基礎訓練Ⅰ

 羊皮紙を読んでいた男が頬を引き攣らせ始めた。心なしか片方の眉毛もピクピクと痙攣を起こして上下しているようにも見える。


「それで、これを伯爵が持ち出して君らの鍛錬に儂を紹介した……と」

「はい、そうです。お忙しいところ申し訳ありません。お時間が空いているときでいいので、お願いできませんか?」


 明らかに不機嫌そうな顔をしている門番を纏める老兵クリフに、ユーキは頭を下げながら経緯を説明した。

 五人の中でクリフを知っていたのは、ユーキとフェイの二人だった。ユーキは門番としてだけでなく、グールから助けてもらった命の恩人でもある。フェイは騎士団の仲間たちから話を聞いていたらしい。

 その仲間たち曰く「一対一では敵わない」「多対一でも厳しい」「魔法使いも入って、やっと勝機が見える」「守りに入られたら、もう無理」といった具合で伯爵と同じくらい恐れられているらしい。

 かつて軍の殿も務めた経験があるらしく、防衛に関しては天才的。故についたあだ名が――――――


「『番犬』ねぇ。サクラとアイリスはどう思う?」

「その……あまり見た目で人判断するのは良くないんじゃないかな」

「あまり怖くはない。むしろ、子供には優しそう」


 女子組は初めて会う番犬という名のついた老兵に、怖さ半分興味半分といった具合で後ろから見ている。ここに来るまでの間にフェイの話を聞いて、先ほどまで顔から血の気が引いていたほどだ。そんなわけで、クリフとの交渉を見守っていると、クリフは数十秒悩んだ結果、承諾してくれた。


「うむむ。あやつの頼みならば聞いてやるか」

「あの……伯爵とはどういったご関係で……?」

「なに、少しばかり戦場で世話を焼いてやっただけよ。まぁ、小憎らしい弟みたいなもんだ」


 過去を振り返っているかのように、目を瞑り口元に笑みを浮かべる。しかし、すぐに困った顔に変わってしまった。


「そして、手のかかる部分は大人になっても変わってないとみた。儂がここで仕事をしているのは十分承知だろうに」

「そ、そうですよね。これだけの人数の出入りの審査していたら大変ですよね」

「あぁ、審査自体は簡単なのだが量が多い。まぁ、王都なんじゃから仕方ないな。さて、どうしたものか」


 そんな風に頭を掻いていると、中央通りを馬で駆けてくる騎士がいた。クリフの目の前まできて、馬を降りて一通りの挨拶をした後、羊皮紙を読み上げて手渡した。

 内容を要約すると「『いつも働いて頑張ってるみたいだから老体を労わってやれ』と伯爵が言うから休みをとりたまえ。 国王」的なものだった。

 つまり、伯爵がいろいろと手をまわしたようである。しかも国王という一般人からすると、手札にすら入ることがあり得ない貴重な切り札ジョーカーを何も気にすることなく最初から使ってくるのだから質が悪い。


「……何やってんだよ」

「伯爵はマリーが心配」


 マリーとしては、こういうことに全力を出す父親に呆れているところもあるのだろう。ただ、今回に限って言えば、子供を心配する親心も多分に含まれているというか、むしろそれしかないような気がする。


「あのバカ伯爵が……陛下を誑かしてまで儂を動かそうとするとはいい度胸だ。すべて終わったら説教しに行ってやる」

「いいぞ、爺さん。やってくれやってくれ!」


 クリフの静かな怒りの呟きに、マリーが嬉しそうに呟く。胸の前で小さくガッツポーズしたのをサクラとアイリスは見逃さなかった。


「では改めて、自己紹介と行こうか。儂の名はクリフ。ここの門番の責任者の一人だ。ビシバシ鍛えるから、そのつもりでな」

「伯爵付きの騎士。フェイ・フォーゲルです。よろしくお願いします」

「冒険者のユーキ・ウチモリです。よろしくお願いします」

「伯爵の次女になります。マリー・ド・ローレンスです。お願いする……します」

「アイリスです。お願いします」

「サクラです。よろしくお願いします」


 一通り自己紹介を終えるとクリフは、一度控えの部屋に戻り荷物を持って出てきた。そして、親指で城の方を指さしてユーキ達に呼びかける。


「ここじゃ鍛錬には狭いし、城までは遠い。城に行くまでの時間がもったいないから、騎士用に用意されている場所を使おう。城にある鍛錬場ほどではないが、そこそこの広さはある」


 全員頷いて、歩を進めるクリフの後ろへ着いていく。

 しかし、あっという間にユーキ達との距離が開いていく。歳だとは言っても、やはり騎士。背筋は伸び、足腰には力強さが感じられる。歩幅も大きく、ユーキ達が早歩きになってちょうど追いつけるくらいだ。これからの待ち受ける特訓に心躍らせるユーキの頭に、ふと疑問が過った。


「(……槍だけだと魔法へ対抗できないんじゃ?)」


 そんな疑問をユーキが持っているとは露知らず、クリフは胸を張って人をかき分けて進んでいく。訂正、人が勝手に道を空けていく。

 その行為に負の気配は感じられず、クリフがここの人々にどれだけ敬われているかが感じられた。特に年配の人たちからは声をよくかけられ、クリフも一人一人に声をかけていた。そんな光景が数分続いた後、クリフの言った目的地である小鍛錬場に辿り着いた。

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