這い寄るものⅥ

 学園長室に向かった四人だったが、ノックをしてもルーカスから返答はない。何度か叩いていると、リリアンが通りがかった。


「学園長なら、先ほどお出かけになりました。何でも急な用事ができたとかで。魔術師ギルドに行った後に、他にもいくところがあるから、帰るのは遅くなるといっていました」

「(ミスった! 十中八九、俺の話を聞いて魔術師ギルドを始めとした色々な組織に行っているのかもしれない)」


 最初に学園長に助けを求めたのが裏目に出た。焦燥感に思わず下唇を噛みたくなる。

 

「わかったぜ。ユーキ、今は時間との勝負だ。冒険者ギルドに行こう」


 ユーキの肩をマリーが掴む。その傍らでサクラも頷いた。

 ユーキは気持ちを切り替え、すぐに走り出す。後ろでリリアンが怒っているようだが、そのまま階段を駆け下りた。

 何度か曲がり角で他の生徒とぶつかりそうになったが、謝ながら脇を通り抜ける。ガーゴイルに伝言を頼み、すぐに近くの魔術師ギルドへと駆けこむ。

 幸か不幸か、すぐに受付で話はできたが、ルーカスは既に別のところへと行ってしまった後だった。返事を聞くなり、ユーキたちは冒険者ギルドへと走り出した。

 午後三時ごろだったためか、メインストリートはカフェなどに人がたくさん入っていたが、その分メインストリート自体は空いていた。ユーキは他の三人がついてこれる程度にスピードを押さえて走っていたが、どうも魔法を使っているらしく簡単に追いついてきた。


「ユーキさん。私たちのことは気にしないで! 魔法で体力とかを強化する方法があるの。だから大丈夫」


 サクラの言葉に頷いて、ユーキはスピードを上げた。メインストリートは一直線なのでスピードを最大まで上げることができる。

 スライディング気味に冒険者ギルド前でスピードを落とした後、そのまま受付に突進する。その光景に猫耳受付嬢は耳と尻尾を逆立てた。


「ど、どうされましたか?」

「コルンさんはいますか? 今すぐに話したいことがある」


 大勢いるところで、グールの話をしようものなら混乱を起こしかねない。ユーキは少ないながらも、一番接している時間が長いコルンを呼ぶことにした。


「申し訳ありません。コルンは有休を取っていて出勤しておりません」

「わかった。では、ここの職員だけにわかるように伝えてほしい」


 ユーキは仕方なく、小声で簡潔に内容を伝える。

 一つ、ゴルドー自身あるいはゴルドーの持っていたものが水を汚染している可能性があること。

 二つ、それが原因となり外壁を出た森で異変が起こっていること。

 三つ、可能ならば上位ランクの冒険者を派遣してほしいということ。


 ギルドの職員は、ゴルドーの話が出た時点で悲鳴を上げかけたが、何とか喉まで出かかったところで抑え込んだ。善処はするが、すぐには動けないことをユーキに伝えると奥にいる職員の方へと向かっていった。

 それを見送って、ユーキはサクラたちへと現状を伝える。


「あたしたちだけで動くのは危ないし、かといって、このままだともっとマズイことになりそうだし、どうすりゃいいんだ」

「何こんなところで、騒いでんのさ」


 マリーの頭に軽く拳が当てられる。振り返るとそこにはクレアが立っていた。


「よ、ユーキ。オークの事件以来だな。元気そうで何よりだ」

、何すんだよ! こっちは忙しいってのに」


 ユーキは目を丸くしてクレアとマリーを見比べた。よく見れば二人とも同じ髪の色をしていた。顔立ちこそ違うが確かに似ていると言われれば、似ているだろう。


「うちの馬鹿妹が世話になってるみたいだな。これからも、よろしく頼むぜ。あぁ、サクラとアイリスはかなり久しぶりだな。最後にあったのは一ヶ月くらい前かな」

「あ、はい。お久しぶりです。クレアさんもお元気そうで何よりです」

「久しぶり。いつも通りで安心」


 サクラとアイリスも頭を下げながら挨拶をする。クレアは笑いながら対応していたが、その表情はすぐに一変する。


「で、何を慌ててるんだい? 多少の無茶なら、お姉さんが聞いてあげるわよ!」

「うわ、やめろよ姉ちゃん。正直、その話し方は気持ち悪いぞ」


 ウィンクしながら口調を変えるクレアに、マリーはジト目で言い放つ。そんなクレアの背中には以前は見なかった大きな槍が背負われていた。ユーキの視線に気づいたのか、クレアは照れくさそうに言う。


「いや。前回はオークなんて中型以上の魔物は想像してなかったから、短剣で行ったんだ。こういう武器もしっかり使えてこその冒険者さ」


 笑顔で話すクレアだが、逆に勇輝は彼女が口を開く度に表情が強張って行く。


「ユーキさん。オークの事件以来って、まさか……」

「何だ。知らなかったのか。出没したオーク二体を血祭に上げたっていう冒険者っていうのはね――――」


 今度はサクラがジト目で睨んでくる。ユーキは、その視線から逃れるようにマリーへと目配せする。マリーと目が合うと彼女はその意図を察したようで頷いた。どうやらユーキと同じことを考えていたらしい。


「姉ちゃん。ちょっと、頼みがあるんだ。ここじゃ、できないような話」

「んー。まぁ、あんたが私を頼ってくれるなんて珍しいし構わないわよ。新作ケーキを三――――」

「二つで!」

「……オーケー、商談成立。そこまで焦ってるところを見ると、マジでヤバい案件っぽいじゃん? とりあえず場所を移そうか」


 姉妹なりの決め事なのか、世の中の女性の通貨単位なのか。ケーキで交渉が済んでしまった。

 アイリスとサクラが驚いていない以上、過去にも似たようなやり取りを見たことがあるのかもしれない。尤も、サクラはユーキを睨むのに集中していたみたいなので、気付いていない可能性の方が高いが。

 場所を移すということで、冒険者ランクのちょっとした特権で二階のパーティーが使う休憩室に入り、話をすることになった。その部屋で、簡単に話をするとクレアはため息をついた。


「なるほどね。そこまでになると、少しばかり危ない匂いがするね」

「あぁ、だからルーカス学園長やギルドに動いてもらおうと思ってたんだけど、そうもいかなくなったんだ」


 マリーの姉ということもあって、クレアにはウンディーネのことも含めて話をした。もちろん――――


「それに、グールを倒すなんて度胸があるやつとは思わなかった。マリーたちを守ってくれてありがと」


 冒険者としてではなく、姉としてのクレアが微笑んでお礼を言った。話の流れ的に、ゴルドー男爵のことも話さざるを得なくなったからだ。一応、他の人に広めないように頼み込んだ。


「よし。それじゃあ森の調査に行こう、っていいたいところだけど、もう一人、援軍を呼んでいい?」

「誰を呼ぶの?」

「今聞いた話じゃ、呪いとかの類の可能性もある。だから、知り合いの神官を一人連れていきたい」


 アイリスの質問に、クレアは即答する。ユーキの記憶にもルーカスが呪物の類などと話していたような記憶があった。物によっては神官の浄化が必要かもしれないとも言っていた気がする。

 少しでも解決する確率を上げるため、ユーキたちはクレアの提案通り、神官を連れていくことに決めたのだった。

 精霊石から、何の声も上がらないのが少し不吉だったが、急いで神官のいる場所にユーキたちは向かう。冒険者ギルドからメインストリートを北門側へ行き、途中で西側へ抜けると小さな教会があった。その教会へクレアが入り、数分すると青と白の服に身を包んだ、眼鏡の金髪の青年が出てきた。ユーキがどこかで見たことがあるな、と悩んでいると相手から声が飛んできた。


「君は先日の南門の騒ぎにいた冒険者じゃないですか?」

「あぁ、あのときに駆けつけてくれた僧侶さんですか! 確か、ルイスさんでしたっけ?」


 先ほどから、神官という言葉で惑わされていたが、最初に彼と会った時には僧侶だと紹介された。教会もたくさんあるので、それぞれに合わせて使い分ける人は少なく、すべて一緒に神官や僧侶と呼ぶ人もいるのだ。


「はい。ここの神官を務めているルイスと申します。改めてよろしくお願いします」


 手を差し出してきたのでユーキは、その手を握り返した。神官という割には、手や腕、肩幅もがっちりしていて、想像以上に力があることがわかる。


「こいつは、冒険者ギルドにも登録してて、あたしも何度か世話になったことがある。結構、戦闘もできるから頼りになるよ」

「武闘派神官」


 クレアの言葉にアイリスが頷く。それを証明するかのように、ルイスが持っているのはメイスだ。祭礼用の権杖ではなく、戦棍である。

 金属鎧などを纏う相手に、その防御の上から文字通り叩き潰し、へこませ、その形状によっては貫通すらし得る武器だ。ルイスのものは全部金属製の上に若干尖っているため、薄い金属鎧程度なら穴を開けることくらい容易いだろう。


「『力なきものに誰かを守ることなどできはしない』というのが我々の教義の一つなので、普段から鍛えているのです。魔物に教えを説いても通じません。時と場合によって、使うべきものを見定める。その知恵こそが人間が――――」

「あーはいはい。その話は、また後で聞いてやるから、とりあえず行こうぜ」


 長くなりそうだったルイスの話をクレアが呆れながら、背中を押して北門へ向かう。押されながらも話し続ける辺り、なかなかの強者だとユーキは感じた。クレアの後に従って、ユーキたちも後に続く。


「なんか、独特な人だよね」

「多分、根はすごいいい人なんだろうけどなぁ」


 ユーキはサクラの言葉に半分同意しながら苦笑いする。アイリスも口にこそ出しはしないが、首を縦に振っていた。

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