這い寄るものⅡ

 講義を終えて、あくびをしながら荷物を片付けていると、サクラが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「どうしたの? なんか顔色が悪いみたいだけど」

「いや、ちょっと変な夢を見てね。早く起きたのはいいけれど、そのせいで眠くなっちゃって」

「寝不足は、健康の大敵」

「体をしっかり動かして疲れさせれば今日は寝れるだろ。つーか、寝る時間があっただけ男子なら十分だろ」


 サクラたちと会話しながら教室を出る。いつも通り、昼飯を食べるつもりだが午後の薬草採取は休もうか、とユーキは考えていた。そんなユーキにサクラが声をかける。


「そうだ。知ってる? 外でオークが出たって話」

「あぁ、何でも2体のオークが森の中から出てきたって話だろ」


 マリーが思い出したようにサクラへいう。ユーキとしては、その話は聞いたどころか実体験だ。あまり大きな声で言いふらすことでもないが、背中に嫌な汗が伝う。


「冒険者ギルドの人が一人で倒したって聞いた」


 アイリスも知っていたらしく、会話に参加してくる。


「あぁ、そういう話は聞いたことがあったような気がするな。薬草採取依頼ばかり受けてる俺には無縁の話かもしれないけど……」


 自分が関係者であることはバレていないようなので、ほっと一息つく。

 そもそも、本来ならば隠す必要はないのだが、できるだけ目立ちたくないという方が優先されるので仕方がないことではある。もっとも、女子三人を侍らせている男子ということもあり、十分目立ってはいるのだが……。


「むむむ……、あのぽっと出の新参者め……」

「誰か一人ならいざ知らず、三人も侍らせるとは何事か……!」

「あぁ、俺も彼女欲しい」


 いくらか間違った想像も入っているが、概ね男子生徒からは、このような視線で見られている。

 尤も、こういった学園に通う子女は貴族が多いので、その気になればいくらでもかわいい女子やイケメン男子を見つけることは可能なのだ。

 しかし、それとこれとは話が別。やはり、かわいい女子といちゃついている男子には何かちょっかいを出さないと居られない、という嫉妬心が生まれるのは仕方のないことだろう。


「……くだらねぇこと言ってねぇで、さっさと課題終わらそ」

「……そうだな。腹も減ったしな」

「彼女欲しいわー」


 ただ、嫉妬心に突き動かされ続けて暴走しない辺りは、精神力を鍛えられた魔法使いか。すぐに現実的な活動へと自分を動かし始める。ちなみに、三人目の男は他の二人に抱えられたまま食堂へと連れていかれた。

 それを微妙に聞いていたユーキとしては苦笑いしながら、サクラたちの話に集中しなおす。

 やれ、筋肉ダルマが素手で殴り合っただの、エルフが魔法で爆発四散させただの言いたい放題だった。ユーキとサクラはそれを聞きながら頬を引きつらせるばかりだ。


「いやー。絶対そうだって。顔が陥没してたんだぜ。殴りあったなら真っ先に狙うのは顔だろ!」

「そんな人間がいるなら、とっくの昔にみんな知ってる筈。それよりも一人で戦うことができるならエルフの魔法使いというのが納得できる」


 どちらも一歩も譲らず、互いの意見を主張する。真実を知る身としては、自分を筋肉ダルマやエルフにされて複雑な気分だ。二人をサクラとなだめながら食堂で昼食を食べる。


「うーん。正直、どっちもありえなそうだけどねー」

「俺も、そんなでっかいムキムキの人やエルフは見たことがないなぁ」


 そう言って、一度停戦協定として昼食中は話を変えることになった。結局行きつく先としては最近のスイーツ事情やかわいい服の話だ。そんな話をしているとアイリスがこちらを見つめていた。


「ん? なんだ、俺の顔になんかついてるか?」

「ユーキ、服変えた?」


 その言葉に他の二人も声を上げた。


「本当だ。前まではこんな上着着てなかったのに」

「あぁ、あたしは気づいてたぜ。まだ暑いのにコート着てるなんて、どうしちまったのかと」


 ユーキが着ているのは先日、刀や鎧を新調したときに購入したコートの形をした何かだった。どうやら魔法的な加工がされているらしく、暑かろうが寒かろうがあらゆる環境下に対応しているようだ。最初に来た時にも思ったことだが、サンプルにしてはかなりの出来で驚いたものだ。金に多少の余裕ができたからこそのものでもあるが。


「うわぁ、すごい肌触りがいい」

「あれだよな。コートという割にはすごい肌にぴっちりした感じだな。戦士の着るインナーほどじゃないけど、かなりしぼってある」

「もしかすると魔法的加工もされてる?」


 身を乗り出してさわさわと服を触られるが、マリーも言った通り二の腕当たりは肌に張り付きそうなくらいだ。正直なところむずがゆくてたまらない。


「まぁ、今は昼食だし触るのは後にしようか。お金が一気に入ったから装備とかも新調したんだ。その中の一つに試作品があったみたいで、こうやって試してるってわけ」

「ということは錬金術師の作品か。もしかすると思った以上の掘り出しものかもしれないな」

「なんでさ?」


 昼食を頬張って、指先を舐めながら指を上に向ける。


「錬金術師の試作品は、しっかりモニターをして意見を出すと次の同類作品も渡されることが多いんだ。先行投資にしては大きすぎるメリットがあるから、あんまり知っている人はいないけどな。まぁ、あたしの親父が言ってたことだから間違いないとは思う」


 アイリスは知っていたようだが、ユーキとサクラは驚きの声を漏らす。ユーキが考えるよりもはるかにお得な買い物だったようだ。錬金術師の試作品と確定したわけではないが、その可能性は高いだろう。先日のオークとの戦いで外に出る気が無くなっていたが、もう少し力をつけて戦いたいという欲望も出始めた。


「そうか。じゃあ、ちょっとモニターとしてしっかりやらないとな」

「もしかすると、オーダーメイド品を作ってくれるかもしれないぜ」


 マリーが笑みを浮かべるので、ユーキも笑みで返す。傍から見ると悪い商談をしている場に見えかねない。若干、サクラとアイリスも引いている。アイリスはあからさまなジト目をするくらいだ。


「まぁ、冗談はこれくらいにしておこう。そういうわけで、今後は討伐依頼も少しずつ受けていくつもりだよ。もちろん、身の丈に合った範囲でね」

「そう。あんまり無理しちゃだめだよ? 前みたいになったら、許さないから!」


 サクラの言葉にユーキは頷いた。生活するだけなら、今まで通りでいいのだ。冒険をしすぎないように気を付けるだけのこと。ただ、ユーキの中にはもっと強くならなければいけないという気持ちもあった。それがいったい何から来る衝動なのか気付かないまま、そう感じ取っていた。


「無理はしないようにするよ。命あっての物種、というしね」

「おー、諺。和の国の言い回しは面白い」


 アイリスはなぜか諺に反応しているようだが、ユーキは構わず話を続けた。平日は今まで通り、土曜日は討伐依頼で日曜日は完全休日。そんな形で過ごすつもりだと三人に言って、都合が合えば平日の授業終わりや日曜日に遊ぶことにしようと決めた。


「じゃあ、今度の休みには新しくオープンしたカフェに行こうよ。他のクラスの子がとってもおいしかったって言ってたの」

「うん。いいね。俺も最近、そういう店に行ってないからちょうどいいかも」

「あたしも賛成。新しいものには、とりあえず突撃ってね」

「……アイリスミサイルをぶち込んだ時も、そんなノリだったな」


 マリーとアイリスの衝撃の出会いを思い出して、ユーキは思わずため息が出てしまう。このなんでも楽しければいい雰囲気は嫌いではないが、未だに隙さえあればアイリスを投げてくるのは本当にやめてほしい。最近は鎧もつけるときもあるので、アイリスのダメージが酷いときもあるのだ。初めて、鎧に頭をぶつけたときのアイリスの涙目顔には、完全にノックアウトされるところまで行きかけた。

 席を立ちながらユーキは苦笑する。


「もう二度と、あんな顔は見たくないからな」


 涙目のアイリスをあやしたときを思い出しながら、同じように頭を撫でる。アイリスはくすぐったそうにしながら、ユーキにサムズアップした。


「大丈夫、タイミングはつかんだ。次からは対物理障壁を使った後で突撃する」

「あぁ、それをやめるという選択肢はないんだな」


 がっくりと肩を落としたユーキを見て、サクラとマリーの笑い声が響いた。どうやら、これからも学園に入るときには警戒していかなければいけないようだ。ユーキの苦笑の中には少なからず、楽しさといった感情が零れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る