騎士への道のりⅡ
食堂でご飯を食べていると赤髪の少女、マリーが唐突に話しかけてきた。彼女はこのファンメル王国の貴族の娘らしく、姉妹でこの学園に通っているという。短髪で男勝り、活動的だがそれが悪戯方面に向くのが玉に瑕だ。
「そういえばさ、さっきのレオ教授。最近、また変な論文を発表したらしいぜ。何でも、『マナの受動励起とその非魔法的運用について』だとか」
「難しい言葉ばかり使ってるけど、要は何て言ってるんだ?」
曲がりなりにも貴族なのか、難しそうな論文名を覚えているらしい。このような性格でもきっちりとやることはやっているようだ。
「つまり、さっきの授業で言っていたようにオドを浸食したマナは、魔法の発動指示に反応しないエネルギー体だ。でも、そいつはあたしたちが使う魔法とは、違う体系に組み込んで扱えるんじゃねえかっていう内容らしいぜ」
「なるほど、だったら精霊にでも代わりに使ってもらえばいいんじゃないか? マナっていうのは自然界の精霊が扱う魔力なんだろ?」
「精霊が私たちの望む魔法を使ってくれるとは限らない。そもそも精霊と契約できる魔法使いは珍しい」
水色の髪の飛び級天才少女アイリスが現実的な意見を投下する。
この世界には精霊種という、マナの塊が意思をもった生命体が存在する。
しかし、マナは豊富な自然体の中で生成されるため、精霊種が誕生したり、遭遇したりするのは、よほど運がないとできない。また、同時に精霊種に気に入られない場合は、姿すら現してくれないこともよくあるそうだ。
「うーん。魔力を見て探し出しても、姿を消されちゃうと見えないからなぁ」
勇輝と同じ黒髪で日本人のような少女。和の国からの留学生のサクラがフォークを咥えたまま、宙を見つめて呟く。その言葉に、ユーキは頭を殴られた気分になった。
「待ってくれ。みんな魔力が見えるのか?」
「あん? 当たり前だろ?」
「もちろん、基礎中の基礎。あ、このサラダおかわり」
ユーキの中で焦りが大きくなる。思わず、手が震えてくる。それを知ってか知らずか、アイリスは無邪気にサラダのお代わりを注文する。
「待ってくれ。じゃあ、みんなにはどんな風に魔力が見えるんだ?」
ユーキの気迫に押されたのか、一瞬顔を見合わせる三人だったが、マリーが最初に答える。
「マナには属性があるけど、基本的に混じり合っているから無色。オドと混合して、使いたい属性の魔法へと励起させた瞬間に色がつくんだ」
火は赤へ。水は青へ。風は緑へ。土は黄へ。励起した属性の色へと変化するという。
マリーの言葉に二人が頷く。ユーキの全身から血の気が引いた。
今まで勇輝は魔眼であらゆる物質が様々な光を発している世界を見ていた。それを物質の性質を表していたり、魔力を表している光だと思っていたのだ。
「(――――俺は今まで魔力を魔眼で見ていなかった? いや、何か違いがあるはずだ)」
一瞬、焦りで思考の海に埋没しかけたが、すぐに我に返る。
「オドは、どんな感じで見えてるんだ?」
それに対してはアイリスが答えた。
「オドは人間の生命力。どんな属性でもないから
ユーキの中で様々な推測が並び立ち、崩れては、再構築される。
「(魔力属性の色はいいとしよう。だが、オドは俺の眼ではっきりと色を認識できた。どこまでが魔眼で、どこまでが普通の視界なんだ?)」
あくまで自分の中で考えををまとめることができず、ひとまず頭の片隅に投げておくことにした。この問題は夜にでもじっくり考えればいいことだろう。
「そうか。あまり考えずにやってきたから、そういったことも勉強しないとな」
「あぁ、今日は補習だったから出る幕はあまりなかったが、ちゃんとした講義に入ったら、姉さんに任せときな」
「今日はこれで終わりだから、来週の頭からはよろしく頼むよ」
空笑いで答えるユーキに、男気溢れるマリーは堂々と自分の胸を叩いた。
その勢いで胸が揺れる。思わず、ユーキが目を逸らすとサクラがジト目で見つめてきた。
「なんか、変な目でマリーを見てなかった?」
「いや、それはたぶん気のせい」
「ほんとー?」
片手を振りながらサクラに答える。それを横目にサクラは頬を膨らませながら、スプーンでデザートを放り込んだ。こういった手合いの話は苦手だと言わんばかりに、心の中でユーキはため息をつく。
その傍から、アイリスの声が響いた。
「あ、これ、おかわり」
「「まだ食うんかい!」」
マリーとユーキのツッコミが食堂に響いた。
以前、薬草採取に入った壁外の森に、ゴブリンがいるので討伐をしてほしいという依頼ががあった。ユーキは休日の朝に、森へ分け入ってみたが、残念ながらその姿を見つけることはできなかった。
「もしかして、他の冒険者に狩られた後かな? まぁ、こんな農村部の近くに出るんだったら、すぐにでも排除するのは当然だよな」
そう独り言を呟いて、茂みを進む。少しばかり開けたところに出たところで、葉の擦れる音と共に上から奇声が聞こえた。瞬き一つで魔眼に切り替わり、剣より先に指へと力がこもる。
「ぎひいっ!」
「――――ガンドッ!」
木の上から跳びかかってきたゴブリンが、棍棒を振り下ろす。しかし、ユーキはその前にガンドで頭を撃ち据える。そして、そのまま――――
「ガンドッ!」
「ギャヒッ!?」
――――後ろから現れたもう一体に同じように腹へ撃ち込んだ。
そして、さらにその後ろから追撃するやつにも一発放つ。魔眼には青紫色のオドと無色のマナが混合する瞬間が一瞬映った後、光の尾を引く閃きが一条、軌跡となって網膜に焼き付く。
王都オアシスを襲った屍人事件から数日経って気付いたことだが、ユーキのガンドの制御力が変化していた。威力調整、命中力、そして連射力に速度。
あらゆる、ガンドの性能が向上していた。少なくとも、今の状態ならばアーケードゲーム機の拳銃を撃つように素早く撃てる自信がユーキにはあった。
ユーキは腰の剣を抜いて、ゴブリンを刺し殺し、抵抗のないうちに無力化する。どちらもガンドを喰らって昏倒していただけなので、念のために確実に首を刺すようにした。
「ガンドの試し撃ちには、ちょうど良かった。できるだけ、自分の力には慣れておかないとな」
ゴブリンの右耳を切り取って、革袋に詰める。その作業をしていると、耳にどこかで聞いたような声が響いた。
『――――けて』
「何だ。誰かいるのか?」
剣を構えて、周囲を見渡すが、何も見つからない。
『――――助けて』
鈴の音のように頭に声が響く。どこからか聞こえてくるのではなく、直接頭に届くような感覚だった。
思わず頭に空いた手を押さえた瞬間、左側から青い閃光が飛来した。
「何!?」
あまりの速さに反応できず、そのまま胸を撃ち抜かれ、ユーキは後ろに倒れる。息が詰まり、声が出ない。
「――――んあ?」
てっきり、胸を撃ち抜かれたと思っていたが、胸を触ってみても鎧には傷一つ入っていなかった。
後ろに倒れたときに背中をぶつけた痛みくらいで、胸に攻撃された感触は何も残っていない。息苦しく感じていたのも、自分の想い込みだったようだ。
「……幻覚か? この森に入るたびに、変なことになるな。もう、ここで依頼を受けるのは、やめておいた方がいいかもしれない」
そう言いながらも起き上がり、せめてゴブリンの残党を何とかしようと奥に進むため、足を進める。魔眼には、微かに黒い光が見え隠れしていた。前方木の上に六体、地上の左右に四体ずつの八体。確認を終えたユーキは一度、深呼吸をして息を整える。
未だ、生物を殺しなれない自分を何とか奮い立たせる。頭の片隅に撃鉄を上げる音が響いた。指先に魔力弾を形成、さらに右手内部に次弾のための魔力を装填する。
「(今の連射可能数は四発。次の連続発射までの装填時間は三秒。上の敵を撃ち落として、後退しながらゴブリン共を討伐する!)」
右腕を上げ、一呼吸のうちにガンドを放つ。周りの木の葉を縫って飛来したガンドがゴブリンの体を撃ち抜いた。最初の四発は時間をかけて装填したので、体の向こう側まで貫通する。数体は頭蓋骨によって弾が逸れた者もいたが、木から落ちた衝撃で脊椎などが折れた鈍い音が響いた。
「ぎひがぁ!」
地上にいたゴブリンがやられた味方に気付き、吶喊してくる。
ユーキはすぐに後退をしながら木々を背に回り込んで逃げた。万が一、矢を射られた場合の対処だ。この世界で初めて訪れた村での教訓は忘れない。
そして、装填が完了すると同時に近い者から撃ち抜いていく。何体かは躱し、手にあった棍棒などに当たって武器を吹き飛ばした。
首だけで振り返ると六体ほどが追ってきている姿が確認できる。半分以下に減ったので、後退する必要がないと判断して、その場で次弾装填しながら残りの六体を処理することに決めた。
装填完了後にゴブリンの先頭から順番に狙い撃つ。ゴブリンも指の先にいることが危険と判断したのか、木の幹を盾に立ち回ろうとしてきた。
しかし、そんな行動をとる前に、三体が頭や胸を撃ち抜かれて昏倒する。
魔力を装填する間に一体が近くに接近したため、ユーキは剣を握る手に力を籠めた。左手で逆手に持って、あくまで剣は防戦用の盾替わりと割り切って扱う。棍棒が剣に触れて、迫り合っている状態から右手を向ける。
「――――ガンド」
押し込もうと躍起になっていたゴブリンは、そのまま数メートル吹っ飛んで、木に叩きつけられた。舌を口から伸ばし、血の混じった涎を垂らして気絶したようである。
そのままユーキは剣を順手に持ち替えて、残り二体の一方を威嚇しながら、もう一方へガンドを放つ。眉間と喉元に二発直撃して、声を出さずに崩れ落ちる。
最後の一体も同様に二発放つ。完全沈黙したことを確認し、ユーキはゴブリンの首へと剣を突き刺していく。
「悪いな。許せとは言わない。これが
右耳を切り取って、革袋に詰める。血の匂いがひどいので、これからは薬草採取用と討伐確認用で袋を分けておかないといけない。そんなことを考えながら、あたりを見渡す。森の木々から放たれる緑色の光以外、何も見ることはできなかった。
「(結局、この魔眼は何を見ているんだ?)」
そんな疑問を胸に、魔眼を閉じてもと来た道へ引き返す。
まだ、これからやるべきことはたくさんあるのだ。お金を稼ぐのも魔法を勉強するのも、すべては元の世界へ戻るため。本来の森の緑の隙間から見える青い空を見上げて、ユーキはため息をついたのだった。
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