流れ着く果てⅤ
ユーキたちはクレアとルイスにギルドへの連絡に行ってもらい、自分たちはルーカスのもとへと向かうことにした。学園から森まではどこか体全体に重圧がかかったようだったが、帰り道では気にするのはゴブリン程度。知らず知らずの内に足取りが軽くなる。
門を潜れば、たくさんの人が行き交い、平和な街へと戻ってこれたのだと感じることができた。
「今回の件は、色々と大変だったよな。今回の穢れがグールから出たんだから、王都の飲み水に紛れ込んでいたら、グールがまた出たかもしれないんだろ?」
「もし、本当にそうだったら大変だったね」
マリーの言葉にサクラも頷いた。
その背を見ながらユーキは、先ほどのオークを思い出していた。
「(あのオークはゴブリンを食べた後、体を黒色に変色させていた。何よりもあのゴブリンたちは生きていたのに
ユーキの魔眼には遠目ながらも、生きている状態特有の発光現象を捉えていた。死んだ者には、光が感じ取れない。生きているならばたとえ黒くても黒い『光』としか言いようのないもので何故か認識してしまうのだ。その生きていると判断したゴブリンは抵抗などせずオークに食べられていった。そのことに気付いたユーキは、ウンディーネのセリフを思い出した。
「(あの集まっているとウンディーネが言っていた穢れはどこに消えていったんだ? まさかオークにすべて食われたとでもいうのか?)」
ユーキの隣にはアイリスが歩いているが、特に前の二人の会話に混ざる様子はない。ちょこちょことかわいらしく歩いている。それを横目で確認して、もう一つ思い出したことがあった。
今回のオークほどではないが、以前倒したオークの片割れには同じような黒い光を感じ取っていた。
「(あの時点で魔物たちの何体かは既に汚染されていた……。そう考えれば、あの魔物の山も死体だったが、食べるために用意されていたと考えるべきか。オークが持ってきた? それとも他の第三者か――――!?)」
ここに至って、ユーキは致命的なことに気付いた。今までは目の前の脅威を払ってきていただけだが、それがなくなった今、新たな問題に行き着いた。
ゴルドーが、グール化したのは原因は人為的なものである可能性が高いということだ。頭の中に浮かぶ今までの情報――――それらを組み合わせて推測できるのは恐ろしい未来だ。
「(不老不死を求めていたゴルドーに薬だと思わせて飲ませた。確かに確実に誰かに飲ませるならば、それが一番簡単だ。でも、相手が誰でも良ければ――――)」
先ほどのマリーの発言がユーキの中で不安を増大させる。
「(――――飲み水の中に薬を混ぜられたら、目に見えるグールよりもはるかに恐ろしい。一晩もかけずに王都の人たちが全滅する)」
自分の至った考えに思わず唾を飲み込む。
視線が揺れて定まらず様々な所へ向く。近くを流れる水路、店に出ている飲み物さえ危険なのではないかという考えに捕らわれる。行きかう人々が既にグールになり始めているのではないか。
こうしている今も背後に忍び寄り、後ろから襲われないかと警戒してしまう。
「(だ、大丈夫だ。ウンディーネが何か警告していない今は水に異常はないはず……)」
「ユーキは気づいた?」
そんなユーキの奇行に気付いたのか、アイリスはユーキを見上げる。水色の瞳の中に、ユーキの不安気な顔が映った。その顔からは強い意志を感じる。そういえば、ウンディーネが精霊石に居続けることを願い出たときも、こんな顔をしていたかもしれない。ユーキはそう思った。
「な、何を――――」
「まだ、この事件は終わっていない、ということ」
心臓を鷲掴みにされたようだった。耳の奥にまで鼓動が響く。雑踏のざわめきが銀幕の彼方に消えていってしまう。
「この事件の本当の犯人は捕まっていない。この国は危険に晒されたまま」
考えていたことを当てられて、心臓が跳ね。否定した考えを口にされて、もう一度飛び跳ねる。アイリスは、そのあり得るかもしれない未来を愚直なまでに受け入れていた。その平常と変わらぬ姿を見せる異常性にユーキは寒気すら覚える。
「だが、俺たちにできることはルーカス学園長に知らせること。あと、ウンディーネにもしものことがあった場合に知らせてもらうことしかできない」
「そう。だから今はそれでいい。でもあり得る未来に押し潰され、目を逸らしちゃダメ」
「何故、君はそんなに落ち着いていられるんだ」
「落ち着いてはいない。でも、そうあるべきだとわかっているから」
アイリスの言葉を聞きながら前を見る。未だに話し続けるマリーとサクラを見ながらユーキも口を開く。
「何か手はないのか……」
その言葉は、雑踏の中へと溶けていった。
「「…………」」
目の前に置かれた小瓶を見て、ユーキとアイリスは数秒間、硬直した。先に意識を取り戻したのはユーキだった。
「すいません。もう一度、言ってくれませんか」
「んー。怪しい奴がいたから懲らしめて、怪しげな薬品を取り上げた、といえばわかるだろうか。つまり、これが、ゴルドー男爵をグール化したかもしれない薬品じゃ。すぐに調べて、解毒薬を作るようにするつもりじゃ」
ユーキが横目で見るとアイリスは表情こそ変わらないが、頬に赤みがさしてプルプルと震えている。声を掛けようとしたら、踵を返して出て行ってしまった。
「ちょっと、アイリス!?」
「何かあったのか?」
「あー、二人ともアイリスのこと頼めるかな? 俺が行くと逆効果になりそうだ」
既にルーカス学園長が、その相手と交戦して元凶の薬を奪っているとは思わなかったのだろう。自信満々で言い放った国の危機宣言は、考えていた以上――――いや、以下になっていた。
そんなことを話した相手と聞かされれば、たまったものじゃないだろう。穴があったら入りたい、とは今まさにアイリスに当てはまる言葉になるかもしれない。
ただでさえ、一人でも思い返して恥ずかしいのに、ユーキが追いかけたら恥ずかしさは倍増。いや、もはや致命傷に追い打ちをかけるレベルかもしれない。ユーキはサクラとマリーにアイリスを頼み。ルーカスと話すことにした。
「とりあえず、大事にならなくて済んだようじゃな。ウンディーネの希望に沿う形にはなったじゃろうか」
「その、ルーカス学園長にはウンディーネのことは……」
「みなまで言わなくてもよい。精霊種は自分を利用しようとする人間を嫌がるのじゃ。君がウンディーネを宿した精霊石を持っていると感じた時点で、わしにはこう動くのが良かったと思った。それだけだ」
「――――なるほど。今回はご助力に感謝いたします」
ルーカスの言葉を受けて、ウンディーネが姿を現す。その姿にルーカスは僅かな硬直の後――――微笑んだ。
「おぉ。姿を現していただけるとは有り難い。とても素敵なお嬢さんだ」
「ありがとうございます。あなたも素敵な殿方だと思いますわ」
ルーカスとウンディーネ。表情と言葉だけ考えれば、良好な関係を築こうとしているように見えるが、両者の間では、何故か火花が散っていた。正確には、ウンディーネ側から一方的に送られてくる敵意をルーカスが受け流しているようにも見える。
奇妙ではあるが、勇輝にはルーカスがそれすらも楽しんでいるように思えた。
「それで、私に何をさせたいんですか?」
「ふむ。何か勘違いしておるようじゃから、先に言っておこう。私からは強制的に何かしてもらおうとは思わんよ。あくまで、相互利益を考えた上でのお願いじゃ」
「私、あまり人間を信用していないんです。特にあなたのような権謀術策を張り巡らすことができるタイプは」
――――嘘だ、とユーキは思った。サクラたちと接する彼女は見た目相応の無邪気な少女で、信用していないという態度からは程遠かったからだ。少なくとも、多少の警戒はあったようだが。
「否定はせんよ。ただ、この内容は君にとっても我々にとっても有益だと思う」
「……一応、話だけは聞きます」
「もし、このようなものが王都及び周辺に撒かれたときは連絡してほしい。我々はそれを回収ないし除去・破壊をするために全力を尽くそう」
「回収したものを使って、何をする気ですか?」
「解毒薬を作るのじゃ。それ以外の目的はない」
ルーカスの言葉を聞いて、ウンディーネがルーカスに近づいて顔を覗き込む。その目は怒りに燃えているようだった。
「……あなたは嘘をついていないです。そして、その薬を悪用しないこともわかりました。しかしですね。それはあくまで
ルーカスは黙って、先を促す。
「人間はほんの少しの欲望から愚かな道へ突き進みます。今回のことも、聞けば不老不死を求めた男が原因だそうですね。ならば、その薬を改良して不老不死を目指そうとするものが現れても、おかしくはありません」
「その通りじゃ。その点は、儂も承知しておる。だから儂直属の仲間と精鋭少数で取り組むつもりじゃ」
「……わかりました。こちらも、そのようなアイテムを放っておかれてはたまりません。私の感知範囲内で見つけた場合は、あなたか彼に知らせることにします」
「信じてもらえて何よりじゃ」
「勘違いしないでください」
振り返ってユーキの方に歩いていたウンディーネは立ち止まって、そのまま否定した。ユーキからは、顔を見ることはできるが、その気持ちは読み取れないほど感情が抜け落ちていた。
「現状における最善の手がそれしかなかっただけです。他に手があるなら、こんな手は選ばないです」
「そうじゃったか。すまぬ。せめて、我々が君たちに受け入れられるよう努力しよう」
「いえ、気にしないでください。これも全部、やつあたりみたいなものなので」
そう言って、ウンディーネはユーキの方へと近づいて、そのまま消えた。
「最後に聞かせてくれぬか。ユーキ君へ最初に助けを求めたのも現状の最善を選んだ結果かの?」
「――――いえ、彼は
「え、なんでさ」
思わぬ言葉にユーキは動揺する。最初はいきなり気絶させられたが、精霊石をくれる大盤振る舞いだった。人間を信用していないなら、普通はそんなことしないだろう。
「そうですね。あえていうなら『綺麗だったから』……ですね」
意味深な言葉にユーキは混乱していたが、すぐにルーカスの方へと視線を向けた。そのルーカスも少しばかり戸惑っていたようだった。
「ユーキ君。今回は――――いや、今回もというべきか。本当によくやってくれた。おかげで、被害を最小限にすることができた。万が一、何かあった場合は連絡を頼む。ガーゴイルに伝言を頼めば、すぐに伝えることができるからの」
「あ……」
「うむ。どうしたんじゃ」
ユーキは失念していた。サクラへ伝言を残すときにガーゴイルへ話していたように、今回もガーゴイルに伝えておけばよかったのだ。ルーカスは気づいていないようなので、そのまま頷いておくことにした。
「今回の件はあまり大事にせず、我々の中だけでの話としておこう。既にギルドには通達してあるので、安心しとくれ」
「はい。ご協力ありがとうございました。私もこれで失礼します」
「あぁ、気をつけて帰るようにの」
ユーキは部屋を出て、そのまま宿に向かった。
ちょうど、夕方になり多くの人が家路を急いでいる。勇輝もまた、その中の一人になり、やっとのことで部屋に戻ると、更に疲れがどっとあふれ出てきた。
夕食を食べることもなく、ユーキはベッドに倒れこむ。ウンディーネが何か呼びかけてきたが、意識はそのまま闇の中へと沈んでいくのだった。
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