流れ着く果てⅢ
時は少し遡る。
ルイスはクレアとユーキの戦闘を見つめながら呟いた。
「まずいですね。再生能力持ちですか。そんなオーク見たことも聞いたこともありません」
「え!? では、あのオークは倒せないということですか?」
サクラが驚いて、ルイスを見る。
その横でアイリスとマリーの炎の弾が矢のようにオークへと十六個ほど飛んでいく。ルイスも時間をずらして、自分だけで十六個ほど炎弾を放つ。
ルイスの視線はクレアの方へ一瞬向けられたが、すぐにオークへと戻る。炎はすべてオークへと当たるが、最初ほど効果は与えられないようだった。
「あんた。神官なのに攻撃魔法が上手いな。てっきり治癒と浄化魔法の専門家と思ってたのに」
「うん。私たちより精度も威力も高い」
少し遠くで魔法を詠唱していた二人には、先ほどの声が聞こえてなかったようで、ルイスの魔法を褒める。
しかし、ルイスの表情は変わらない。
「サクラさん。あなたはこのまま攻撃をしてください。先ほどのことを二人にも伝えます」
「わ、わかりました」
サクラはルイスがアイリスとマリーに説明する間の時間稼ぎをする。すぐにサクラは短い杖を掲げて詠唱に移った。
「『――――燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ八条の閃光なり』」
一瞬で頭上に八個の炎弾が現れた後、オークへと振り下ろした杖に合わせて炎も飛んでいく。しかし、その爆発を見ずにサクラはさらに詠唱を続ける。
「『――――燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ八条の閃光なり』」
同じ呪文を繰り返し繰り返し、何度も放つ。単調ではあるが、それがユーキたちの命を繋ぎとめていた。すぐにルイスが戻ってきて加勢する。
ポーションを飲み干してルイスも詠唱に再び加わった。
「『――――燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ三十二条の閃光なり』」
サクラたちの量を上回る炎弾を解き放つ。ほぼすべてがオークに命中するが、気にせずにオークは腕を振るっているようだ。ルイスの顎に汗が伝い地面に落ちる。
「魔法でも物理でも、少しずつ削るような消耗戦では倒し切れません。あのオークの回復上限がわからない以上、一撃で心臓か頭を消し飛ばさないと終わらないでしょう」
魔法が魔力を元にして動くように、再生という一種の能力も元となるエネルギー源がある。魔物によって、その源は異なり、生命力や魔力もあれば、水や土などの物質を源にする者もいる。
そういった存在に対しては、再生できない状態までエネルギーを使い果たさせるか。或いは供給を断つ。即ち、再生させる間を与えずに生命維持の核となる臓器を破壊するかだ。
前者の場合、相手がどれくらいエネルギーを蓄えているかによるが、あまりいい手ではない。その点、後者は明確に狙う場所がわかるのでやりやすい。
「首を落とすか。心臓を貫くか。いずれにしても、下級魔法では難しいです。この中で使える人はいますか?」
「おいおい、あたしらは学生だぜ? ちょっと風魔法と火魔法は得意な部類だけど、オークの頭を吹っ飛ばすレベルは――――」
ルイスの言葉にマリーが反論しかけて口を噤んだ。その目線は、他の二人に向けられる。
「なぁ、アイリス。お前の魔法は?」
「無理。せめて、魔力が全快の時なら爆発で吹き飛ばすくらいはできるかも」
ルイスはもう一度、魔法を放ちながら考える。話をもう少し聞くと、二人は風と炎の中級魔法までは扱えるらしい。
風系統は大気を操るだけあって、力が分散しやすい。一定レベル以下の相手をまとめて相手取るならばいいが、単体の中型以上に対しては特定の魔法でないと対処が難しい。
火系統はまさに攻撃属性といっていいが、その攻撃方法は燃焼による継続攻撃と、瞬間的な爆発力がメインだ。
前者が再生で使えない以上、後者の爆発力頼り。
しかし、その爆発力も同心円状に衝撃が分散してしまう為、風系統と同じ結末になってしまう。故に、中級以下の魔法の場合は魔力と魔法の制御両方が優れていないと、強敵に対しては一撃必殺にはならないのだ。
「私ならいけるかもしれません」
サクラが唇を震わせながらルイスに告げる。
「実際に魔物相手に使ったことはありませんが、理論上はできると思います」
「わかりました。なんの魔法を使うつもりですか?」
ルイスがサクラへ訪ねるとサクラは答えた。杖を握る手に力が籠っている。その魔法を聞いたルイスは、一瞬考えて頷いた。
「――――なるほど、それならば行けるかもしれません。ですが、失敗した時の保険はかけておきましょう。そちらの二人はサクラさんの詠唱が終わるまで撃ち続けてください。私は保険として準備します。詠唱完成後は、失敗に備えて逃げる準備をしていてください。これで決着がつかない場合は、援軍が必要です」
後衛の一発逆転を賭けた勝負が行われようとしていた。
ユーキの魔眼は地中の魔力が急激に増幅したのを感じ取った。地面の揺れに関係があるのかと思い、身構えていると、
「うおっ!?」
地中からオークへと飛び出てくる巨大な岩の塊。
――――否、
胸へと突き刺さる鈍い音が耳に届いた。あまりの衝撃にオークも声を漏らすことができないようだ。
だが、魔眼では、その槍が肋骨に阻まれて心臓に届いていないことがわかる。
「クレア! 何としてでも今のうちに頭をぶち抜くんだ!」
「あ、あぁ、わかった」
槍に気を取られていたクレアに声をかけて、現実に引き戻す。再生能力のある魔物だ。いつ暴れ出すかわかったものではない。
「ぐ、がががっ……」
そうこう言っているうちに、意識を取り戻し、槍から逃れようとする。そんなオークの胸にささる槍を駆け上る人影があった。
「はああっ!」
ルイスのメイスがオークの脳天に突き刺さる。その痩躯からは考えられない馬鹿力でオークの頭蓋骨をへこませる。ルイスはその勢いのままオークの背を滑り下りる。
それに続いてクレアとユーキも胸の槍を駆け上る。クレアが左目の眼球へと自らの槍を突き込み、そのまま後頭部へと突き抜けさせた。
彼女が槍を引き抜きながら身を捻ると、左腕を足場にして転がるように着地する。
同時に後ろから駆けてきたユーキが、今度は右目の眼球を突き刺し抉る。後頭部までは貫通しないものの確実に切っ先は脳に達していた。そのまま抉るように中で半回転させた後、ユーキは右腕を足場に滑り落ちる。
着地の衝撃をクレアのように転がって軽減し、その勢いを殺さず立ち上がった。
「あぐあぁぁっ……」
オークが呻き声を上げ、その腕が痙攣しながら空を薙ぐ。数秒、同じ行動を続けていたが、急に腕をぐったりと下ろし、その体を岩石の槍へと預けた。
「すいません。浄化の準備をするので、この液体をオークの足元や体に撒いてください」
いくつかの水筒のようなものを渡される。言われるがままに撒くと、それは油のようだった。クレアもユーキと同じように急いで振りかける。
万が一だが、ここから復活する可能性も否定できないので、急ぐに越したことはない。
「だ、大丈夫?」
「おい、近づいて大丈夫なのか?」
サクラたちが慌てて駆け寄ってくるが、十メートルくらいはまだ離れたところにいる。やはり、サクラたちも本当にオークが倒されたのか半信半疑のようだ。
「これくらいで大丈夫です。みなさん下がってください」
ルイスの言葉にユーキとクレアがサクラたちの方へと下がる。オークが淡い金色の光に包まれると同時に、炎がその身を包んだ。まだ包まれぬ上半身も次第に飲まれていく。
へこんだ頭蓋骨も、貫かれた双眸も再生する気配はない。物理的な炎とは違うのか。瞬く間にその体を包み、オークの巨体は灰塵に帰した。
「浄化魔法と火魔法による浄化を二重に行いました。どうでしょうか?」
『問題ないです。この辺りにあった穢れは消滅しています』
ルイスの言葉にウンディーネが答える。
ユーキも魔眼でオークを見ていたが、炎に焼かれ、金色の光に触れていた部分は漆黒から紫のような色へと変わり、それもすぐに薄まっていくのが見えた。どうやら浄化には成功しているらしい。
魔眼を閉じて、ユーキはほっと息をつく。まるで会敵してから一度も息をしていなかったかのように感じられた。ずっと天から注がれていた日光の暖かさを今更感じ取ったのか。体が少しずつ弛緩していく。
「しかし、さっきの岩石の槍はすごかったなぁ。前に見た時は風はマリー、火はアイリスだったから、地系統はサクラかな?」
「うん。一応、私は地に属する系統が得意なの。二人の得意属性は、違うけどね。とにかく、この『岩の槍』を実践で使うのは初めてだから緊張したけど、みんなを助けられて良かった」
ずっと杖を握りしめていたのか、手が白くなっている。それに気付いたユーキはそっと手を取り、両手で包む。
「あっ……」
「大丈夫、もう終わったから力を抜いて、深呼吸しようか」
ユーキは少しばかり反省した。
そもそも緊急事態とはいえ、魔法を学ぶ身分の少女たちをこんな危険な戦いに巻き込んでしまったのだ。本人は気にしていないが、アイリスはサクラとマリーよりも幼い。魔法使いとはいえ、少しばかり冒険が過ぎた。
サクラの手に血の気が戻り、杖を握る手が解けていく。それを見届けて、ユーキは手をゆっくり放した。
「サクラ、マリー、アイリス。ありがとう。君たちがいたおかげで、無事に倒すことができた」
「あ、はい。こちらこそ、ありがとうございます……?」
ユーキの感謝の言葉にサクラはもちろん、他の二人も困惑の表情を浮かべる。
「え、えぇ!? あ、あたしは別に何もしてないし……」
「みんな無事。ウンディーネも問題解決。問題なし」
まだ戦った影響か、混乱するサクラとマリー。意外と平気なアイリスの姿に驚きながらも、ユーキはルイスとクレアにもお礼を言う。
「いや、あたしは久々に強いのと戦えて満足だよ」
「この手で精霊と民を穢れから守れたのです。このような機会を与えてくださったことに感謝です」
各々が戦って生き残れたことに感謝を言い合い。生きている実感に喜ぶ。そんな中、ユーキの懐が光り、ウンディーネが姿を現した。
「この度の協力、誠にありがとうございました。この地に代って、ウンディーネがお礼を申し上げます」
初めて見るのか、ほとんど全員が驚きの声を上げる。
「あたし、せ、精霊種なんて初めて見た」
「ウンディーネに会えるなんて初めてです」
「貴重……」
マリーとアイリスは更に感嘆の声を上げる。ルイスとクレアは多少、落ち着いているが、目には興味津々といった感じでウンディーネの姿が映っている。
その視線に気付いて、ウンディーネはにっこりと微笑んだ。
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