這い寄るものⅠ

 オーク討伐から数日間。ユーキは午前中はサクラたちと授業を受けて、午後には薬草採取に励む日々が続いた。

 そんなある日、ふとコルンから言われたことを思い出し、帰りがてらに魔術師ギルドに顔を出すことにした。

 魔術師ギルドに入ると右側は魔法使い用、左側は錬金術師用の受付になっている。内装は図書館と研究所と薬屋が一緒になっているという何とも奇妙な光景だ。研究所だけならばまだしも、図書館と薬屋は少しばかりミスマッチなのではないかという気持ちが湧き出て来る。

 そのような中を進みながら、中央にある総合受付のようなところへとユーキは進む。紺色のローブを羽織った女性が、こちらを見るとにっこりと微笑んだ。金髪ロングで碧眼というまさに美女といった感じだ。


「何かお困りですか?」

「冒険者ギルドのコルンさんから紹介されてきました。ユーキです。こちらでの登録をお願いしたいのですが……」

「ではカードをお預かりいたします」


 冒険者ギルドで渡されたカードを渡してしばらく待つと、カードが返された。


「確認しました。ユーキ・ウチモリ様ですね。いつもお世話になっております。質の良い薬草が定期的に入るのは、ユーキ様のおかげと伺っています」

「いえ、自分ができる仕事をしているだけです。礼を言われるようなことは何も」

「そうですか。今後とも、よろしくお願いいたします。ここでは魔法に関わるアイテムの売買や実験器具の貸し出しを行っております。研究機関という色が強いので、基本的にはアイテムの採取依頼や魔物の討伐とは別に魔物の特定部位の採取も行っております。先日のオークで言うならば血液がそれに当たりますね」


 一息に言い切ると、受付嬢はいくつかのアイテムや魔物と体の部位が書かれた羊皮紙を差し出した。


「現在不足しているアイテムの一覧となっております。冒険者ギルドの依頼では取り扱っていないものもあるのでご確認をお願いいたします。どのようなランクの方でも二階の図書は閲覧可能となっていますが、Cランク以上の方でないと閲覧できない禁書もありますのでご了承ください。なお、ユーキ様のランクは、ギルド長よりFではなくDランクにするように言付かっております。それでは今後ともよろしくお願いいたします」


 羊皮紙を受け取り、ユーキはその場を後にする。基本的に冒険者ギルド経由で薬草依頼は受けることにしていくつもりだが、魔術師ギルドからの依頼は気が向いたときにやるくらいにしておくつもりだ。

 そのまま出口には向かわず、二階の図書室に向かう。先日から、扱いをどうしようかと悩んでいたものについて調べるためだ。

 ユーキは胸のポケットに入れてある石を服の上から触る。外壁の薬草採取で気絶した時に手に入れた石だ。あの時に不思議な声を聞いた気がしたが、未だに正体はわかっていない。


「とりあえず、鉱石や魔石の類で調べる方向でいこう。青い透明感のある石という情報だけでもある程度は絞れるはずだ」


 そのままいくつかの本を抱えて、席に着く。意外と図書室は閑散としていた。カウンターの受付にいる司書以外、二、三人程度しか見えなかった。時間は十七時を回っていることを考えれば当然なのかもしれない。

 いくつかの本棚を見て回り、それらしい本を数冊引き抜いて席に座る。二時間もあればすぐに読めるだろう。そう考えて一冊目に取り掛かった。

 色や形の記述だけを拾って、違うものはどんどん読まずにとばしていく。基本的な金属から、物語の中でしか聞かないオリハルコンなどの架空物質まで様々な記述が見られたが、一向に見つかる気配はなかった。

 鉱物の本を隣に置いて、すぐに魔法関係の物質の本を読み始める。ほとんどが、生物の体や薬草が大半を占め、石の記述はほとんど見つからなかった。

 気が付けば一時間が経っていて、いつの間にか本の内容に没頭していたことに気付く。慌てて、次の本へと移るも十数分かけて、やっと二章の魔法生物由来の物質についてを読み終わった。半ば諦めかけて、次の章に移ったところで、目の動きが止まった。


「精霊石……か」


 目に入ってきたのは、精霊石や魔石といったマナの結晶体だった。その中の一部に水色の石が存在していた。精霊石も魔石も同じ結晶体である。その違いは精霊が意図的に作り出したか、自然発生かのどちらかである。


「(まさか、あのときの声は精霊の声なのか?)」


 その疑問に答えを出すことはできないのでユーキはそのまま読み進める。効果はその中に込められたマナの種類によるらしい。地ならば錬金系、水ならば回復系、火ならば攻撃系、風ならば操作系らしい。実際、どのように使われるかは書いていないので別に調べる必要がありそうだった。

 価値的には少々高くなるが、手が出ないレベルというわけでもなかった。はっきりいえば、お金に余裕があるときに持っていると便利、ということくらいだろうか。少なくとも、持っていて疑われるようなことはないものだと知り、ユーキは一安心した。

 一度本を閉じて、持ってきた本をすべて元の位置に片づける。そのままカウンターを通り過ぎて、魔術師ギルドを出る。空には一番星が煌き始めていた。


















 夢を見た。

 どこか遠い自分の知らない何もない世界で、漂っている感覚がある。目を開けたわけでもないのに、木漏れ日のように光が降り注いでいるのが感じられる。まるで、海の中を魚になって泳いでいるようだ。

 時折、黒い影が横切るのは魚群か何かか。目を少し開けてみるが、青い世界以外には何もない。本当に水の中に入っているみたいだが、息ができるようだ。そのまま、ユーキは何も考えず揺られていた。

 そんな世界にどれくらいいただろうか。数分かもしれないし、数時間かもしれない。もしかすると数日間いたのかもしれない。時間という感覚が薄れ、思考というものが溶けて消えていた。この感覚がいつまでも続けばいいのに、と思ってしまうほどに快適だった。

 その感覚が不意に途切れる。先ほどまで明るかったのが嘘のように、急にあたりが暗くなった。何事かと周りを見渡すが、まるでいきなり夜にでもなったかのような雰囲気だ。鮮やかな水色は紺色に変わり果て別世界の様相を呈している。周りの変化に動揺していたユーキは、ふと足先にまとわりつく気配に気づいた。しかし、足首に目をやるがそこには何もなかった。特に何かが絡みついていたり、掴んでいたりというわけではなさそうだ。

 気のせいだろうと警戒が薄れたユーキの眼に、足の更に先。この世界のより深いと認識しているところから暗闇が広がっているのが見えた。深い深い水の底、まるでその深淵から何かが覗き込んで――――


「――――ハッ!?」


 ユーキは思わず飛び起きた。息が荒くなり、呼吸をするのに肩が上下するほどになっている。息が落ち着くのも待てないと、そのまま辺りを見渡すとそこにはいつもの宿の部屋の景色が広がっていた。特に誰かが襲ってきたわけでもないが、原因は明白だった。


「何だったんだ。今の夢は……」


 非現実的な内容なのに、感覚や感触がやけに現実的だった。いわゆる明晰夢ではあるが、それにしても嫌な夢だった。全身の毛が逆立ち、心臓が早鐘を打っているのが未だに感じることができる。あの暗闇に何を見たのかはわからなかったが、どこかで見たような気がした。それと同時に、二度と見たくないという気持ちにもなった。

 起きるには早い時間だったが、二度寝するわけにもいかない。結局、そのまま体を動かして、今日一日の依頼の為に万全を期すのだった。

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