基礎訓練Ⅱ
荷物を隅に置いたクリフは槍を持って中央に立った。その姿からは一切の余分な動作がなくなり、微動だにしていない。
「さて、遠慮はいらん。実戦あるのみ。
その言葉に驚愕したのはユーキだけではなかった。まず最初に反応したのはフェイだった。焦りからか若干声が上ずっている。
「待ってください。その槍、訓練用ではありませんよね」
「あぁ、その通りだ。
「そ、それがって……」
「儂も色々な伝手があるのじゃ。なぜ、君達がこのようなことを望んでいるかは大体予想できる。で、あるならば、一番の鍛錬は実戦あるのみ。
持っていた槍をまっすぐにフェイへと突きつける。不思議なことに、まっすぐ伸ばし切った腕と槍すらも微動だにしない。恐らく、それは日々の鍛錬で鍛えられた体だからこそできることだろう。
「クリフさん。私たちは魔法使いです。もし当たってしまったら……」
「当たってしまったら? 面白いことを言うお嬢さんだ」
サクラの質問に苦笑した後、眼光が鋭くなる。全身から立ち昇る闘気が離れていても肌を刺す。その感覚は、既に五人とも味わっていた。
「
「……この爺さん。マジかよ」
マリーもこの回答は流石に予想外だったのか、口元が引きつって、半笑いになっている。そんな状態でも軽口を叩けるマリーは内心、そんな自分に驚いていた。もし伯爵の威圧感を経験していなかったら、この言葉すらも口にできなかったかもしれない。そう思わずにはいられない。
「さて、どうする? 一人ずつやるか、それともペアでやるか。――――面倒だ、全員でも構わない。時間は有限。さっさと来なさい。この老兵がお相手しよう」
――――せいぜい、この老骨を楽しませてみせろ。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。既に槍は体の横に立てられ、挑戦者を待つ王者のように待ち構えている。
「ユーキ。相手は槍だ。僕たちの攻撃範囲より長く、素早い点での攻撃が利点だ。逆に懐に入られた時や突き出された後の隙はでかい」
そして、マリーたちの方へと振り返り。フェイは、作戦を伝達する。
「僕とユーキが前衛。君たちは遠距離攻撃でクリフさんを狙ってほしい。ただし、全員同時に攻撃すると次までに時間が空く。前衛が破られた時の為に、誰かがすぐ撃てるようにしておいてほしい」
フェイの言葉にマリー・アイリス・サクラが頷いた。その内容が聞こえていたのかはわからないが、クリフがニヤッと笑ったのをユーキは見逃さなかった。一体、何を考えているのかユーキは思考を巡らせたところで肩を叩かれた。
「おい、いくぞ。どうせ槍使い以外の情報はないんだ。当たって砕けるぞ」
「粉微塵にならないことを祈るよ」
「ああ、そうだな」
お互いに軽口をたたくが、そのどちらの顔からも冷や汗が伝い、手の指先が震えていた。ユーキとフェイが前に出るとクリフは頷いた。
「さぁ、どこからでもかかってこい。若造の攻撃なぞ、いくらでも防いで見せよう」
ユーキとフェイの獲物を見ても全く表情は変わらない。フェイの剣はともかく、日本刀で切り付けられたら出血することは間違いない。それがわかっていても、クリフは動じていないのだ。
フェイは剣を肩に構えて、いつでも袈裟斬りにできるようにしている。対してユーキは正眼に構え、様子見に徹する。ジリジリと地面から聞こえてくるかどうかくらいの速さで二人は、にじり寄っていく。
――――――スッ
「「――――ッ!?」」
微かにクリフが腰を落とした瞬間、ユーキとフェイは後ろに飛び退いた。その姿を見て、クリフは目を細める。
「ほう。いい勘をしている。あと少し踏み出せば面白かったのだが……思ったよりも間合いを測ったり、危険を感知する能力は高そうだ」
そう言うと、クリフは一歩踏み出してきた。だが、攻撃の気配はない。
「さて、先ほどの間合いだ。どうする?」
挑発がくるがユーキ達はそれどころではない。少なくとも、ユーキは幻を見た気分になった。
だが、それは気のせいではないだろう。あのまま踏み出していたら、喉を槍に食い破られていた。そんなイメージが脳を過ったのだ。それはフェイも同じようで普段の戦闘練習後のように息が荒くなっている。
「……いけるか?」
「……無理」
お互いに声を掛け合うが、はっきりいって不安を増殖させてしまい逆効果だ。二人の視線は槍の先に注がれ、周りを見る余裕がない。そんな流れを変えたのは、マリーだった。
「いけぇ!」
ユーキ達とクリフが一直線上に並んでしまうため、少し横側にずれてからの援護射撃だった。炎弾八個が立て続けにクリフへと襲い掛かる。それにクリフの視線が動き、気を取られた。
何とかそれにフェイは反応してクリフの槍へ向かって左側から、槍を剣の腹で受け止めながらクリフへと進む。
「(この状態ならば『槍を引く』動作がないと攻撃できない!)」
そこに勝機を見出したフェイはそのままクリフへと突っ込む。そのままクリフへの首へと剣を走らせた。
炎弾に対応すれば剣が、剣に対応すれば炎弾が襲ってくる。どちらも当たったらただでは済まない。チャンスに思わず力が入るフェイの耳へ、声が届いた。
「うむ。三十点」
「――――ガハッ!?」
ユーキの目には左側へ吹き飛んでいくフェイの姿が映った。上半身を剣から遠ざけ、逆に下半身――――槍ではなく――――足でフェイへと攻撃を加え、そのまま迫りくる炎弾を槍で二、三度薙ぎ払うとそこには煤一つつかないクリフが立っていた。
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