少女の歌Ⅰ

「あー、おなか一杯。もう食べられん」

「君と同じく、僕ももう食べられないね」


 そう言って、ユーキとフェイの二人は二つのベッドに座り込む。晩餐を終えて、伯爵の勧めもあり、ユーキたち未成年組は屋敷に泊まって行くことになったのだ。

 サクラたちは女子会と称して三人で寝るらしく、ユーキはフェイと同室になった。年配組は、もしかすると夜の街に繰り出しているかもしれない。

 時刻を確かめれば二十一時をまわった頃だ。ユーキはこの世界に持ち込んだ数少ない所持品の一つ、腕時計を見る。

 世界的に人気を誇るG-BREAKシリーズで、対落下衝撃・防水防塵に優れている。太陽光発電能力もあり、特にコンパス機能はこの異世界に来てからはかなり重宝している。実は何度か街の中ですら迷いかけたことがあった。

 当然、外の森などは言うまでもない。


「なんだい。その黒い腕輪は……」

「うぉっ!?」


 いつの間にか近づいていたフェイがユーキの腕をのぞき込んでいた。


「面白い文様が入った腕輪だ。材質も金属ではないし……ダンジョンから手に入れたアーティファクトか何かかい?」

「いや、俺も詳しいことはよくわからないんだ。特に何か効果があるわけでもないし、ただのアクセサリーだと思ってくれ」

「ふーん」


 内心ユーキはドキドキしながら、フェイの質問に答えた。

 ユーキの所持品の中でも、スマホと腕時計は完全なオーバーテクノロジーになる。下手に扱えば何某かの事件になるのは明白だ。そういう面では、フェイがあまり興味を持たず、すぐに引いてくれたことには安堵した。

 フェイの関心は他を向いているのか。それとも単に手持無沙汰なのを紛らわそうとしているのか。辺りを見回している。


「フェイはここに泊まるのは初めてなのか」

「いや、少ないけれども何回かはあるよ。なぜそんなことを聞くんだい」

「いや、初めて来た人みたく部屋の中を見回しているからさ。騎士団とかの施設にいても、この屋敷で泊まることはことはないのかと思ったんだ。まぁ、俺の気のせいだったみたいだけどね」

「う、うん。まぁ、内装とかは時々変わるし、どこか変わったところはないか探してたんだよ」

「なるほど。そういうことか」


 いつもと違う挙動をするフェイを不思議に思いながらユーキも部屋を見渡す。縦長の窓とその近くに机が一脚。その上には花瓶と一輪の花。少し外れたところには花の絵画が飾ってある。中央にはソファとテーブル。さらに奥側にはベッドだ。早い話がホテルの一室がちょっと広く、豪華になった程度の部屋だ(とユーキは思っているが、実際はもっと高い)。


「さて、僕はお風呂に入ってくるよ。君はどうする」

「俺はもう少し休んでからにするよ。おなかの中がいっぱいだ」


 フェイは背を向けながら手をひらひらさせて了解の意を示してドアを閉め―――ー閉めかけた扉から顔だけを出してニヤッと笑った。


「もちろん、男女別に分かれてるけど、流石に君は友人たちの入浴を覗くだなんてことはしないよね」

「あ、あのなぁ。そんなことする勇気があるなら、とっくに彼女でも作るために街で声でもかけてるって」

「なるほど。君は彼女はいないし、声をかける勇気もない……と。なかなかおもしろいことを聞いたよ。マリーたちに今度教えてあげなくちゃ」

「まぁ、冗談だとは思うが実際にやったら俺も怒るからな」


 ジト目でフェイを見ると苦笑いしながら頷いた。今度こそ、扉が音を立てて閉まるのを聞いて、ユーキは息をついた。


「悪いけど、そんなことにうつつを抜かすほど暇じゃないんでね」

「そうなんですか?」

「うおぉぉっ!?」


 先ほどよりも大きな声で驚いてしまう。誰だって、自分一人しかいない部屋で真後ろから声をかけられれば、驚くのも無理はない。


「その驚き方はひどいですね……。あっ! もしかして私の存在を忘れてましたかっ!?」


 ウンディーネは頬を膨らませると、いかにも怒ってますよといわんばかりに腰に手を当てた。


「私の存在を忘れた上に、あんなにおいしそうなものばかり食べているなんて酷いです。姿を現さずにずっと見つめていた私の気持ちがわかりますか」

「(あ、精霊でも肉とかそういうの割とイケる口だったんだ)」

「あぁ……あのおいしそうな食べ物の数々……いつか絶対に食べて差し上げます」


 フンスッと鼻息荒く、宣言するウンディーネにユーキは恐る恐る話しかけた。


「それで、わざわざ出てきたってことは何かあるんですかね」

「こほんっ。本題に移りましょう」

「(さらっとさっきまでの内容を流したよ。このウンディーネさん。いや、水の精霊だけに流したのか)」

「なにやら酷い言いがかりが聞こえた気がしなくもないですが続けますね。私が出てきたのは気になることがあったからです」


 ウンディーネはほんの少し声を潜めて囁いた。その表情は先ほどまでとは違い、真剣そのものだった。


「かすかにですが、同族の私と同じ気配がするんです」

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