食卓の剣劇Ⅰ

 伯爵の指示に従い、迎えを待っているとアンディではなくフェイが宿を訪れた。

 アンディ曰く、同年代で仲良く来るといい、とのことだそうだ。フェイ自身は道を探しながらのことだったので、迷惑もいいところだろう。

 それでも、会場にはしっかりと時間前に到着したところにフェイの性格が表れている。


「それじゃ。僕は一度失礼するよ。中にいればそのうち始まるから」


 フェイは、そう言って素早く入ってきた扉を通って、どこかに行ってしまった。ユーキは手持ち無沙汰になり辺りを見回す。特に豪華な装飾はされていないが、壁などに飾り付けられた剣や盾などから威圧感のようなものを感じた。


「(伯爵が使い続けてきたものかどうかはわからないが、年季が入ってそうだなぁ)」


 なんとなく、そんなことを考えながら目を部屋の中央に向ける。既に長机の燭台には灯がともり、料理の準備が進められている。長く白いテーブルクロスの先には主が座る席があり、質素ながらも威厳のある装飾が施されている。


「(さすがは伯爵。俺みたいな一般庶民には縁のない場所だから居心地が悪い)」


 メイドや執事のような人々が行き交う中で邪魔にならないように扉の側の壁に寄り掛かって苦笑する。

 時折、メイドが席へ案内しようと声をかけてくるが、手を顔の前で振って遠慮した。

 正直なところ、ユーキとしては一人でこんなところに座らせされていたら落ち着かないなんてものではないだろう。


「お、もうユーキは来てたか。早いな」


 呼ばれて振り返るとマリーが立っていた。ユーキは挨拶を返そうとして言葉が出なかった。


「な、なんだよ。その顔は……」


 何も言わず見ているユーキに不安に思ったのか、マリーが眉をしかめる。ユーキの目線はマリーの服へと注がれていた。

 普段見慣れている魔法学園の制服ではなく、ドレスを着ているのだ。この部屋と同じように豪華な装飾とは言えないが、それでも十分マリーの魅力を引き立てていた。真紅のドレスに簡素なレースをあしらっている。

 だが、同じ赤系統でも、マリーの髪ほどに鮮やかな色ではない。だからこそ、マリーの髪の色をより引き立てているとも言える。


「いや、普段と違うマリーに少し驚いただけだよ。よく似合ってる」

「へへっ、そんなこと言っても何もやらないぜ。それに着飾ってきたのは、当然、あたしだけじゃないからな」

「ん? それは、どういう……」


 ユーキの言葉は、マリーの後ろを親指で指し示す形で止められた。その視線の先を追うとアイリスとサクラがこちらに来るところだった。


「ん。着てきた」

「えーと、その、大丈夫かな?」


 アイリスとサクラは、それぞれ水色と赤白二色のドレスを着飾っている。装飾はほぼマリーのものと一緒だ。

 アイリスはトテトテと可愛らしく歩き、サクラはユーキを気にするように恐る恐る進んでくる。三人が同じ場に揃うと、ユーキは思わず感嘆の声を上げた。三人それぞれのタイプが違うせいか、各人の個性がより際立つように思えた。

 もし、学園の男たちがユーキを見たら両手に花どころかお花畑にすら見えただろう。それほどに彼女たちは輝いて見える存在と化していた。


「ほら、ユーキ。見惚れてないで何か言ってやれよ」

「あ、そ、そうだな。――――二人ともよく似合ってるよ」


 マリーに促されて言葉を出すが、若干の緊張と放心状態にあったせいでうまく言葉が紡ぎだせなかった。その言葉を聞くとアイリスもサクラも少しばかり顔が赤くなったように見えた。


「うん。ありがとう。マリーの昔の服を貸してもらったけど、とてもいい服」

「あ、ありがとう。私、こんな立派な服なんて着たことないから少し恥ずかしくて……」


 そういうとアイリスはスカートを両手でつまんでひらひらさせて、サクラは両手の人差し指を合わせて目を泳がせる。


「ははは、前に来た時にこういう服着ようって約束したんだ。まぁ、あたしのだからサイズが若干あってないかもしれないけど、良く似合ってるって」


 マリーは後ろから二人の肩に手をまわして笑う。そのまま、ユーキの方を向いてニヤッと口角を釣り上げた。微妙に目が意地悪そうな光を宿している。


「こうしてユーキを驚かせたんだ。ただ着るよりも面白くなったじゃん」


 そういうとサクラも少しだけ緊張が取れた笑顔を浮かべた。その顔に思わずアイリスとユーキも微笑む。


「さて、騎士の人たちは、こっちに向かってたから、後は父さんとアンディ。学園長とフェイが来れば食事ができる。こんなところに突っ立ってないで座ろうぜ!」


 マリーは宣言するや否や、アイリスとサクラの手を引っ張って歩く。アイリスとサクラが足をもつれさせながら慌てて歩き出す。その後ろを苦笑しながらユーキもまた歩いて追う。


「さて、この後、普通に食事ができればいいんだけれど」


 ほんの少しだけ、ローレンス伯爵のデタラメ具合が心配になるユーキではあったが、マリーもいるから大丈夫だと言い聞かせて、苦笑を押し戻す。マリーがサクラの正面を指さすので、そちら側へと歩を進める。


「ごめん。あたしの横に座らせようものなら、父さんが暴れちゃうから許してくれ」

「確かにそれは困る。まぁ、招待された側だからなにも文句はないよ」



 そういって、示されたサクラの隣へと座る。真ん中に伯爵、向かって右側にマリー、サクラ、アンディ。左側にアイリス、ユーキ。恐らくユーキの右側にはフェイが座るのだろう。

 残りの人が来るのを談笑して待とうとしていると、騎士の人たちが入ってくるのが見えた。

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