剣閃煌くⅡ

「さて、仕事を終わらせに戻らねばならぬが……」


 食堂を一足先に出たローレンス伯爵は、十数人の護衛用の騎士を伴って魔法学園を出る。

 かつて自らも学び舎として通った思い出を胸に、門のガーゴイルに目を向けた。ガーゴイルは人が近くにいると実体化するのだが、相変わらず眠そうな顔で見下ろしている。その目に意思は感じられないが、早く行けと言っているように動かない。


「ルーカス先生に今度、ゆっくり飯でも食おうと伝えておいてくれ」


 伯爵が声を上げると、ガーゴイルは手の平を振って応えた。伯爵は、その行為に満足して馬へと乗る。学生時代もガーゴイルは、あんな不愛想な形で返事をしていた。ある好奇心からの行動で仲良くなったのだが、それはまた別の話だ。

 兎にも角にも、その返事の仕方が旧友と会ったようで、少しばかり嬉しかったのかもしれない。

 馬へ乗り込むと、騎士の一人が近づいて来て、横に並ぶ。伯爵よりは若いと思われるが、その眼光は勝るとも劣らないものがあった。


「伯爵、このまま王城に向かわれますか」

「あぁ、そうしよう。何分、色々とやらなければいけないことがあるからな。強行軍できたが、それで疲れる鍛え方はしてないだろう」

「はっ。もちろんであります」

「よし。では城に向かおう。騎士団の宿舎にはいつも空きがある。既にそこへ泊るよう申請してあるから、到着したら今日は休んでよい。明日の朝六時には鍛錬場で合同練習だ。そのつもりでいるように。明日以降は俺の家の準備ができ次第、そちらで寝泊まりだ」

「了解しました」


 馬で大通りへと向かいながら、護衛部隊の長を務める男へ、今後の計画を伝える。その返事を聞いて、伯爵は前を向いた。


「ここを通るのも久しぶりだが、いつもこの賑やかさには驚かされるな」

「はい。私もこの光景を見るたびに驚かされます」

「国によっては、その日の食べ物にも困ることがあると聞く。そういう意味では、非常に恵まれている。この光景を子々孫々、伝えていかなければなるまい」

「おっしゃる通りです」

「しかし……」


 行きかう人々が手に品々を持ち、あるいは店の中で料理に舌鼓を打つ様子を目だけで負いながら、二人の男は会話する。ほんの少し、口の端が上がっていた伯爵が、顔つきを変える。


「俺の娘と食事をしていたあの少年。どうしてくれようか。いかに平和で、穏やかな日々が目の前に広がっていようと、心の中はそうではいられん。アンディ、とりあえずあの少年を一発――――」

「――――この親バカがっ」


 ――――スパアァァァン!


 大通りにアンディことアンドリュー・ペレスの伯爵の頭をはたく音が、気持ちいくらいに響き渡る。大通りを行き交う人々は何事かと音の方向に目を向けるが、伯爵とアンディの姿を認めると苦笑いしながら、すぐに日常へと戻っていく。


「去年、似たようなことをしてクレアに叱られたばかりだろうが。同じ間違いを何度も繰り返すのを馬鹿っていうんだよ。ちょっとは成長しろ、この親バカ伯爵」

「お、オーケー。わかった。だから、その剣から手を離せ。なっ」

「……失礼。私としたことが、取り乱しました」

「お前、ちょっと裏表激しすぎて怖いぞ」

「貴族のいる場に出る以上、仮面の一つや二つ持てずにどうするんですか。むしろ、あなたの破天荒ぶりが異常なんですよ」

「俺は俺の生きたいように生きているだけだ」

「それが、他よりも異常だって話をしてるんですよ」


 後ろに控えた騎士も動揺することなく、二人の行動を見守っている。中には生暖かい眼をしているものもいる。この騎士たちの心情を現すならば「あぁ、またいつもの親バカとツッコミ隊長か」であろう。どうやら、街の人も騒がない辺り、この光景はかなり前からあったようだ。


「でも、面白いんじゃないんですか」

「何がだ」

「彼、鍛えれば化けるかもしれませんよ。一人の騎士として育てるというなら、私も反対ではありません」

「珍しいな。お前がそんなことをいうなんて」

「店の外から少し様子を見ていましたが、遠目でもわかりやすすぎるぐらいでした。伯爵の表情の変化。微妙に読まれてましたよ」

「む。まぁ、娘のことだから多少は出てたかもしれないが」

「もっとも、一番の理由はそこではないですが」


 もったいぶるように、アンドリューは溜めた後、少しだけ笑った。


「刀と魔法を使う。なかなか面白い組み合わせじゃないですか」

「お前もそこに目を付けたか。和の国の武器の使い手は、こっちじゃ見つからないからな。やはり、俺とは気が合う――――」

「あ、それはないです」

「……酷いな。私でも泣くぞっ」

「どうぞ」


 その後、王城まで無言で進む伯爵の姿が見られたとか。


「――――ということがあったんです」

「え、そんな理由で朝っぱらから俺のところに来たんですか」


 翌日の朝。まだ日も登らぬ時刻にユーキは伯爵の部隊長の騎士に起こされた。話を聞いていくと、伯爵と護衛部隊長の意見が奇妙に組み合わさった結果、昨晩に合同練習に参加させるという話になったようだ。


「いくつか聞きたいことがあるんですがよろしいですか」

「はい。どうぞ」

「話の途中では、アンドリューさんは止める側の人間だったはずですが」

「アンディで結構です。言ったではないですか。剣の使い手として鍛えるなら話は別だと」


 ユーキは確信した。この男、護衛兼伯爵の抑え役だが自身も相当の暴走タイプである、と。ため息をしたくなるのを押さえつつ、次の質問に移る。


「騎士団の訓練ということですが、俺が入っても大丈夫ですか」

「はい。すでに国王陛下から


 その言葉にユーキが眉根をぴくっと動かす。国王から出るユーキの話となれば、可能性は二つだ。一つはゴルドー男爵を倒したこと。もう一つは騎士に叙勲される予定であること。


「今回はあなたが助けた人の中に伯爵の娘が入っていました。故に、国王陛下もこの件については説明しない訳にはいかなかったのです。もちろん、このことは他言無用ということで伯爵も承知しています」

「なるほど、それで余計に俺を誘いたくなった、ということですね」

「ご名答」


 ユーキの答えにアンディが頷いた。ユーキは、少し考える。


「(この前のように魔法以外での戦闘もうまく行えるようにならないといけないし、何より自分より強い人間の動きを見ることができる。自分のガンドのことも知っている人がいる中でなら、多少の使用は問題ないか)」


 アンディにユーキが目を移すと、直立したまま動かないでいた。その目だけがユーキを鋭く射抜いている。


「(リスクはあるかもしれない。でも、こんな化け物共に襲われる世界ならば戦闘能力を磨くのも大切だろう)」


 いくつかの選択肢を考えては、消していく。その中で辿り着いたのは、肯定だった。


「そうか。受けてくれて嬉しいよ」

「はい。改めてよろしくお願いします。着替えて準備をするので、少し待っていてください」

「あぁ、宿屋の入り口で待っているから準備ができたら声をかけてくれ」


 アンディがそう言って出て行ったあと、ユーキはすぐに着替え始めた。その途中でウンディーネが話しかけてくる。


「大丈夫ですか? 昨日の今日で体を動かして」

「あぁ、別に体調が悪いわけじゃない。前みたく、魔力を一気に使ったわけでもないから大丈夫だ」

「そうですか。じゃあ気を付けてくださいね」

「もしものときは、治療をお願いするよ」

「そういうことを言う人には絶対にしません」


 最後の言葉では、いたずらっ子のような笑みを浮かべているウンディーネが想像できた。ユーキも薄く笑みを浮かべながら刀を佩く。そこで少しだけ伯爵との戦闘を想像する。まともに打ち合えば、どんな名刀・名剣もいつかは曲がり、折れてしまう。

 だが、魔眼を開かずとも雰囲気で悟ってしまった。アレはそんな生易しいレベルを通り越している。剣を合わせるのではなく、一刀両断にされる。そう想像できてしまった。


「まぁ、そこまでとは言わなくても、手加減の数合に耐えられるくらいの力は欲しいところだな」


 不安からか手に汗が滲み、口から言葉が漏れ出していた。どうあっても、これから戦闘は必要になる技術だ。案ずるより産むが易し。当たって砕けるつもりで臨むことにしたユーキは、自室の扉を開いてアンディの元へと向かった。

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