食卓の剣劇Ⅱ

 そして、その最後尾には、ローレンス伯爵とルーカス学園長やアンディ、フェイの姿が確認できた。その後に伯爵付きの騎士が何人も続く。

 伯爵は学園長に上機嫌で話しかけている。対して、学園長の顔は少し苦笑い気味だ。


「――――して、私の娘たちはもっと美しく着飾れるというのに、面倒の一言で済ます。先生からも何か言ってくれませんか」

「いや、アレックス。かつて、君は儂に杖をしっかり持てと言われても剣を握っておっただろう。その時の自分を振り返るといい。素直に従う気はあったかね」

「む、それは、その……」

「本人に、その気がないのにいくら言っても意味はあるまい。今日は貴族が集まる場でもなし。それであれば、服装よりも話に花を咲かせるべきではないかな」

「流石、ルーカス学園長。すばらしいお言葉です。きっと伯爵にもご理解いただけたと思います」


 伯爵に忠告をしたルーカスへ、アンディが賞賛の言葉を送りながら伯爵の脇を小突く。渋い顔をしながら伯爵も頷いた。伯爵も自分のことを棚に上げてまで反論するほどデタラメ人ではなかった。ルーカスの横ではフェイも苦笑いしながら向かってきていた。


「おっと、すまない。待たせたな。早速だが、食事にしようか」

「いや、今来たところだよ。父さん。さぁ、早く座って晩飯食おうぜ」

「一年ごとにアレックスと食事をするのは、もはや恒例行事のようなものだからの。今回の晩餐も例年通り新しい料理を見つけてきておるだろうから、楽しみじゃて」


 ルーカスは手の平を擦りながら、子供のような笑顔を浮かべた。伯爵もそれを見てにやりと笑う。


「えぇ、今年もいいのを用意しました。恐らく、先生も気に入るでしょう」

「ほう、それは上々じゃ」


 伯爵とルーカスは向かい合うように一番奥に座り、アンディとフェイ、騎士たちもその後に続いて座った。中央の席にしなかったのは、伯爵なりのルーカスへの気遣いなのかもしれない。

 料理と飲み物が入ったグラスが用意されると、伯爵はグラスを片手に立ち上がった。長々と話すのは性に合わないのか、伯爵は短く乾杯の音頭を取った。


「さて、ではルーカス先生に我が騎士団、娘の学友たちよ。今日は大いに飲み、食べ、語り合おうではないか。――――乾杯」

「「「乾杯」」」


 成人はワイン、未成年はブドウジュースが入ったグラスを掲げ、口をつける。多くの者たちが目の前に用意された料理に手を付け始める。伯爵もルーカスに話しかけながら口に食べ物をほおばり始めた。


「食べながら話すのはマナーとしてどうなのじゃ」


 すぐに呆れながらルーカスへと怒られる。

 若干、伯爵が怒られながらも嬉しそうにしているのは気のせいではないだろう。


「今日の料理は、ここの屋敷の管理をしながら店を大通りに出してる。あたしの家のお抱えシェフのなんだ。味は保証するよ」


 マリーがウィンクしながらナイフで料理を指し示す。ユーキは前菜と同時に置かれたサラダを頬張ったところだが、確かにおいしかった。野菜はシャキシャキして新鮮で、かかっているドレッシングは強過ぎず野菜の味を引き立てている。


「(――――苦手なはずのトマトが苦もなく食べれるとは……。元の世界でも、この味に出会っていたかった)」


 少なくとも嫌いな食材が食べれるほどだとはユーキも思っておらず、嫌いなものから先に処理しようという考えが木っ端微塵に吹き飛ぶほどだった。

 アイリスもわき目も振らず、料理に集中している。多くの騎士たちに目をやれば、それ以上に豪快にサラダをかっ込んでいる者もいるくらいだ。テーブルマナーはどうした。


「あはは、俺たちは伯爵と同じような環境にいたせいかテーブルマナーなんて忘れてしまっていてね。君も気にせず食べるといい」


 アンディが苦笑いしながらユーキに話しかけてくる。アンディもテーブルマナーは気にせずにサラダを頬張っていた。


「いや、しかし美味だな。ここのシェフ、また腕を上げたんじゃないかい。以前よりも食欲がかき立てられる」

「聞いた話だと、大通りの行列が一段と長くなったらしいぜ」


 アンディの言葉にマリーも頷いて答える。

 そんな二人のさらに横。ユーキの目の前では、サクラがチマチマと料理を口に運んでいた。その表情は非常に幸せそうだ。頬が落ちる、というのを実際に表すなら今のサクラの顔がそうだろう。完全に顔が緩み切っている。

 周りの会話に耳を傾けると、若い騎士に彼女の有無についてだとか、街中で見かけた美女議論だとかを聞く中年騎士がいたり、食事になっても剣術の話をする騎士がいたり、メイドを口説きにかかる騎士がいたり、とユーキの右側ではすでにカオスな状況が作り上げられていた。

 対して左は平穏である。伯爵の娘自慢とルーカスの苦笑。アンディ、マリー、サクラの穏やかな会話。サラダをお替り申請するアイリス。

 その気持ちのいい食いっぷりに、思わずユーキも笑みがこぼれる。


「僕も体験するのは三度目だけれど、ずいぶんと今年もみんな楽しんでいるみたいだ」


 フェイがユーキにぼそっと呟く。こころなしか剣を握ってる時と同じように楽しんでいるように見える。


「毎年、ここに来てるのか」

「あぁ、一年に一度、領地を見回りがてら王都に来て、騎士団との交流戦と合宿をやって帰っていく。実際は建前で、騎士たちのストレス発散旅行だよ。特に奥さんがいる先輩たちとかはね」


 少し鼻で笑うような形でいうフェイにユーキは苦笑いした。


「(なるほど。たまには奥さんから逃れて気ままに遊びたい、っていうやつかな)」


 割と近くの方で騎士の一人が「嫁さんが怖くて騎士がやれるか―!」と大声を上げている。きっと、普段は尻に敷かれているのだろう。


「尤も、夫婦仲は険悪じゃなくて、むしろいいくらいだよ。伯爵がいい例さ。娘大好き、奥さん大好き。仕事から帰れば、まず奥さんにキスをしてもらうのが日課だからね」

「……ごめん。ちょっと想像できない」


 いかつい元騎士団長がマリーみたいな美人にキスされているときの顔がどうしても描くことができなかった。そもそも、マリーの母親の顔すら知らないので何とも言えないのだが。


「マリーっていい家族に恵まれてるね」

「えー。正直、うっとおしいだけだぜ。娘の前でイチャイチャする両親を見続けるのを想像してみてくれよ」

「大丈夫。むしろ羨ましい」


 げんなりした顔を見せるマリーにアイリスが声をかける。ちなみにサラダ三杯目を要求したところだ。


「親が喧嘩したり、あえない時間が多いよりは楽しそう」

「あー、まぁ、そうなんだけどさ」


 アイリスの言葉にマリーは少し申し訳なさそうに答える。若干、目が泳いでいるのはなぜだろうか。


「私の両親も仲がいいし、特別に何か思ったりすることはないけど……」

「まぁ、仲がいいことに越したことはないよ」


 サクラとユーキもアイリスの言葉に頷く。三対一の状況なので、マリーも不満そうにうなることしかできなかった。

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