進める。

 だが、光量が増したとはいえ、隣に震えている少女がいることを思い出したユーキは、とっさに声をかける。


「ほら、あそこまで行けば大分明るくなるからさ」

「うん。大丈夫」


 その光の先へと踏み込むと、中に入るまでは一切見えなかった風景が現れた。


「これは……」

「……教会?」


 フェイとマリーが思わず声を上げて辺りを見回す。

 ユーキの知る本当の教会のように長椅子などは用意されていないが、目の前には祭壇のようになっている場所があり、部屋の天井には通路以上の魔法石が所狭しと並べられて光を放っている。

 しかも、その配置の仕方は円形に並べられた中に星の形が描かれていた。


「魔法陣。すごい簡素なものだけど」


 アイリスが呟くとより一層光が強まった気がした。

 しかし、ここでユーキの目を一際引いたのは、祭壇の所だ。いや、ユーキだけでなく全員が嫌でもそちらに目が行ってしまう。

 ――――――棺桶。

 下から見ることは叶わないが、おそらく蓋が閉まっているため、中を確認することはできない。

 フェイが確かめようと足を一歩、二歩、三歩と踏み出した時、部屋に野太い声が響いた。


「我が聖域に土足で踏み込むとは……万死に値する!」

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