食卓の剣劇Ⅳ

「「「おおおぉぉぉぉ!」」」


 騎士団の雄たけびが響く中、サクラとユーキは同時に声を出した。


「えー……」


 ありえない、とでも言いたげなユーキ。どう反応していいかわからない、という感じのサクラ。

 それもそのはず、目の前に運ばれてきたのは円筒状の茶碗。中にはカスタード色のつるつるとした表面が見える。


「これは――――」

「――――茶碗蒸し?」


 本来、茶わん蒸しはカテゴリーされるならデザートではなく、一応汁物の枠となる。溶き卵に薄い出汁を入れ、シイタケや銀杏、エビなどを入れて蒸したものだ。その為、はた目から見ると色合い的にプティングに見えなくもない。


「どうしたんだい。……何かおかしいことでもあったか」


 フェイが二人の様子に気付いて声をかける。周りの騎士たちのようにはしゃいでいなかったフェイだけは気づいたようだ。ちなみにアイリスは無言で茶碗蒸しを凝視している。


「いや、これは俺が知っているはずのものならデザートじゃない。デザートだと思って食べるとショックを受けそうだな、って」

「器を見ると和の国の陶器に見える。和の国のプリンじゃないのか」

「あぁ。たぶん違う。甘くはないから、そのつもりで食べたほうがいい」


 フェイは頷いて、目の前に運ばれてきた茶碗蒸しを見つめる。目の色が試合をしているときのように真剣そのものだ。


「なんで茶碗蒸しでこんなに騒ぐんだろう」

「一応、和の国は味にうるさい人が多いから、自然と料理のレベルも上がるの。だから和の国の料理というだけでテンションが上がっているの、かも」


 ユーキの疑問にサクラが返事をする。聞くところによると和の国は、島国と言う特性上、交易路として様々な文化圏の物品が行き交うらしく、自然といろいろな料理が入ってくるらしい。その中で、さらにおいしく食べようと料理人が研鑽を積んだ――――魔改造した――――結果が料理大国の異名らしい。


「まぁ、いつも騒ぐけど今日はいつにも増してうるさいのは確かだな」


 マリーが苦笑いしながら頷く。どうやら騎士たちも、いつも以上に興奮しているらしい。そんな様子をルーカスも微笑ましく見守っている。


「全員に行き渡ったようだな。それでは、いただこうではないか」


 伯爵の言葉に促され、全員がスプーンで一口すくって食べる。直後に訪れたのは、『あれ。美味いけど、これデザートの味じゃなくね?』的な空気だった。サクラとユーキも予想できていたのか、その反応に苦笑いをするのみ。


「ふむ、食べてみてわかったが、デザートじゃないな」

「「「えー!?」」」


 伯爵の言葉に騎士たちが声を上げる。


「いや、どう見てもプリンだろ。ってことで無理やり最後にしたが、シェフの言う通りだった。これは最後にするかどうかは微妙だな。はっはっはっ」

「父さん。料理に口は出すなよ……シェフが泣くぞ」

「すまんすまん。しかし、これはこれでいいではないか」


 茶碗蒸しをかっ込んで伯爵は静かにテーブルに置いた。騎士たちはすでに食べ終わっているようだ。最初の微妙な空気はともかく、味自体には文句がなかったので、おおむね満足そうな顔をしている。もっとも量が少ないので、少し不満そうなのも事実ではあった。


「さて、茶碗蒸しとやらの数にも少しばかり余裕がある。ここは我々が得意とするでおかわりができる者を決めようではないか」

「「「おお!」」」


 伯爵の声にまた声が上がる。


「「この人たち、いい年して元気いいな……」」


 ユーキとフェイは図らずも同じ言葉をつぶやいていた。

 しかし、騎士たちが一斉に立ち上がって殺気ともいえる気迫を出し始めたので、ユーキは驚いて周りを見渡し始めた。


「さて、僕も食べたいけれど、食べれるのは勝者のみ。悪いけど君を敵として勝たせてもらうよ」

「はぁっ!?」


 何が何だかわからないうちにユーキはフェイに腕を引っ張られ、立ち上がってしまう。


「刃のごとき鋭さで切り裂くか。岩のごとき剛をもってなぎ倒すか。水のごとき柔軟さですべてを受け流すか。すべてを己が双眸で見極め、目の前の敵を打倒せよ」


 フェイが武器も持たず右手を後ろに構え左手を添える。ユーキは思わず両手を前に出して、フェイを説得する。


「おいおい、そんなに欲しいならやるからさ。落ち着けって」

「何を言ってるんだい。僕は十分に冷静だよ」

「冷静な奴は殺気なんて飛ばさないわっ」

「細かいことは気にしない。さぁ、いくぞ」


 フェイがこぶしに力を入れたのがわかり、ユーキは体を硬くさせる。昼間の疲れもあるが、フェイとの実力差を考えると、今の状態と間合いでは避けられる気がしない。

 そもそも、こんな場所で暴れるとか非常識にもほどがある。そんなことを考えているうちにフェイはすでに動いていた。

 フェイはこぶしを突き出すのではなく、上から振り上げる形で振り下ろす。反射的にユーキは腕をクロスして防ごうとした。だが、その腕に衝撃が伝わることはなかった。


「「「じゃんけん、ポンッ!」」」

「えっ……」


 早口で耳に入ってきた言葉と何の衝撃もこないことに、思わず瞑った目を開く。すると、そこには意地悪そうな笑みを浮かべフェイと突き出された手の平――――『パー』――――が振り下ろされていた。


「悪いね。このじゃんけんは僕の勝ちだ。茶碗蒸しはいただくよ」


 フェイの言葉と後ろで大人げなく歓声や悲鳴を上げる大人たちの姿を見て意味を理解したのは、ユーキが思考時間をたっぷり五秒費やしてからだった。

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