騎士への道のりⅥ
オークの始末後、冒険者ギルドでは緊急の依頼がいくつも出ていた。いわゆるオーク狩りである。この付近に中型の魔物は存在せず、今までコボルトやゴブリンがせいぜいであった。中型の魔物を探すならば、それこそ、数日は森や山を彷徨い歩いて、より深いところへと行かなければ見つからない。
今回は被害が少なくて済んだが、実際は騎士団を動員して行うほどの案件だった。クレアとユーキは参考人として、ギルドにて聴取を受け終わったところだった。
「あーあ、全く今日はついてない。ゴブリン狩りがオークとの追いかけっこになるなんてね」
クレアは首をこきこきならしながら、愚痴を言う。一時間とまではいかないが、それなりに長い時間は拘束されたのだ。体中が疲労を訴えている。
「それよりも、だ!」
ゴツンッ、とユーキの頭に衝撃が走る。視界に銀色の流れ星が見えた気がした。
「あのなぁ。時間稼ぎするっていうから任せたけど、倒してくるだなんて一言も聞いてないぞ! お前が思ってるよりも、危険な相手だ。いいか、本当だったら鎧ごとぺしゃんこにされて当たり前の相手だ。避けるのに専念するだけでよかったんだ。このアホウ!」
「あー。うん、悪かった。ちょっとばかり冒険しすぎたよ」
「当たり前だ。どこの世界に剣一つでオーク二体の首を狩る初心者がいるんだよ」
クレアの怒りは、無茶をしたユーキへの怒りであったが、同時にそれだけ心配していたことの裏返しでもあったのだ。少女を救って、いざ後ろを見ればついてくるはずの姿が何も見えないのだ。当然といえば当然だろう。衛兵や冒険者が早く到着したのも、クレアの必死の説得と人徳あってのことだった。
「まぁ、大した怪我もなく返ってきた挙句、ちゃっかりDランクの仲間入りしちゃってることに関しては、おめでとうくらいは言ってやらない訳にはいかないけど……」
頭に振り下ろされたチョップは、今度は優しく肩へと置かれる。ユーキには、今回の件でDランクへの昇格が言い渡された。オーク討伐のお金も入り、せっかく手入れを覚えた鎧も壊れ、剣の方は切っ先がボロボロになってしまい、そこまでを入れると出費が危ないかもしれない。鎧はクレアと出会った店、剣は少し欲張ってアラバスター商会に行くことにしている。
「ここからが、本当の冒険者としての活動だ。あたしと同じ
「あぁ、ご教授よろしく頼むよ。クレア」
「まかせとけ、今回は後れを取ったが、それなりに戦えるところをいつか見せてやる」
そう言って互いの拳をぶつけ合った。今後もうまくやっていけるかはわからないが、頼りになるのは間違いない。自分の宿泊先を告げて、一度別れることにした。また、機会があれば一緒になることもあるだろう。
アラバスター商会に入ったユーキは真っ先に、ある場所へと向かう。それは刀の展示してある場所だ。
一度、刀の存在を知った時から持ちたいと思っていたのだ。金貨もかなりもらったので、思わずといったところだ。あまり高いものは買えないので、安価な中から
「(薬草でもそうだったんだ。こっちでも使えるはずだ!)」
そして実際に試してみたところ、効果覿面で思わずガッツポーズをとりそうになる。魔眼を開いて武器を見ていくと、そこかしこから光が立ち上った。安価――――といっても金貨数枚分で分類された――――の中から一際強い薄い青と白の光を放つ刀を見つけた。
銘はなく、無銘とだけ札が置かれている。長さは二尺に届かないかなり短めの打刀、反りは二cmほどだ。薄い直刃の波紋が何とも言えない光を反射していて、吸い込まれそうになる。
金額は無銘のためか。或いは刀という武器に抵抗があるのか。金貨一枚と原価割れを起こしているようだ。
店員に声をかけて、試し切りができる場所に通させてもらう。少しばかり広い屋外へと通されると、何度か素振りをした後、袈裟懸けに振り下ろす。すると用意されていた細い木の丸太へすんなりと刃が立ち、綺麗に切断した。
日本の男としては、刀は憧れでもある。すぐに購入することにして、整備の方法と必要な道具一式を買い込んだ。
おそらく人が見たら百人が百人、気色悪いというだろう満面の笑みを浮かべて、ユーキは刀を佩いて次の店に向かった。
左手でずっと柄を撫でながら足を進める。クレアと会った、あの職人気質な筋肉もりもりの店主がいる店だ。入店すると同時に店主と目が合うが、そこには少しばかり落胆の色が伺えた。
「おう、坊主。まさか、昨日整備したての鎧を壊しちまったのか」
「すいません。オーク相手には少し難しかったみたいで」
その言葉で、店主の顔色は落胆から少しばかり驚愕と喜びの顔に変わった。
「何だおめぇ。オークとやりあったのか。てっきり俺はゴブリンとやりあったもんだと思ってたのに。いや、細かいことはいい。ちょっと鎧を見せろ」
そう言うなり、店主の親父さんは鎧を脱がせにかかった。鼻息が荒くなっているが、きっとそれはユーキではなく、別のことに興奮しているからだろう。
「うむ、オーク相手だとするとこのへこみ方は足か何かか。全力ではないが、それなりに強い衝撃だったみたいだな」
革は元の形から戻らなくなり、ところどころに罅が入って割れ、裂けている。店主は何度か自問自答を繰り返した後、チラリとユーキの持つ刀に目をやった。そのまま奥の方に入っていき、大きな音を響かせること数分。奥から鎧を何着か持って出てきた。
「レザーアーマーの中でも、何度もワックスを塗り込んで硬化処理したもんだ。魔術師ギルドの奴も噛んでいる特殊ワックスによるコーティングだから対物理・対魔法性能も段違いだ。俺の趣味で作ったやつだが、お前なら使えるかもしれん」
「なぜ俺なんですか?」
「オーク相手にこの程度の破損で済むのは、動きを瞬時に読んで反対方向に跳ぶことができるからだ。あいつらがちょっと足を振るだけでレザーアーマーなんてグシャグシャだ。そういう意味では、動きやすさの中で防御力を持つならこれが一番だ。おまけに和の国の侍とやらは、鎧を着こんでいるのにもかかわらず、すごい速さで動くと聞いたことがある。これなら近い動きができるだろう。お代は、金貨一枚と銀貨二十枚程度だが……どうする?」
ユーキはオークとの戦いで、確かに右側から脇腹へ襲ってきた足を向きを変えて、瞬時に腹全体で受けなおして吹き飛んだが、自ら跳んだという意識はなかった。もしそれが本当に自分の戦い方ならば、今ここでそれにあった装備を購入しておいた方がいい。そう考えたユーキは店主へ肯定の意を示した。
「おう。また何かあったらすぐにいえ、それより上等な鎧を作っといてやるからよ」
「ありがとうございます。えーと……」
「『親父』で構わん。自分の名前で呼ばれるより、ずっと気楽だ。俺は父親のようにお前らを後ろから防具や剣という形で見守っているとでも思ってくれ」
「ありがとう。親父さん」
「はっ! それに見合うくらいの実力をつけろよな。楽しみにしてるぜ」
親父に握手をして店を出る。その胸には漆を何度も塗りこんだような滑らかな漆黒の鎧が付けられていた。少しばかり出費が多かったがいい買い物ができたと満足していた。
メインストリートに戻り、そのまま宿へと戻ろうとすると、一件の店の前を通りがかった。ユーキはこの際にと、ある物を購入することにして中へと入っていく。
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