流れ着く果てⅣ

 ひとまず事件は解決したが、このことを広めるべきではないという結論に五人は達した。そもそも、ウンディーネとしては、自分の存在を秘匿したがっている。

 もう、元の泉に戻って静かに暮らしたいそうだ。


「ルーカス学園長には俺から言っておくよ。冒険者ギルドにはクレアから言ってくれないか」

「あぁ、とりあえず異変は解決したって伝える。変に何か言うと整合性が取れなくなるから、詳しいことは学園長に聞けと言っておくよ」

「私の方では教会で森の異変がないか見回るように話をしてみます」


 それぞれの所属での対応を決めているとユーキは自分に刺さる視線に気付いた。振り返ると、サクラとマリー、アイリスがじっと見ている。


「な、なんだよ」

「いえ、ユーキさん。いつの間に剣術も強くなったのかと」

「やめとけって、ユーキの中じゃあ、オークなんて雑魚の内にも入らないんだって」

「がいしゅーいっしょく」


 ユーキは頭が痛くなった。確かにゴルドーの時と違って、純粋な剣士として戦ったが、それも全部我流だ。勘違いしないように反論だけはしておく。


「あのさ、真剣とか握ったことなんてほとんどないんだよ。ただ必死で振ってただけ、クレアから見たらお子ちゃま剣術だったろ」

「んー。まぁ、完全に型破りだったわけでもないし、筋は悪くないんじゃない? 実際に上手くいってたし」

「私は剣を振る立場にありませんが、剣を握ったばかりの初心者には見えませんでしたね」


 クレアに助けを求めたが、逆に包囲された形になってしまった。しかもルイスのおまけつきで。クレア、お前もか、と心の中で叫んでいると爆弾発言がウンディーネから投下される。


「あら、でも全力では戦えていませんでしたよね?」

「「「「「……え?」」」」」

「いえ、手を抜いていたとかではなく、万全の状態では戦えていませんでしたよね?」


 ウンディーネの言葉に混乱する人間側チーム。ユーキも心当たりがない。ウンディーネは自問自答して、勝手に解決したのか、手を叩いて納得していた。


「あぁ、なるほど。そういうことでしたか。それなら、私がここで話すのも無粋ですね」

「ところで、あんたはこの後どうするつもりだ? もう、泉に帰ってもいいんじゃないか?」


 クレアは理解できない内容を早々に切り捨てて、ウンディーネに問いかける。そもそも発端は、穢れがあるから逃げ出してきたのであって、もう元凶も排除した。それならば、ウンディーネは泉に戻れるはずだ。


「はい。もう、数日だけ精霊石の中にいさせていただいた後、帰らせていただきます」

「あの、今すぐじゃなくていいんですか? 泉はウンディーネさんのお家みたいなものでしょう?」


 ウンディーネの発言にサクラが驚くが、微笑みながらウンディーネは返答する。


「私、この泉からほとんど出ることなく育ちました。こんな事件の起こる中で不謹慎ですが、王都の中がこんなにも面白いとは思いませんでした。勝手ではありますが、もう少しだけこの街を散策したいのです」

「うーん。大丈夫かな。姿を見せないとはいえ、精霊種なんて連れ歩いてて」


 少しばかり躊躇するユーキにアイリスから声がかかる。


「ユーキ、お願い」


 いつものアイリスミサイルやからかうようときのような顔ではなく、目に力のこもった真剣そのものだ。十歳ちょっとの少女が出す雰囲気ではない。ユーキは、その真剣さに押されて頷いた。アイリスが、ここまで強く意見を言ってくるのは初めてだ。


「あぁ、わかった。とりあえず、しばらくはよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「さて話もまとまったことだし、先ほどの通り動きましょう。善は急げ。街へと戻りましょう」


 ルイスに促されて、ユーキたちは森の中へと戻っていく。

 その後姿を黒いマントを着た者が、木の上から見ていた。


「実験結果としては中の上……といったところか。まぁ、急造の品だ。仕方のないところか。要改善だな」


 マントの中から漏れる声は男の声だった。オークが燃えた後に目を向けて、ため息をつく。


「しかし、俺に合わねえ仕事だったな。あの糞男爵を殺せたんだからいいが、一歩間違えば周りへの被害が最悪じゃねえか。何て危ないもん持たせやがんだ、あの野郎」


 右手に握っていたものを掲げて、太陽の光に透かす。小瓶の色は透明で、中には紫色の液体が入っていた。太陽の光を透かして見るが、とてもきれいな色とは思えない。中でドロドロしたものが蠢いていて、今にも全身を包まれるのではないかというような錯覚に襲われる。


「あー、割に合わねえ。あちらさんとは、もう契約するのやめとこ。命がいくつあっても足らねえや。この国の奴らには、悪いことしたがここでおさらば――――」

「――――できると思うかの?」

「――――ッ!?」


 黒いマント姿の男は、肩に手を置かれ、咄嗟に隣の木へ飛び移る。何がしかの魔法か、技術か。一度大きく揺れた木は、すぐに振動をやめる。振り返ると、ローブを羽織った老人が長い杖を持って立っていた。


「ほう。いい動きじゃ。しっかり足腰を鍛えておる。じゃが、攻撃は躊躇ってはいかんぞ。君のようなならば」

「ちっ、お見通しってか。こんなところに魔術師ギルドの親玉が出張ってくるとは驚きだ」

「一応、被害が出ておるからな。動かんわけにもいかんじゃろ」

「(食えねえ爺さんだ。近距離で姿を現したとなると幻覚――――は精神干渉だが、された覚えはないし、抵抗用のアイテムを持っている。幻影によるこけ脅しなら肉体的な感触は感じない。防御魔法と強化魔法の重ね掛けで近接戦に持ち込むつもりか?)」

「どうした。何も言ってくれぬと、こちらも困るのじゃが」

「はっ。口は災いの元っていうのは東の国の諺だったかな? ベラベラしゃべるアサシンギルドのメンバーってありえんだろ」

「そうじゃの。では、どうする? 逃げるか。それとも――――」


 目の前から殺気を全力で放たれて、男は一瞬狼狽える。しかし、すぐに左手で腰に差した短剣を抜き取り投擲する。同時に三本、狙いはルーカスの頭、胸、腹だ。


「――――無駄じゃ」


 近くで聞こえた男の声に、背中が凍り付く。

 伸びきった左手側の死角からルーカスが現れる。いや、初めからそこにいたように出現した。男は離れるのではなく、逆にルーカスの懐へ飛び込み肘打ちを放つ。ローブが腕の動きを隠し、打点を見辛くする。反動で威力とスピードを上げるため、一気に右手を伸ばす。ルーカスが声も上げずにくの字に折れ曲がった。肘は確実に鳩尾を捉えていた。


「(よし、ぶち当て――――違う!)」


 一瞬、勝利を確信した男はすぐに否定した。肘から伝わる衝撃は、老人であることを差し引いても

 次いで、自分の右肘から衝撃が走った。骨が曲がらない方向へと衝撃を受けて、悲鳴を上げる。その衝撃に右手の感覚を手放した。同時に目の前のルーカスが杖へと変わり吹っ飛んでいく光景が目に入る。

 顔だけ振り返ると、先ほどまで持っていた小瓶をルーカスが右手で握り、左手で男の肘裏を押し上げていた。


「この一瞬で実体のある分身を二人もだと!?」

「だてにギルド長と学園長を兼任しておるわけではない。悪いが――――」

「(相手が悪い。ここは逃げる!)」


 すぐに腰に手を回し、両手から短剣が六本放たれる。ルーカスは、涼しい顔で炎弾で弾き飛ばしていく。しかし、五本目と六本目を迎撃した瞬間、目の前が真っ白に染まる。


「煙玉か。準備がいいようじゃな。魔力探知を妨害するために魔石の粉末を用いているとは……」


 すかさず、風で吹き飛ばすが男の姿はそこにいなかった。ルーカスはため息をついて、小瓶を懐にしまい宙に浮く。


「まぁ、口ぶりから後悔しているようじゃし……。今日はこれくらいにしておこう。『次に来た時には容赦せぬ』がな」


 ルーカスが指を鳴らすとどこからともなく杖が飛んできた。それを持って、そのまま王都へと飛んでいく。

 ルーカスが見えなくなる頃、先ほどまでいた木の真下に、右腕を押さえる男がいた。


「見逃してくれたか。まぁ、いい。生きているならこっちのもんだ。なんせ俺はアサシンギルドのメンバーなんだからな。……それも、わかって見逃されるのはどうにも癪だが仕方ねえ。さっさと戻ろう」


 木の葉の擦れる音が響く。そこには最初から何もいなかったかのように静寂が残る。そんな森のどこかから鳥の鳴き声が響いた。

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