あなたの世界は何色ですか?Ⅱ

 ユーキが次に目を覚ますと、近くに机が増えていて、ルーカスが羊皮紙に何やら書き込んでいるようだった。書き終わったのか、羊皮紙を丸めて紐で結び、同様に作られた羊皮紙の山に置く。

 ふと顔を上げたルーカスと目が合った。


「おぉ、目を覚ましたかね。具合はどうじゃ?」

「気分はいいです。でも、右腕が動かないようですね」


 左手で体を起こして、答える。おそらく、右腕で支えようとすれば体重で関節が逆の方向に曲がってしまう、と感じるほどに力が入らなかった。


「魔力を一気に使いすぎたせいで、肉体にも影響が出ておる。ドクター・リリアンの治療で肉体的損傷は一応完治はしているようじゃが、感覚面でのズレが続くじゃろう。早ければ明日には腕も動くようになるだろうて」

「そうですか。一生このままは、さすがに大変なので安心しました」


 これでひとまずは安心といったところだ。ギルドでの依頼も早く復帰しなければ、生活できないのだから。


「さて、何があったのかは、儂も把握しておる。まずは、礼を言わせてくれ。この学園を、そして街を守ってくれてありがとう。君のおかげで多くの命が、危険から救われた」

「いえ、俺は目の前の命を救おうとしただけです。そこまでのことではありません」

「冒険者ギルドの精鋭と王都にいる騎士団が力を尽くして、ギリギリのところで間に合わなかったのじゃ。それを水際で食い止めるばかりか、解決したのは君の功績と言わず何という。謙遜は美徳かもしれぬが、過ぎればそれは醜悪にしか映らぬ。事実はしっかり受け止めるようにしておきなさい。これは、人生の先輩である儂からの忠告だよ」


 そう返されて、ユーキは口を閉じた。髭を撫でながら、ルーカスは続ける。


「今回の事件の解決にあたって、冒険者ギルドから金貨十枚とCランクの引き上げの報酬があるじゃろう。加えて、儂からも魔法学園内の施設を無償で利用できる権利――――つまりは、学費なしで好きな時に授業に潜り込める――――と魔術師ギルドとして金貨十枚の報酬を渡したい。これは受け取ってもらわぬと、我々の立場がなくなるので拒まんでくれ」


 ユーキが拒否しようとしたのを、先に制する。日本円にして二百万がいきなり転がり込んでくるのだ。

 流石のユーキも驚いた。さらにルーカスは続ける。


「国王であるファンメル三世からは、、金貨三十枚と騎士の称号を贈ろうという話がある」


 ここでユーキは話がとんでもなく大きくなっていたことに気が付く。寝起きの頭を回転させて、何とか言葉を出す。


「それも拒否は当然――――」

「――――できる人間がいるなら見てみたいものじゃ」


 国王直々の褒章なんてものを断りなどすれば、下手をすると不敬罪に問われかねない。ユーキの背中を冷や汗が伝っていく。


「その、できれば騎士とかはお断りできませんか? そういうものを貰うということは、その国への忠誠を誓うということだと思うんです。この国に来て、まだ期間の浅い自分が忠誠を、と言われても正直厳しいものがあります」


 ――――ノブレス・オブリージュ。権力や財力、地位を持つ者には、それに見合った社会への貢献が必要である、という考えがある。

 すなわち今回の場合、騎士という称号・地位を得ることによって、国家への半強制的な帰属を求められるのではないのか。それが、今回ユーキが一番恐れていることだ。ユーキは、あくまでこの世界にとっての異物でしかない。 

 相手がどんな反応をするか、ユーキが伺うと、ルーカスは微笑んでいた。


「なるほど、君は実に正直だ。だが、あまり正直になりすぎるのも問題じゃな。安心しなさい。少なくとも、この国では爵位があるから国にどうのこうのという話はない。あくまでこの国の者は、自らの意思で国へと仕える。堅苦しいのを抜いて言うならば、今回の称号は国を助けた感謝状だとでも思えばいい」


 どこまでが本当かわからないが、ユーキは頷くことにした。リスクもあるが、当面の生活には困らないという点は大きかった。最悪の場合は、国を出ればいい、とユーキは考える。


「さて、そろそろ君の師匠……いや、ガールフレンドかな? 彼女たちを待たせているから、儂は失礼しよう」


 杖の一振りで羊皮紙を浮かべ、そのまま羊皮紙を浮かべて扉を潜っていった。

 それと入れ替わる形で、サクラたちが中に入ってくる。


「ユーキさん。もう大丈夫?」

「あぁ、腕も早ければ明日には動くようになるらしい」


 布団に両手をついて、顔を突き出してくる。近すぎて、ユーキは思わず後ろに逃げる。


「昨日と違って、元気なもんだな。こっちは死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしてたのに」

「悪い。無茶をした」


 マリーの言葉に正直に答える。後でユーキは聞かされたのだが、聞いている自分でも信じられないほどの深刻さ。死んでいてもおかしくないというのは、間違いではなかった。


「私たちを助けた。だから、私たちも助けた。等価交換」

「そうか、ありがとう」

「こちらこそ」


 アイリスは、いつものように抑揚なく話をするが、どこか嬉しそうだった。

 そんな横でサクラは微笑んだ。


「そうだ。お腹すいたでしょ? もう昨日の晩御飯から何も食べてないはずだし!」

「あぁ、そうだね。言われた瞬間、お腹が空いてきた」

「よし、じゃあさっそく食べるとするか」


 そういうとマリーは右手に持っていたバスケットをルーカスが使っていた机に置く。

 ふたを開けると香ばしい匂いが漂ってきた。


「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 さらにいくつか乗せてサクラが渡したのは、サンドイッチだった。片手が使えない状態でも、簡単に食べれるのでユーキとしてはありがたい。その後ろでは、マリーとアイリスが自分たちの分の皿と椅子を用意していた。並べ終わったところにアイリスが手を合わせて、周りを見る。早く食べたくて仕方がないようだ。

 どうやら和の国だけでなく、ファンメル国でも手を合わせて挨拶をするらしい。


「「「「いただきます」」」」


 四人の声がそろって部屋に響く。ユーキは大きく一口食べると目を開いた。


「これ美味いな。メインストリートの店でも食べたけど、それよりも美味しいぞ!」


 ユーキが食べたのはベーコンとレタスとトマトが挟まれたいわゆるBLTサンドと呼ばれるサンドイッチだ。シャキシャキのレタスに酸味があるトマト、それをアクセントにして、口内に広がるベーコンの肉汁。空腹は最大の調味料というが、それを差し引いても、十分おいしかった。

 思わず二口、三口と頬張るユーキをマリーがニヤニヤと見ていた。時折、サクラの方へと視線を向けている。


「なんだ、ユーキ。そんなに気に入ったのか?」

「あぁ、この味なら毎日でも食べたいくらいだね。それだけの美味しさだよ」


 その言葉にマリーはさらに笑みを大きくする。正直言って、不気味を通り越して怖いくらいだ。


「なるほど。つまりユーキは、こう言いたいわけだ――――」

「――――俺の嫁になって、毎日、サンドイッチを作ってくれ」

「おい、あたしのセリフ言うなよ。アイリス!」


 ユーキは首を傾げる。会話の流れが理解できない。いや、置いていかれているのではなく、大事な情報が抜け落ちている感覚。

 ふと、傍にいるサクラを見ると耳まで赤く染めて、プルプルとサンドイッチを持ったまま小刻みに震えていた。ユーキと目が合った瞬間、後ろを向いてサンドイッチを頬張る。


「そのサンドイッチ。サクラの手作り」


 アイリスが頭の上にはてなを浮かべるユーキに、この会話の最後のピースを与える。

 そこで冷静になって、今までの会話を思い出す。

 そこらの店よりうまい。それはサクラの作ったサンドイッチ。そして、そのサンドイッチを毎日でも食べたい。故にアイリスの俺の嫁になれ発言。


「(つまりはあれか。俺は無意識のうちに、『毎朝俺のためにみそ汁を作ってくれ』とかいう、一昔前のセリフをぶちかましていたのか)」


 思わず、左手で顔を押さえてしまう。正直、恥ずかしい。

 だが、ここでは否定をするのも肯定するのも危険。故にとるべき行動は一つ。


「そうか、知らなかったよ。サクラって料理が凄い上手なんだな」

「え、うん。昔からお母さんや友達と一緒に料理するのが得意だったから」


 話の方向を微妙にずらしたユーキの言葉に、サクラはきょとんとした後、返事をする。赤くなっていた顔も元に戻り始めていた。

 その後は、女性陣の誰がどんな料理が得意で、普段は何を作っているといった会話になっていった。

 サクラは料理全般、マリーは肉料理、アイリスはお菓子作りが得意らしい。

 実は今回のベーコンは、マリー秘蔵(という名の、家からくすねてきた父親秘蔵)の超高級品だったとか。自由奔放すぎるマリーに手を焼かされている父親の姿を想像して、思わず苦笑いしてしまうユーキだった。

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