剣閃煌くⅢ
ユーキが城への門をくぐるのはこれで二度目だ。
ただし、今回は門から正面には進まずに脇の道に沿って兵舎と鍛錬場のある方向へと進む。以前は緊張で周りを見る余裕がなかったが、近づいてみると城の大きさに驚かされる。正直なところ、ドラゴンが巣食っている城と言われても驚かない程度には大きい。
アンディに促されて鍛錬場に入ると、鍛錬場自体に天井はなく、あくまで城壁で簡単に区切った部分が鍛錬場として扱われていた。渡り廊下部分と観客席のような階段状の部分とがあり長方形の簡易闘技場のような形である。
その中央では伯爵が既に待ち構えていた。昨日に見た白銀の鎧とは違い、いかにも一般兵ですと言わんばかりの量産型装備であるが、伯爵本人のオーラは隠せてはいない。
勇輝の若干、引き気味の視線に気付いたようで、アンディが口を開いた。
「実は昨日の装備よりも重くなってるんですよ。昨日の鎧は材料が特別製ですが、こちらは量産型の一般的なものです。重量が重い分、足腰の強化には最適です」
「なるほど。しかし、鎧が軽くなった分、大きな敵が相手ならば吹き飛ばされたり、体勢を崩されたりしそうですが」
「時と場合によりますね。ただ、大抵の場合はオーガ以上の巨体相手に一撃喰らって戦闘できる方が稀かと。それならば機動性を上げて避けた方がいいかもしれません」
「そうですね。どのような敵に対して、どんな装備が有効かは今度、教えて貰えますか?」
「えぇ、もちろん。でも、今日は目の前の鍛錬に集中しましょうか」
アンディと装備談義をしていると、伯爵が気付いたのか歩み寄ってきた。もし、周囲の人たちと同様に素振りをしていたのだとすれば、息も乱れず汗一つ書いていないのは普段の鍛錬の賜物だろう。
「何だ。意外と来るのが早いじゃないか。拉致ってきたの――――」
「――――伯爵と一緒にしないでください」
「お、おう」
正直、伯爵とアンディの立場が逆に見えるのは気のせいではないのかもしれない。ただ、立場を超えた一種の男友達のような雰囲気も感じられる。
「さて、少年。ユーキだったか。急に呼んで悪かったな」
「いえ、正規の騎士団と訓練ができる機会など、そうありません。感謝しています。ローレンス伯爵」
「ははは、そう畏まるな。聞けば私の娘と友人を助けてくれたと聞いた。感謝するのは私の方だ」
そう言って、肩を軽く叩かれた。こうして接してみると、ユーキは伯爵のカリスマ性をなんとなく感じることができた。武人としての力強さと他人と気さくに話し合う懐の深さ。少なくともユーキの考えていた貴族という姿からは少しばかり離れていた。
「まぁ、何だ。あとはとりあえず、今日は肩書きとか関係なしに男として力を見たいってことだ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「よし。今日の訓練は剣主体の騎士ばかりだ。流石に試合は木剣で行うが、木刀も用意してある。刀使いとの勝負はなかなかできないから楽しみだ」
「いや、俺は刀を使い始めたのは最近ですよ」
「構わん。獲物が違えば、自然と体捌きも変わってくるものだからな。同じ剣という部類でも様々あるのだ。少年には少年の我々には我々の武器の扱い方がある。それが始めたばかりのものでもな」
「そうですか。では、胸を借りるつもりで臨みます」
「ふむ。なかなか聞かぬ表現だな」
その後、ユーキは騎士団が来るまで和の国(日本)特有の慣用句や言い回しを説明しながらアンディと伯爵と談笑をしたのだった。そもそも、和の国との交流はあっても商人の方が多く、貴族や騎士団などはあまり会う機会が少ないとのことだった。そういう意味では、伯爵がサクラと初めて会った時も、質問攻めにしてしまったらしい。
「はっ、はっ、はっ……」
ユーキはだらしなく、大の字になって休んでいた。約一時間の鍛錬、といっても走り込みと筋トレのようなものを行っただけなのだが、意外と早く体が悲鳴を上げていた。
そもそも、戦闘を行ったとはいえ、こちらに来てからの主な活動は薬草採取だ。毎日、戦闘に備えているプロとは違うのだから当然でもある。
「ちくしょう。体力には自信がある方だったんだけどな」
昔から走るのも泳ぐのも得意ではあったが、それでもきつく感じるのは鎧というおもりがあるからだろう。おそらくではあるが、鎧を着たときの動き方というものがあるらしい。
この後は軽食を取り、軽く木製武器による素振りを行い、試合を行うらしい。
だが、ユーキの体はへばったまま動きに元気がない。そんな調子で青空を見上げていたユーキの顔に影がかかる。そこには既に試合に備えたのか木剣を手にした騎士が佇んでいた。逆光で見にくいが、金髪の髪だけは判別できた。背丈からすると同じくらいの年のように思えた。
そんな姿をぼーっと見ていたユーキに、ほんの少しドスの利いた声がかかる。
「おい、そんなところに寝転んでると邪魔だ。どけ」
「あぁ、すまない。すぐに退くよ」
「……まったく。こんな男がよく騎士になれたものだ」
「同感だ。俺も痛感してるところだよ」
「ふん。身の程はわきまえているようだな。さっさと、飯を食え。……試合中に口から全部戻したいのならば別だけどな」
そう言って、ユーキは顔面にパンを押し付けられた。思わず、目を瞑って両手で庇ってしまう。そのまま、落とさないようにパンを持ったあと、起き上がる。
既に話しかけて来た騎士の姿は鍛錬場の奥へと消えていくところだった。
「まぁ、騎士団の連中からしたら気に入らないだろうな。爵位としての騎士を持っていても、腕っぷしは弱いんだから」
そう呟いて、パンを一口頬張った。少しばかり塩気があって、食べやすくなっている。汗もかいたので塩分の補給にはちょうど良かったかもしれない。
あらかじめ持ってきていた水筒でのどを潤し、残りのパンもよく噛んで飲みこむ。
「さて、もうひと頑張り行きますか」
木刀を壁際の置き場から持ち出し、鍛錬場へと進む。腹ごなしも兼ねて、軽く素振りをするためだ。
各自で三十分程度の素振りを終えると、伯爵から全体へ集合がかかる。大体二十人強の集団だが、すぐに整列できる辺りは軍隊としては当然なのだろう。
伯爵の指示は数人の集団に分かれて寸止めの素振りを行うことだった。
ユーキは、そもそも獲物が違うので隅の方でひっそりと素振りをすることになるのだが、先程から一つ困ったことがあった。
「剣術の素振りって、どうやるんだよ」
剣道の素振りならやったことはあるが、剣術としての素振りをユーキは知らない。正眼の構えからの振り上げるまでは剣術でもあると思うが、その後の振り下ろしはどこで止めるのだろうか。剣道ならば正眼の位置で止めるのだろうが、剣術の場合は振り下ろし切らなければいけないのかもしれない。ちらりと、他の集団の動きを見ると緩やかに、しかし、確実に剣を振り下ろす形で剣を振っていた。
「とりあえず俺は知っている形でやっておこう。下手に我流でやると後で大変なことになりそうだ」
かつて中学校のときに習った剣道を復習するように、面を打つ素振りを行う。前に出ながら打ち、後ろに下がりながら打ち、何度も往復する。時には小手や胴の動きも入れてみるが、あまりうまくいかない。ユーキは振るまではいいが、実際に試合をすると放った後の残心までの動きが得意ではなかったことを思い出す。
「こんなことなら、もう少し剣道をしっかり習っておくべきだったな」
ユーキは本日何度目かわからないため息をつくのだった。
しばらくすると、再び伯爵の声がかかり、鍛錬場を6つに区切って試合を行うことになった。強制的に伯爵と同じ組になり、五人くらいの騎士団員と顔を合わせることになる。
「まぁ、剣を持ったのは最近だそうだ。新兵だと思って軽く揉んでやってくれ」
伯爵の言葉が、どこまで聞くかわからないが少しだけ気持ちが軽くなった。
ただし、木刀を持っていることから少しばかり騎士団員の目が鋭い。伯爵の指示で、真っ先に試合をすることになり、区切られたエリアの中央へと進む。
「何だ。先ほどのヘタレが相手か」
「ん……」
その言葉に、相手の顔をよく見ると逆光では見えなかった顔が目に入った。金髪碧眼の美少年だった。
「一応名乗っておこうか。僕の名はフェイ・フォーゲルだ。君の名前を覚えるかどうかは、君次第かな」
「あぁ、ご丁寧にどうも。ユーキ・ウチモリだ。礼儀として返させてもらう」
「じゃあ、これ以上話すこともないし始めようか」
フェイはロングソードを模した木剣の柄を右肩辺りまで上げて、切っ先をユーキに突きつける。対してユーキは左手に持っていた木刀を正眼の構えで、フェイの方へと突きつける。二人の視線が交わると伯爵から合図が告げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます