死の舞踏Ⅳ

 結局、一睡せずにユーキは宿を出る。今日は土曜日、本当ならば毒草刈りをしていたはずなのだが、そう言っていられる場合ではない。

 一晩中、考え抜いた末に何もいい案は浮かばず、せめて知り合いのいる場所に行こうと魔法学園に足を運ぶ。


「まぁ、魔法学園に攻め込んで来たら、攻撃魔法で袋叩きにあうよな。普通……」


 そう呟いて、ガーゴイルの門を潜り抜ける。相変わらずガーゴイルは動かないが、初めて会った奴だけは、やたらとしゃべりかけてくる。


「オー、今日モ、草ムシリカー?」

「いや、今日は見回りだよ。必要ないと思うけどね」


 手を振って、ユーキは別れを告げる。


「カカカカ、今日ハ、ヤナ風ダ。キヲツケナー」

「――――あぁ、そうするよ」


 初めて訪れた薬草地帯、先日の毒草地帯、食堂、射撃訓練場。どこを回っても生徒が数人いるだけで、何もない。ユーキは来た道を引き返し、いつも採集の合間に休む城の日陰に腰を下ろす。


「あぁ、ちくしょう。しっかり寝ておけばよかった。心臓がバクバクする」


 石の壁に寄りかかると睡魔が襲ってくる。きっと、ここでゴルドーが現れたら死んでしまうだろう、と思っていると。


「とーう!」

「うぶっ!?」


 アイリスの得意な――――本人が非常に気に入ったらしい――――人間ミサイルがユーキの腹にぶち込まれた。

 そのまま、ユーキの意識は闇の中に落ちていく。


「ていっ!」

「ふぐっ!?」


 だが、追撃によって、それは妨害された。アイリスがそのまま脇腹に両手の人差し指を突き入れたせいだ。体をビクッと震わせて、奇声を上げる。事情を知らぬ者が見れば、少女を抱えて奇声を上げて、息を荒げるHENTAI認定されかねない。


「おー、アイリス。新技成功したなー」

「もう、アイリスちゃん。それ以上はユーキさんも怒っちゃうよ!」


 上から声がかかり、見上げると、マリーとサクラが立っていた。よく見れば、今日は抱えるアイリス含めて3人とも私服姿だ。サクラが半袖の白いワンピース。マリーが白いYシャツにスラックス。アイリスは若干ロリータ系の服でフリルがついたものを着ている。


「いや、もう慣れたよ。だからってしていいわけじゃないけど……」


 アイリスを立たせて返事をする。そして三人を見上げながら、ユーキは目を細める。少女たちがいつも以上に眩しく見えたからだ。

 立ち上がりながら、こういう時に言わなければならないことを言っておく。


「私服を見るのは初めてだ。よく似合ってるよ。それぞれのらしさが出てて、ね」


 そう言われて、マリーは当然という顔。サクラは顔を赤らめ、アイリスは自慢げに腰に手を当てる。

 こういう反応も少女たちのらしさがでていると感じていると、ユーキの視界が一瞬歪んだ。膝から力が抜けて倒れそうになるが、ちょうど、サクラとマリーの間だったため、二人が受け止めてくれる。


「だ、大丈夫ですか」


 サクラが慌てて声を上げる。その横から女の子とは思えない力で体を起こされた。すぐにマリーが顔を覗き込む。


「――――お前、寝てねえだろ」


 ユーキは誤魔化そうとしたが、実際に眠いし、クマもできていて言い逃れはできそうにないので、顔だけ縦に振った。


「まったく、こんなところで寝たら風邪ひくぞ。しょうがねえ、あたしの部屋に――――あー……」


 途中まで言って、罰が悪そうにする。マリーにしては珍しい困り方だ。若干、頬が赤く染まっている。


「わりい。サクラの部屋に連れていくってことでいいか? ほら、あたしの部屋ってだろ?」


 隣にいたサクラにマリーが言うと、サクラは呆れた顔をした後、首を縦に振る。マリーに肩を貸してもらい、ユーキはサクラの部屋に運び込まれるのだった。





 一方、冒険者ギルドの大ホールにおいて何人かの高ランク冒険者たちが唸っていた。


「幸い、屍人化した民間人は出ていないようだ」

「そしてゴルドーの姿も……な」


 あらゆる路地裏を手あたり次第に捜索したが結果は芳しくなく、何も見つからない。

 騎士団からも何も連絡は入らず、八方塞がりの状況だ。


「もうすぐ丸一日経つ。このまま夜になると、ここからは相手が動きやすくなる時間だ」


 一人の剣士が窓の外を見て呟く。屍人は体の劣化が激しく、日光や気温の高いところでは急速にその劣化を早める。だからこそ、肉を喰らい少しでも体を維持しようとするのだが……。

 ギルド職員のコルンも眉をひそめて、地図を見渡す。魔法使いたちが空を飛んで捜索したが、上からの視点でも怪しい姿は見えなかったらしい。そんなことを、地図を眺めながら考えていると、ある一つのマークが目についた。

 そのマークを通り過ぎようとして、また戻る。コルンの目が見開かれ、冷や汗が出る。

 視線はすぐに王都の南門の近くへと移る。そして、そのまま奥の資料庫へとかけ込んだ。途中、大柄な男にぶつかったような気がしたが、些細なことだと言わんばかりに部屋へ駆け込み、ある資料を戸棚から引っ張り出す。

 先ほどの地図で見たように南門に目を向けると、先ほどのが書かれていた。いや、それは到底、道と呼べるものではなかった。

 そのまま、その道の最短距離で一番人が大勢いる施設を探していくと、ある一ヶ所で指が止まる。


「ここが襲われたら……最悪です!」


 即座に彼女はその資料を持って部屋を出る。同時に、あわただしく冒険者たちが部屋を出る音が響いた。





「ん……」


 鈍い頭痛が走る。頭を少しもぞもぞ動かしながら、ユーキは体を起こした。 

 働かない頭を動かすためにも深く息を吸うと、いつか嗅いだ花のいい香りがする。


「目が覚めましたか? ユーキさん」


 そういうと円形の机の周りで話をしていたらしいサクラが駆け寄ってくる。


「あぁ、ごめん。これからはしっかり寝ることにするよ」


 そこまで言って、動きが止まる。そう、ユーキはサクラの部屋に運ばれて、彼女のベッドに寝ていたのだ。頭の中に過ぎるのは、魔力を通したときのあの感覚。

 異性のベッドに寝ていた事実と魔力を通された快感、サクラの吐息を思い出して顔を赤く染める。


「悪い。すぐにどく」

「あ、急に動いたらあぶ……きゃぁ!?」


 急いでベッドから起きようとしたユーキと、止めようと動いたサクラの足がもつれ、そのまま押し倒してしまう。運よく、ユーキの手がサクラの頭を庇うことに成功したが、その体勢のまま二人は固まってしまう。超至近距離で交わる視線、肌で感じてしまうほど近い吐息、どちらも目を逸らさず見つめていると――――


「あー、一応、あたしらもいるんですけどー……」


 苦笑いした顔でマリーが話しかけた瞬間、二人同時に飛び起きる。マリーが顔を仰ぎながら苦笑からニヤニヤ顔に変わる。その横で、アイリスはのんびりしていた。


「いやー、なんだ。とりあえずユーキが目を覚ますの待ってたら、もう夕方になっちまった。正直、二人の姿でおなか一杯……と言いたんだけど、さぁ」


 ユーキとしては反論できる状況にないため、さっさと交換条件を出す。


「あぁ、この前の食堂に行こう。今日は迷惑をかけたから俺が奢るよ。ただし、常識的な範囲で注文してくれ」


 アイリスがものすごい勢いで椅子から扉まで移動する。


「早く、行く!」


 新しいおもちゃを買ってもらえる幼子の如き様相に、三人とも顔を見合わせた後、大笑いする。

 アイリスだけが首を傾げて、ユーキたちの顔を順番に見ている。


「おし、いっぱい食べるか。行こう」


 そのまま、寮を出て中央の噴水がある広場を通り、食堂に向かう。

 同じように食堂に向かう生徒が多いようだ。何人かのすれ違った男子生徒からは突き刺さるような視線を受けたり、「爆発しろ」などという呟き声が聞こえた気がしたが、ユーキは苦笑いしながらやり過ごす。

 傍から見れば女の子三人を侍らして歩いてるハーレム野郎だ。青春を謳歌する男子にとってみれば目の敵にしたくなる理由もわかる、というものだ。

 食堂に入っても、似たような視線にさらされたが、気にせず席にユーキは座った。

 メニューを一通り見た後、各々で注文する。ユーキとサクラは「元気もりもり焼き魚定食」。アイリスは「あつあつグラタン」とデザート二つ。マリーは「パワフル牛肉定食」だ。


「(この微妙なネーミングセンスはいったい何なんだ。いや、周りの料理みるとすごい美味しそうなのはわかるんだけどさ)」

「いやぁ、ここの食堂さ。噂によるとあの王様がいる城に勤めてる料理人が料理長試験として、ここに送り込まれてるって話でさ。すんごい美味いんだよ」


 笑顔になるマリーの横でアイリスがボソッと呟く。


「ただ、ネーミングセンスはあまりない」


 後ろに座っていた人が、咽たのは気のせいだろう。ユーキは聞かなかった振りをして、目の前の水を飲む。

 水の都というだけあって、飲み水も安心して飲めるところが、日本人としてユーキが助かったところだ。

 国によってはホテルで水を飲んだら赤痢になったという話も、ユーキがいた世界ではある。


「さすが、水の都だけあって水がうまいな」


 その言葉にアイリスが反応する。


「色々なところに湧水がある。この町の水路もそれをつなげて大地の魔力の流れをよくしてるって聞いた」

「最終的にはメインストリートを挟む二つの大きな水路に出て、外壁の堀の水や田畑の水になるようです」


 アイリスの言葉をサクラがさらに補足する。ユーキはメインストリート近くの自分が使っている宿から、ここに来るまでに何度か渡った橋を思い出しながら、頷いた。


「ほら、さっき通った中央の噴水もそれに流れ込む水の一部さ。いったい、どれだけの量の水が出てるんだろうな」


 窓の外を片手で指さしながら、もう片方の手でグラスを回して、中の氷を鳴らす。

ユーキは、窓の外を見ながら感心したように相槌を打つ。


「(こんなに平和なのに、屍人が今もどこかを彷徨っているだなんて信じられないな。いったい、どこに消えたんだ)」


 その疑問はユーキの目の前に運ばれてきた食事を前に、頭の片隅に追いやられる。腹が減っては戦はできぬ。食欲を満たすため、手を合わせて食事に集中するのだった。

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