騎士への道のりⅢ

 ギルドに戻ってきたユーキは、さっそくゴブリンの耳を渡して依頼完了の受付を済ませる。報酬の硬貨は、そのまま預かってもらい店を出ると、そのまま防具などを売る区域へと足を運んだ。

 目的は、装備の補修だ。そもそも、装備の点検の仕方もわかっていないので、ついでに教えてもらおうと考えながらメインストリートを曲がって、中程度の幅の道を進んでいく。冒険者ギルドの受付で教えてもらった商店を探しながら、周りの風景を見渡した。

 赤茶けた木造建築物やレンガの店など、少しばかり古風というか年季を感じさせる建物がところどころ見られる。だんだん、同じ見た目の建物が増えてくると、煙突から煙が排出されている店が目立ってきた。同時に金属を叩く音がそこかしこから聞こえ始める。

 その中の一つに鍛冶屋と商店が一緒になった店がある。店に入ると、右側の壁には所狭しと剣や槍が並べられ、左側には盾などが置かれていた。中央には様々な鎧が木の棒に着せられている。

 店内は窓から入る一部の光と蝋燭の火だけが辺りを照らしていた。アラバスター商会の武器の置き方がまさに美術品といった置き方なら、ここはまさに戦場を前に今にも雄たけびを上げる戦士たちが揃った場に思えた。


「ん? なんだユーキじゃないか」


 そんな戦場を思わせる場所には似合わない高い声がカウンターから聞こえた。そちらに目を移すと特徴的な紅いポニーテールが見えた。その髪にユーキは見覚えがあった。ユーキはそのまま進んで、少女に声をかける。


「やぁ、クレア。外の採取以来か。元気だった?」

「あぁ、体の方は無事だけど、武器や防具はガタがきちまってね。今日は新しい相棒を見繕いにきたのさ」


 そういって、以前よりも十センチほど長い短剣を見せる。店内の蝋燭に反射して、青白い光を放っていた。クレアは手馴れた様子で自分の手足だとでもいうように、片手でクルクルと回した後、それを鞘へと納めた。思わず、感嘆の声を上げるユーキにクレアは微笑む。


「まぁ、こんなもんさ。何度も使っていればね。そんなことよりさ、あたしが遠方に依頼で行ってた間に、ここで物騒な事件が起こったんだってな。お前も無事でよかったよ」


 そういって、肩を叩く。


 ――――その物騒な事件での一番の被害者は自分なんです。


 口が裂けてもそんなことは言えなかった。だから、苦笑いだけユーキは返した。


「で、ユーキは何しに来たんだ? お前も武器を買い替えにでもきたのか?」

「今回は、防具とかの整備の仕方を聞きながら直してもらおうと思ってね。少し前までは剣も鎧も触ったことすらなかったから」

「へぇ、その年まで触ったことがないのは珍しいな。大抵、その年頃の男子は、こういうのにあこがれるだろ?」


 そんな話をしていると、カウンターの奥から筋肉隆々のおじさんが現れた。はっきり言って、どこのボディビルダーだと言わんばかりの体である。よほど暑いのか体中が赤くなっていて、額から出た汗をぬぐっていた。

 どうやら、この店の主のようだ。その男は、嬉しそうにユーキに話しかける。


「なるほど、補修の仕方を習いに来るとは若ぇ奴にしちゃぁいい心がけだ。だが、ちょっと待っててくれや。先客を終わらせてからだ。クレア、新しいグローブだ。また、なんかあったらきな」


 そういってカウンターへ、指貫グローブを置いた。クレアが受け取って、さっそく手にはめる。黒と茶の斑模様にいくつかの金属製の板がくっついたグローブがすっぽりとクレアの手を包む。何度か、指を動かしたり、握りこんだりした後、短剣を持つ。そのまま誰もいないところへ素振りを二、三回した後、静かに呟いた。


「うん。流石、熟練職人マスタースミス。ちょうどぴったりだ」

「あたりめぇだ。何年、この仕事やってると思ってんだい。とはいえ、流石にグローブを改造なんて数えるほどしかやっちゃいねえ。不具合が出たら、すぐに言うんだぞ」


 お互い、何年も付き合った仕事仲間のような会話に、ユーキはクレアがかなりの依頼をこなしてきていることがわかった。それも、自分とは違う討伐系の依頼だ。そんなことを考えていたユーキへ、クレアから声がかかる。


「そうだ、ユーキ。あんたの腕も見てみたいから、今度、一緒にパーティ組んでみないか?」

「んー、当分は採取依頼メインなんだけどなぁ」


 ユーキはクレアの言葉に即答せず、少しばかり考えた。何故ならば、自分以外の人と組むにはメリットもあればデメリットもあったからだ。

 メリットは、安全に戦闘を行いやすいこと。そして、自分の近接戦闘技術が向上すること。デメリットは、自分のガンドを使えないことと報酬が少なくなることだ。

 数秒悩み、ユーキは結論を出した。


「わかった。足を引っ張るかもしれないけど、そこらへんは許してくれ」

「オーケー。じゃあ、さっそく明日辺りはどうだ? コボルトかゴブリンあたりなら楽勝だろ」

「ゴブリン初級をクリアしたばかりの初心者だから、ほどほどで頼むよ」


 いくら相方が強いといっても、所詮はパーティは二人。数の暴力の前では基本的に無力なのだ。それをユーキは頭のどこかでわかっていた。圧倒的な防御力か機動力、あるいは一瞬で薙ぎ払える火力がなければ多対一の戦闘で勝利するなど不可能なのだから。


「じゃあ、坊主。お前さんの今後の予定のためにも、しっかり装備を整えてやらないといかんな」


 店主が口の端をつり上げながら言ってきた。クレアとは、明日の朝に冒険者ギルドで待ち合わせをすることにして、装備の点検を行うことにする。

 鎧の金具の緩みを直し、もう直しようがないレベルのものは処分して、新しく買いなおした。尤も、最初からタダ同然の装備だったので痛くもかゆくもない。

 それよりも、今回は補修の仕方については勉強になった。正確に言うなら、補修というよりも、前段階の普段の整備の仕方程度だ。これから戦闘を行うにつれて、この作業が必要になっていくのだろう。

 今後の、整備のことにも思考を巡らせていると、店主から声がかかる。


「おい、少し剣が歪んでるぞ。これは粗悪品を掴まされたな」


 見れば、剣の腹を光にかざすと、規則的な反射光の中に歪みが一部見えた。どうやら攻撃を防いだ時に歪んでしまったらしい。


「アラバスター商会とまではいかないが、うちのも安価で耐久度の高い量産品がいくつか用意してある。まぁ、まずはこれくらいのやつがいいかもな。今後の活躍とご贔屓を願って、銀貨二十枚で売ってやるよ」


 店主の好意に甘えて、一振りの剣を購入した。粗悪品をあれやこれやで店主が手を加えた品らしい。

 少なくとも、値段以上の価値があるようで、歪んだ剣よりも重みがあり、力強さを感じる。

 これより質のいい量産品は更に値が張るのは当然だろうが、そちらを購入しても良いかと悩む。最終的に、手にしっくりくる気がする前者を選んだ。物の善し悪しといった鑑定眼は持っていないが、魔眼で剣から発せられる光は、歪んだ剣よりも遥かに上で、気分的にもユーキは安心感を覚える。


「(少なくとも、食事と装備には金をかけた方がいいかもしれないな)」


 いくら金の亡者状態だったとはいえ、ユーキも少し反省した。金のために命を危険にさらすなどバカのやることだ。これから先、戦闘がどれだけあるかもわからないのだ。そういったことにも気を使えるようになっておいた方がいいのは確実。

 その他、話をしていく中で、目利きの仕方も店主からいくつか教わった。


「それで、他の店で俺が買うようになったら、店としては困るのでは?」

「他の店に移るようなら、俺がそこまでの腕だった、ってことだ。坊主が気にすることじゃない」


 いろいろと心配になって聞いてみたが、店主は趣味で始めたので特に利益を追求しているわけでもない。だから売れようが売れまいが、それは問題ではないらしい。

 自分の武器がこの国の人の役に立って、命を守ることができたのならそれでいいというスタンスらしい。

 そんな店主の言葉に複雑な気分になりながら、ユーキは店主に礼を言って、店を出るのだった。


「せめて、この剣が人に向かないことを祈るばかりだな」


 結局のところ、武器というのは殺しの道具だ。どんなお題目を立てようが、決して覆すことのできない定義。故に、すべては担い手が決める。ユーキが呟いた言葉は季節外れの寒い風に溶けて、誰に届くこともなく消えていく。ユーキは振り返らずに宿へと歩を進めた。

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