這い寄るものⅤ

 サクラの部屋に集まったユーキたちは、額に汗を浮かべ肩で息をする部屋の主に迎えられた。


「ど、どうぞ、あがって……」

「「「お、お邪魔します」」」


 おそらく三人とも、同じような表情をしていただろう。触らぬ神に祟りなし。何をしていたのかなど聞かず、そのまま用意された椅子に座った。

 全員が席に着くと、ユーキは精霊石をテーブルの真ん中に置いて、今までの経緯を話した。ところどころ、真実を話さず進めた部分もあるが、問題はないだろう。

 ユーキは、そう思っていたが、意外なところから綻びが出た。


「ところで、ウンディーネは姿を見せないの?」

「……え?」


 アイリスは話を聞いているときから、ずっと石を見つめていた。まるで、その中の者を見透かすように、だ。どうやって誤魔化そうかと考えていたが、その思考はウンディーネによって遮られる。


「……このような姿で申し訳ありません。マナの消費を抑えるため、この姿のままでいるのです」

「あたしの頭の中に声が響いてるぞ?」


 突然のことにマリーが驚いて立ち上がる。アイリスは精霊石からユーキへと目線を移した。精霊石と同じような透き通った青い瞳がユーキを映す。


「精霊石にしては内包する魔力が強いように感じた。前にも言ったはず、マナは混合している状態だと無色だけれど、励起したり単一の状態なら見ることができる」


 アイリスの言葉にユーキは納得した。そして、同時にルーカスにも精霊が石に宿っていることはバレていると気付いた。所詮は付け焼刃の知識と行動。しっかり学んでいるものからすれば、いともたやすく見抜けてしまうわけだ。


「じゃあ、ちょっと待ってくれ。今まですれ違った魔法使いにもばれてたのか?」


背中から嫌な汗が噴き出るのをユーキは感じたが、サクラが首を振って否定する。


「大丈夫。私もマナの存在は感じたけど、ポケットから出すまでは気づかなかった。多分、その服の対魔法用処理がマナを遮断しているのかも」


 ユーキがアイリスに視線を向けると、無表情で頷いた。少なくとも、他の人にはバレていないようだ。


「それで、泉を汚染するものについて心当たりはないのか? いつから起こってるのか、どんなもので汚染されているのか。そういった情報があるとあたしらも動きやすいんだけど」

「おそらく十日ほど前でしょう。一番最初に感じたのは外側の壁の堀の水たちからです。何というか、腐臭というんですか? そんな感覚だったと思います。ただ、自然界でも存在する匂いだと思います。違和感は感じませんでしたから」


 ユーキは、その言葉に引っ掛かりを覚えた。つい最近、そんなものを考えたことがなかっただろうか。サクラやマリー、アイリスも必死で考えている。ウンディーネも数十秒間、声を発しなかったが追加で情報が出てきた。


「その後、この街の一部から同じような感覚が拡がっていたのですが、少なくとも今は感じることができません。堀の水の異常を感知してから数日で消えていったようです」

「街の中ってことは一度、上流に向かっていったってことか。そうなると、自然になるにはおかしいな」

「一番最後に感じたのは、どこ」


 思い出そうとするように一瞬の空白があったあと、ウンディーネは答えた。


「――――ここ」

「ここ? 魔法学園か!?」


 ユーキが思わず、声を上げる。さっきまでは、霧の中にいるように答えが見えてこなかったが、今では雲一つないくらいに理解できる。


「ユーキさん。もしかして、あのときの……」

「あぁ、間違いない。原因はゴルドー男爵――――いや、グールだ」


 ユーキの言葉にマリーもアイリスも頷いた。時期的にも場所的にも一致するので間違いないだろう。

 その言葉を聞いて、慌てたのはウンディーネだった。


「何ですって? 生命を侮辱した汚らしいグールが、この街の水の中にいたというんですか!? あぁ、信じられない……」

「でも、おかしい。一体のグールの穢れ程度で、自然が浄化できないなんて」


 アイリスはウンディーネへと問いかける。激昂していたウンディーネも、すぐに落ち着きを取り戻した。しかし、怒り事態は収まらないようで言葉のアクセントが強くなっている。


「そうですっ。グールの一ダースや二ダース、私たち自然の力ならいくらでも浄化できます。なのに、何故穢れは消えていかないのでしょうか」

「あー、ごめん。あたし頭悪いから聞きたいんだけどさ」


 そういってマリーは手を挙げて、周りを見渡す。全員(おそらくウンディーネも含めて)がマリーに注目する。


「そもそも、なんでゴルドー男爵はグールになったんだ?」


 ユーキは一瞬、思考が完全に停止した。偶然にも彼女の言葉は的を射ていた。どんな形であっても自然にグールは生まれない。街の中での噂をユーキは思い出した。


「(不老不死になる秘薬……もし、その液体が残っていて漏れ出たとするならば……)」


 その考えに至って、ユーキは絶句した。下手をすると、ゴルドー男爵のようにグールとなった者たちが出てくるかもしれないのだ。そうなれば今度はもっと酷いことになるだろう。前回は数人だからこそ何とかなったのだ。それが大勢となれば一気に均衡はグールに傾く。


「なんとかして、それを浄化しないとマズイことになる。急いで、学園長に知らせないと――――」

「――――待ってください。今、ものすごい勢いで汚染された水が移動しているみたいです」

「どこだ。どこで移動しているんだ?」


 ユーキを遮ったウンディーネの言葉にマリーが食いついた。勢い余って、立ち上がったと同時に椅子が後ろに倒れる。


「――――場所は森の中……そこの少年が知る泉の近く、です。でもすごい速さ……今までわからなかったのに……。おまけに一つに集まっているのか。今まで以上にわかるくらい濃い穢れになっています。こうしている今もどんどん集まっています」

「今まで感じ取れなかったものが、こうも簡単に感じ取れるほどだ。大変なことが起こっているに違いない」

「こうしようぜ。まずは学園長に連絡。その次に冒険者ギルドだ。この前、活躍したユーキの話なら、きっと動いてくれるはずだ」


 

 マリーの案に頷いて、席を立つ。ユーキはポケットに精霊石をしまい扉に向かう。その時に、精霊石から漏れた声をユーキは聞き逃さなかった。


「――――ありえない。どんどん膨らんでいく」


 その声音は、怖い夢を見ている幼子の如く震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る