死の舞踏Ⅵ

 冒険者ギルドから走り出した者たちは、ある一ヶ所に向かっていた。

 そのような行動に冒険者たちを動かしたのは、コルンが資料室から飛び出して言い放った一言だった。


 「地下です! 南門の堀は、地下で水路に繋がっています!」

 

 一瞬、意味を理解できなかった冒険者たちだったが、すぐさま思考を切り替える。


「屍人は泳げるのか?」

「可能です。肉体の損傷が軽度であれば、普通の人間にできること以上が可能です」


 一人の冒険者が進み出て言うと、魔法使いの女性が集団の中で声を上げた。


「南門の堀から人間の幅以上で、地下を通りやすく、かつ侵入しやすい施設は!?」


 鎧に包まれた大柄の老人が大声を上げる。年を感じさせぬ覇気に周りの人間がビクッと驚く。

 コルンは一度目を閉じて深呼吸をした。


「いくつか、候補はありますが……恐らくここになると思います」


 資料をテーブルに広げ、指し示した。多くの冒険者が駆け寄って覗き込む。そこに記された名は――――


「――――魔法学園だと? 正気か!?」

「自分から殺されに行くようなものだぞ!」


 コルンは捲し立てる冒険者を目で制して、いくつかのポイントを示す。


「最短ならばメインストリート近辺ですが、ここは陽に当たりやすく上るのに時間がかかります。次に住宅街および宿泊施設近辺ですが、水の出口は人の幅がないので不可。アラバスター商会方面は鉄格子で仕切られているため出れません。つまり――――」


 コルンはそのまま堀から地下のルートで一度、メインストリート脇の大水路へ。そのまま一番手前の合流している水路から住宅街・宿泊施設区域を抜け、魔法学園の堀へ。そしてその脇から中央を通る道の下に埋められた水路を抜けて、一番手前の噴水から出てくるルートを示した。冷や汗をかきながら、周りに確認するように見渡す。


「人が通れる。日に当たりにくい。出てきやすい。そして何より『若くて新鮮な肉がたくさんある』。そんな条件を満たすのはここしかありません」


 周りが静まり返る。近くの者同士で互いに目を合わせるが何も言葉を発しない。

 コルンが何人かの周りの顔を見るが疑惑の眼差しが返ってくる。


「儂らのパーティーが行こう」


 手を上げたのは先ほどの威圧感を放つ老人だ。それに続けて、複数人が手を上げる。


「こっちも動く。行ってみて何もなければそれでいいんだ。木の的相手にしか魔法を使わない嬢ちゃん坊ちゃんじゃあ荷が重いだろうよ」

「ここで突っ立ってるよりはマシってもんよ。可能性があるのなら試しておくのは嫌いじゃないわ」


 手を挙げた者たちを把握し、ギルド職員が送り出す。彼らの足は、一刻も早く向かわねばとホールを出るころには駆け足になっていた。


「屍人は既に体は死体です。唯一違う点は死後硬直のように体が硬くならない代わりに、次第に腐っていくことです」

「なるほど、人間がぎりぎり入るような水路でも窒息の心配はないってわけか。空から見ても見つからないはずだぜ」

「情報の共有不足。戦争ならば致命傷だぞ」

「爺さん。それは着いてみないとわからないぜ。致命傷ってこともあり得るだろ!」


 それぞれのパーティーの代表が先頭を駆けていきながら会話する。いくつかの水路を渡りながら中にも目をやるが、彼らの目には怪しい姿は映らなかった。

 水路からはあちこちで灯る篝火や魔法の火が反射して煌いている。

 ガーゴイルに要件を告げ冒険者たちが続々と中に入ると、学園生は何事かと騒ぎ出した。休日で生徒も多くが夜でもうろついているのだ。


「この騒ぎ、あとでどう説明しましょうか」

「何、ルーカス学園長の依頼だと思わせればいい。小童どもには、それで十分だ」


 そんな会話をしながら噴水の広場の方へ進むと、風切り音と爆発の音が近くから響き渡った。

 一人の魔法使いの顔が蒼褪める。


「中央の噴水広場の方角からです。この近辺に魔法を訓練する場所はありません」

「遅かったか。全員、戦闘準備。一気に突っ込むぞ!」


 広場に通じるところまであと少し。目の前の角を曲がれば目的地。そこまで来たとき轟音が鳴り響いた。


「な、何だ!?」

「狼狽えるな! そのまま突撃だ!」


 音に足を止めた若いリーダーを老人が怒鳴る。瞬時に、顔を引き締め老人に続いて他の者も走り出すが、角を曲がった瞬間に立ち止まった老人に連続でぶつかる。


「いってぇ!?」

「ちょっと、止まるなよ爺さん!」


 そんな者達の声も気にせず、老人はただ前を見据える。その異様さに、他の者も老人の視線を辿る。

 その光景を見た者たちが次々に動きを止める。止めざるを得ない。噴水広場だけ時が止まったかのような世界が広がっていた。

 彼らの目に入ってきたのは、城の壁に叩きつけられ、未だ痙攣して動こうとしているのが不思議なほどの、損傷を受けたゴルドー男爵の姿だった。腕はひしゃげ、足は既に原形を留めていない。腹から胸にかけては大きな風穴が空いていた。

 否、その後ろの穿たれていた。

 城を形成する石には放射状のひびが入り、まるでゴルドーが蜘蛛の巣に絡めとられた哀れな虫に見える。

 みな、一様にその姿に呆けていたが、老人が一番早く立ち直った。


「魔法を使える者は、全員ゴルドーを捕縛。念のため、槍兵を警護に付かせるんだ。僧侶は剣士と共に被害者が出ていないか確認。他の者は一帯を封鎖! 急げ!」


 老人の大声に突き動かされるように、各パーティーを崩し、臨機応変にペアを作って行動に移し始める。

 気を引き締めた老人の視線の先には倒れたユーキや少女たちの姿がある。ゆっくりと油断せずに足を進めた。


「我々は冒険者ギルドから派遣された者だ。いったい何があったか教えてもらえるか」


 倒れていたユーキを同じパーティーの仲間に任せ、サクラたちに問いかける。

 呆然と立ち尽くしていたマリーはぎこちない動作で振り返り、アイリスは夢から目覚めたかのように瞬きする。老人にあたふたしながら二人は説明をする。


「そ、その、気付いたら、あそこの変人が襲い掛かってきて、ユーキ――――そこで倒れてる子なんだけど、私たちを庇って戦ってたんだ」

「殴り飛ばされて、私たちの方に向かってきたから魔法で迎撃した」

「先ほどの最初に聞こえた風切り音と爆発は、君たちが放った魔法ということだな」


 老人の言葉に頷く。話しかけられて、やっと安全なことを認識したのか二人の手足が震え始める。


「それで、目の前のサクラにそいつが跳びかかって、もう駄目だと思ったら――――」

「――――あの壁に、いつの間にか叩きつけられてた」


 アイリスが冒険者たちに囲まれている石壁を指差す。

 老人はゴルドー、座り込んでいるサクラ、そしてユーキの順に位置を把握した後、目を細める。


「(あの少年が何かしらの魔法を放った……と考えられるが、あのような痕跡が残る威力の魔法は見たことがない。ミスリル原石に特殊加工で障壁を付与したもの――――いや、今は安全の確保と連絡が必要だ)」


 老人は後ろにいた仲間に合図を送り、ギルドが配布していた閃光弾を撃ちあげた。


「もう安心だ。騎士団も駆けつける。何も心配することはない」


 座り込んでいたサクラにも屈んで、声をかける。未だ、呆然と目の前だけを見つめ続けていたサクラが我に返る。


「あ、あの私……」

「何も言わなくていい。君は助かった。友人もな」


 言葉を一つ一つ区切り、サクラに言い聞かせるように声をかける。不愛想ではあるが、温かみのある声が少しずつサクラを現実に引き戻す。


「あ、あのユーキさんは、どうなったんですか? 変な人と戦って、それで――――」

「――――無事だ。倒れているが、目立った傷跡もない。直に目を覚ますだろう」


 その言葉を聞いて、安堵の笑みと涙が三人から零れ落ちる。

 その三人の背後からルーカスが老人とは思えない速さで駆けつける。


「ローガンか! ゴルドーはどうなったんじゃ! 儂の生徒たちは大丈夫か!?」


 老人の肩を掴んで揺さぶる。そのルーカスの肩を逆につかみ返した。


「あぁ、我が友よ。儂ではなく勇敢な少年が、どうやら君の生徒を守り通してくれたようだ。少なくとも、被害は出ていない。あの城の壁を除いてな」


 ローガンと呼ばれた老人の目線に誘われ、ルーカスは目を見開く。唇がわずかに震えた後、口を真一文字に結ぶ。その顔には怒りとも悲しみともつかぬ表情が浮かび、ただゴルドーに空いた空洞を見つめていた。

 数秒後、サクラたちの方に振り返り、腰から引き抜いた杖を一振りする。


「念のため、浄化の魔法と活力の湧く魔法をかけさせてもらった。三人とも、よく恐怖に耐えた。今日は、儂がここにいるから安心して眠るといい」


 サクラたちに微笑んで頷く。


「そして、彼もじゃ。どうやら、今回の立役者のようじゃからな。君たちもついてきなさい。きっと君たちの無事な姿を見れば喜ぶじゃろう」


 ルーカスはローガンに無言で頷いて、その場から三人とともに離れる。ユーキのところに近づくと、様子を見ていた魔法使いが話しかけてきた。


「どうやら気絶しているようです。殴られた衝撃か、はたまた魔力の枯渇か。私には少し分かりかねますが……」


 その魔法使いの隣にルーカスも屈んで右手でユーキの左腕に触れる。何度か腕を指で押したり、摩ったりしていたルーカスの表情が次第に険しくなっていく。

 左腕をそっと置き、右腕に触れた瞬間、すぐさま杖を一振りし、ユーキの右腕を氷漬けにする。


「が、学園長。ユーキに何を!?」

「ユーキは屍人に噛まれてなんかいないぞ!」


 ルーカスの行動にサクラとマリーが抗議の声を上げる。アイリスは凍った腕をじっと見つめて、無言のままだ。

 ルーカスが上空に杖をもう一振りすると、塔の付近に浮遊していたガーゴイル像が舞い降りてきた。


「ナンダ、ゴ主人」

「ドクターに……。リリアンに部屋を開けるよう伝えてくれ」

「了解。スグニ伝エル」


 ガーゴイルは翼を広げ、一気に跳躍して空へと上がっていく。それをルーカスは最後まで目で追うことなく、杖をユーキに向けて、体を浮かせる。


「簡潔に言おう。今の彼は危険な状態じゃ。今すぐにここでの応急処置が間に合わないほどに、じゃ。君たちも望むならついて来て構わぬ」


 そう告げると、城の中に向かって歩き出した。三人とも顔を見合わせた後、ルーカスの後を追っていく。

 広場の周りには野次馬が集まり、騒がしくなり始めていた。

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