騎士への道のりⅤ
走り出したユーキは、目の前のオークが顔面にガンドを喰らって呻くのを確認した。先ほどの速射とは違い、魔力を込めたので顔の一部が吹き飛んでいる。しかし、それでもゴルドーを倒した時の威力には程遠い。
「(通常時の威力は上がっているけど、あの時のような威力は出せないか……)」
呻いているオークの左の足元に駆け寄り、裸足の指へと攻撃する。狙うのは最も細く、痛みがキツい小指だ。
「――――フッ!」
斬り付けるのではなく、ちょうど爪の生え際あたりに全体重をかけて突き込んだ。切っ先が埋まる程度で貫通には程遠かったが、効果は絶大だった。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛……!」
顔面を右手で抑えながら左手で小指を押さえる。タンスに小指をぶつけたように思わず、庇わずにはいられない、ほぼ反射的な行動だ。驚くべきことに、小指を庇うために屈んだ状態のオークでも頭の位置は、ユーキの身長より少し下くらいだ。三mに届くという巨体相手に冷静に考えれば、無謀もいいところだ。
だが、ユーキはこれを好機とみて、さらに追撃する。逆手で攻撃した剣を順手に持ち替えて、右手から振りかぶった剣が、ほぼ水平にオークへと突きだされる。その先には削れた頬を庇う手。そのわずか上方にあるオークの右目へと向かう。
「――――ハァッ!」
「オゴッ!?」
しかし、今回ばかりは運悪く目の上からこめかみにかけてを擦っていった。そもそもユーキは金属製の剣を握ったことなどない。人間という体の構造と剣の使い方を実体験して使い方を学び、鍛錬しなければ思った場所への攻撃はそうそう上手くはいかない。
ユーキの右手は、鍔の近くを握っていた。その為、肩より後ろで振りかぶった手首が、肩より前へ突き出されるときに捻じれてしまう。握った場所より下の部分が、手首に擦られさらにぶれてしまった。もし、狙い通りの場所へと突き出すにはせめて両手を使って、突くべきだった。
「オォッ!? ゴウッ!?」
右目近くに走った痛みに体を反らしたオークは、怪我をした左足に体重をかけてしまい、思わず転倒する。仮に怪我のない状態だったら、ユーキは逆に反撃を受けていたであろう。畑の野菜を一部を体で潰す形で倒れ込んだオークは痛みで起き上がれないでいる。
「これでトドメを――――!?」
一瞬の油断、倒れていて両手もふさがっている状態。だから、最後の一撃とばかりに近づいて首へ剣を突き立てようとした。しかし、まだ残っているところが存在したのだ。
それは右足。近づいてきたユーキに立ち上がろうともがいた足が、運悪くカウンター気味に腹部へと吸い込まれる。
「ガッ――――!?」
攻撃として放たれていないにも関わらず、ユーキの体は数m道沿いに吹っ飛んだ。一瞬浮き上がった体は地面と接触するなり、勢いを殺せず回転してやっと止まる。
砂利で擦れたり、小さい石が一瞬めりこんだ痛みが鈍痛を起こす。今の衝撃で、せっかく溜めていた魔力も霧散してしまった。
さらに悪いことは積み重なる。左手の森から振り切った筈のオークが出てきたのだ。一対一の戦いでも危険なのに、さらに相手が増えるのはマズイ。
おまけにユーキは、何の瞬時に回復できる方法も持たない。今も、ポーションを飲んでいるが、吸収には時間がかかる。おまけに、最低でも今以上の攻撃が襲い掛かってくると体験した恐怖で身が竦む。これでは、目の前に転がるオークと何も変わらない。
「ちくしょうが……!」
故にユーキが決断したのは、撤退だった。目の前のオークは追いかけてくることは難しいだろう。それならば、同じ場所にとどまらず一対一の状況を作り出すのが、今できる最善の手段。多対一を凡人が行うなど愚の骨頂だ。先の一体は後から来る衛兵や騎士団に任せればすぐになんとかなるだろう。
ガンドのための魔力を再度装填し始めながら、ユーキは立ち上がって道沿いに逃げ出した。興奮しているのか、豚のような顔が赤くなり、鼻からは醜い音が流れ出している。一声唸ると、畑だろうがお構いなしにユーキへと走り始めた。
約十秒間で装填は終わるはずだが、全力で走っているためかなかなか魔力が集まらない。ユーキは焦りながらも、距離を測りながら落ち着こうとしていた。
「(距離は残り五十m。止まれば五秒もかからず追いつかれるけど……。その前に装填できるはず……!)」
大体の目測と概算でガンドに集中することを決めたユーキは膝立ちになり、左手で右手首を握る。荒い息に揺れる体を無理やり抑え、魔力の収束と照準に集中する。
醜い顔がはっきりと見え、赤い眼と視線が交わる。その眼には、もはやユーキを殴り殺す楽しみしか見えていない。その顔の中心へとゆっくり集中していくと、次の瞬きで魔眼が自然に開く。
「(――――この色は……!?)」
その視界に移ったオークの色はゴブリンたちと同じような黒色だった。しかし、ところどころ色の濃さが変わっている。濃い部分はまるで屍人になったゴルドーの纏う色に近かった。右手の黒い光が振りかぶられて、自分の方へと突き進もうとする姿が見えた。
思わず魔眼を一度閉じると、実際にはあと数歩で手が届くところまでオークが近づいていた。光の塊に殴られる視界に気を取られていたユーキは我に返り、オークへと指を向ける。指先へと集っているだろう魔力を解き放つ。
「穿てっ!」
あまりにも近くだったせいか、魔弾がめりこむような音がユーキの耳に響いた気がした。オークの鼻が陥没し、気を失ったのか前傾姿勢で倒れてくる。横に転がり、ユーキは避けた後、すぐに剣を抜き放った。倒れて地鳴りが響いた次の瞬間、そのまま目の前にある首へと剣を突き立て、傷口を広げるために抉り抜いた。
ユーキが飛びのくと同時に、赤黒い血が噴き出し、辺り一面を染め上げる。緊張感がなければ吐き出してしまうほどの汚臭が拡がった。
「……ガンド以外の戦闘方法もしっかり学ばないと、これから先はやっていけそうにないな」
ガンドの威力や連射力、装填時間にもいくつか問題点が分かった。やはり、ガンドだけで戦うというのは無理があるようだ。少なくとも、一人で戦うには近接での戦闘法も学んでいく必要がありそうだった。
遠くから金属鎧が出す特有の音が聞こえてきた。とりあえずオークから距離を取り、もう限界だという感じでユーキは座り込むことにした。
少しばかりの小さい丘の向こうから人々が姿を現す。冒険者も混じっていたのか、様々な装備の人間がオークを取り囲んだ。
「……死んでいるとは思うが、念のためだ。槍持ちは何度か刺してくれ!」
「まじかよ。こいつの臭いとるの大変なんだぜ。勘弁してくれよ」
そんな声が飛び交いながら、オークを刺していく光景が見える。その向こう側から紅い髪の少女が駆けてきた。
「ユーキ無事だったのか!」
クレアはユーキの両肩を掴むと、頭の先から足の先まで、見渡して怪我の有無を確認した。
「あぁ、幸運にも軽傷だよ。ポーションで回復できる程度にはね」
蹴られて傷んだ鎧部分を見せながら、クレアに苦笑いで返した。よく見ると胸から腹にかけて、鎧が歪んでいた。少しばかりクレアの顔が青ざめる。ユーキはそんなことに気付かず、クレアへ告げた。
「それよりも、もう一体のオークが向こうの畑で倒れている。まだ生きているはずだからそっちを何とかした方がいい」
「わかった。すぐに戻るからユーキはじっとしてろ。動いたらぶん殴ってでも大人しくさせるからな」
何やらクレアはユーキにお怒りのようだ。とりあえず、なぜ怒っているのかわからないユーキは頷いておいた。クレアは衛兵の一団の中へと走っていき、装備が少しよさそうな男に話しかけている。男は、何度か口を開いた後、周りにいた十名程度を率いて、オークがいるであろう方向へと駆けていった。
「とりあえず、助かったと思っていいのかな? しかし、これでまた騎士の叙勲に近づいてしまったな」
オーク二体の単独討伐に等しいことをしたのだ。おそらく言い訳は通らないだろう。少なくとも、冒険者ギルドのランクは間違いなくDクラスには上がることが確定だ。
いろいろと面倒くさいことではあるが、一つだけ確実なメリットが存在した。
「(シャワーが使えるな……)」
ちょっとだけオークを倒せてよかった。少なくとも農民を守り、自分にも少しは利益があったので、非常に助かる。もっとも、今すぐにオークと戦えと言ったら全力でパスをすることにはなるだろうが。
「(オークでこんななのに、オーガなんかとんでもない。正直、あの簡単な依頼だって言ってたのは半分嘘だな)」
いつだか、コルンに紹介された依頼の中にさらった紛れ込んでいたオーガ討伐のことを思い出して、自分が
あえて、ここでコルンのフォローをしておくとすれば。オーガ討伐は討伐成功がすなわちCランク入りとなる依頼だった。つまり、いつでもCランク入りできるように用意された依頼、というコルンの気を利かせたつもりの依頼なのだ。ただし、ユーキが知るのは当分先のことだった。
依頼だったり、今後のことを考えていたユーキのもとにクレアが頬を膨らませて帰って来る。どうやら、まずはクレアの怒りを収めることから始めないといけないらしい。ユーキは苦笑しながら、クレアへの言い訳や謝罪を考えるのだった。
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