「――――なるほど、話は大体わかりました」

　詰所の一室にて、ギルドの職員と魔法使い、クリフとユーキが話をしていた。

「まずは冒険者たちですが、捕縛した一名は槍に突き刺されようが、狂気に染まって暴れ続けているようですね」

　外から聞こえるうめき声の方に視線を動かし、ため息をつく。

「現在、魔法使いと僧侶一名ずつが沈静化を図っていますが上手くいっていない。ただでさえ、我々の所属の冒険者がご迷惑をおかけしているというのに、二重に申し訳ありません」

「いや、人間である以上、悪に染まる輩も必ずいる。それはあんた方の責任じゃない。それを唆したやつの責任じゃ」

　そういってクリフはユーキの差し入れた飲み物を口に含む。

「ん、いい味だ。あとで、この店を教えてくれんか」

「あ、はい」

　真面目だと思ったら、結構な破天荒おじさんのようで、先ほども何度か話が脱線した。

　ギルド職員の人は盛大にため息をついて、話を元に戻す。

「では、本題です。ゴルドー男爵が見つからないということでしたが？」

「あぁ、間違いなく男爵はここに来た。そして戦闘が終わったときにはいなかった。それは、ここにいた部下全員が証言するだろう。さて、やつはどこに隠れたのやら」

　全員がうなりながら考えていると、ドアが開いた。全身を白と青の服で着飾った僧侶で、眼鏡をかけた金髪の美青年だった。

「まずいことになりました。あらゆる秘術を試していたのですが……彼らの反応からするにこれしか答えはありません」

　冷や汗が顎を伝い、床に落ちる。つばを飲み込み、青年は口を開く。

「全員、屍人（グール）化しています」

　ユーキ以外の三人が思わず立ち上がる。

「なんだ……と？」

　クリフが手を握り震わせる。額には血管が浮き出て、顔は憤怒の表情に染まる。ユーキの目の前の魔法使いからはただならぬ圧力がにじみ出ている。

「ルイス。それは冗談では済まされない話だ。間違いないのか？」

魔法使いの呼びかけにルイスは頷いた。

「間違いありません。彼らはすでに人の皮を被った化け物になり果てています。そして……」

　眼鏡が灯りに反射されて光る。その奥の瞳は左右に忙しなく揺れていたが、決意のような強い光が宿っていた。

「同様の動きをしていたゴルドー男爵も屍人化していた場合、別の誰かに噛みつけば、屍人がこの王都に蔓延ることになります」

　その言葉に、ユーキもここに至って、事態の重さが飲み込めた。たった一人でも見逃せば、ねずみ算式に増えていくのだ。一人が二人に、二人が四人に。十回も繰り返せば千人を超える。

　ギルド職員が震えた手で持っていた書類を抱えなおす。

「クリフ隊長は国王に連絡を、可能ならば騎士団を動かすことをお願いしてください。そして、ここにいる者には緘口令を敷いてください。民間人の知られてしまえば、パニックになります。もし、その中にゴルドーが紛れ込んだら手に負えなくなるでしょう。冒険者ギルドは各ギルド長を召喚するとともに、Cランク以上冒険者にコード：トワイライトを発令します」

　――――コード：トワイライト。

　ユーキは登録した時にコルンに渡された資料の中の言葉を思い出した。民や国に甚大な被害を与えかねない状況の場合、有力な冒険者たちを招集し、事態収束に動かす。冒険者ギルドのもつ切り札の一つ。

　たかが一組織のギルドと侮るなかれ。冒険者ギルドは各ギルドを仲介し、協力体制を作っている組織だ。言い換えれば、冒険者ギルドが動けば、冒険者ギルドに所属していなくても、別のどこかのギルドに所属している時点で自然に動き出すことになる。

　騎士ギルドからは剣士や槍兵などの近接武器使いをはじめ、弓兵などの物理攻撃部隊。魔術師ギルドからは魔法使いや錬金術師などが出てくるだろう。もっと、はっきり言えば国家所属の軍人以外の全戦闘戦力が動員されるのだ。恐ろしいなどというレベルではない。

「ユーキさん、あなたはEランクの冒険者でしたね。残念ながら本来は招集にはかからないと思います。しかし、この状況を正しく理解している人間が一人でもいると助かるのも事実。本件に限り、あなたのランクを暫定的にCに引き上げ、事態収束に協力していただきたいと思いますが、よろしいですか」

　ギルド職員は力強い言葉で、訴えてきた。

　しかし、筋肉ダルマに押し倒されたことを思い浮かべるとユーキは自信がない。それを見透かしたかのようにクリフは背中をたたく。

「別に戦って捕まえろというわけじゃない。ゴルドーを見つけたり、怪しい場所を見つけたりしたら連絡をしろとか、民間人を避難させるとかそういうことだ」

　その言葉に頷いてユーキは決心した。

「微力ながら、協力させていただきたいと思います」

「ありがとう。屍人に噛まれた場合は、彼らのような僧侶に助けを求めなさい。潜伏期間中なら浄化することで無力化できるはずですよ。魔法使いも浄化はできるけど、僧侶に比べると苦手な人が多いので」

　ルイスも力強くうなずいた。少なくとも、教会ギルド・魔法使いギルドは今回の事件に協力するために動くはずだ。

「とりあえず俺は普段通り行動して、異変に気付いた場合は連絡する。そういうことでいいですね」

　確認を取ったあと、ユーキは魔法学園へ。

　そして、他の者もそれぞれの所属の長に報告に走るのだった。

　ユーキは魔法学園についたあと、一通り――――といってもかなりの広さがあるので大変だが――――学園都市を見回ることにした。学園に入るときにガーゴイルから毒草採取は、もう充分であるということで連絡があったからだ。

　おそらく、学園長が魔術師ギルド長であったからだろう。せめて、何かできないかと学園内を見回ることにした。

　そう、見回りのつもりだったのだが――――

「お、ユーキ。ここの食堂すんごい美味いんだぜ」

「デザートも、美味」

「二人とも、あんまりユーキさんに迷惑かけないでよっ！」

　――――と、このような具合でなんともシリアスな空気ぶち壊しである。

　午後の授業が早く終わったサクラたち三人に見つかり、そのまま学園内を案内しようということになったのである。

　今、向かっているのは、射撃訓練場。要は魔法の試し打ちができる場所である。

　アイリスとマリーは自分の魔法が見せたくて仕方のないようだ。

　訓練場に着くと、二人はさっそく杖を腰から引き抜いた。長さ三十ｃｍ強のタクト型である。

「いやぁ、魔法を見慣れてない魔法処女に魔法を見せるのは、やっぱり面白いんだよなぁ」

「うん。みんないつも驚く」

　まずはマリーが構えた。思わず魔眼を開くと、紅の魔力が迸り、手から先で緑色に変化する。

「『――――逆巻き、切り裂け。汝、何者にも映らぬ刃なり』」

　軽く杖を突きだすと、まるで弾丸の周りに発生した衝撃波のごとく、円状の衝撃が走る。

　標的の木の板に傷がいくつも刻まれて、最後の一撃で真っ二つに割れる。

「（かまいたちの魔法？　それにしてもかまいたちだけを発生させるなら、板が割れるほどにはならないはず……どんな原理だ？）」

　口を開けたまま、見ているユーキに満足したのか。マリーは得意気に後ろに下がった。

　それと入れ替わる形でアイリスが杖を構える。その体は水色の光に包まれていた。ひじから先、そして手から指に行く過程で様々な色に変わり、やがて杖に流れ込むころには赤色に染まる。

「『――――燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ閃光なり』」

　杖先に球状の炎が出来上がり、軽くふるった杖から猛スピードで的に向かっていく。命中すると燃え上がりながら板が吹き飛んだ。かつて襲われた盗賊の魔法使いたちが放ったものと同種だが、その錬度はいうまでもなくアイリスの方が上だった。

「うむむ。きれいに飛ばなかった。減点」

　アイリス本人は、あまり納得のいっていないのか不満気だった。杖をペン回すのようにクルクルと回し始める。

「どーよ。ユーキ、初めて見た攻撃魔法の感想は！」

　マリーが目を輝かせて迫ってくる。

　しかし、その質問にユーキは申し訳なさそうに答える。

「悪い。攻撃魔法を見るのは初めてじゃないんだ。ここに来るまでに一緒だった冒険者の人たちに見せてもらってたから」

　マリーが途端に、げんなりした顔で胸を小突いてくる。なぜか相当悔しかったらしく、ユーキへの軽い八つ当たりだ。

「おいおいおーい。そういうのはもっと早く言おうぜー」

「ユーキさんの話を聞かなかったのはマリーじゃない」

　サクラが苦笑してマリーとユーキの間に入る。

「でも、すごかったよ。魔法ってやっぱり面白いな。想像した分だけ、色んな魔法が使えそうでさ」

　慰めになるかどうかは、ともかく魔法については褒めることにした。アイリスがマリーの後ろで頭を上下に何度も振る。

「ユーキはよくわかってる。魔法は想像すればするほど世界が広がる。楽しい」

　アイリスには好評だったようで、サムズアップと笑顔がユーキに向けられる。

「おーし、あたしらもやったしサクラもやるかー？」

　話をサクラに振るがサクラは首を振る。どうやら、本人は乗り気ではないらしい。

　はいはい、と聞き流して次の施設へと二人を引っ張っていく。

　三人が出ていくのを見て、ほんの少しだけ指先に魔力を溜めて、すぐにガンドを撃ってみた。

　――――パシンッ

　板の表面が軽く弾けるのが音でわかる。

「なるほど、米粒クラスでデコピンより上くらいの威力か。全力で集めたらどれくらいの威力に――――」

「ユーキさん？　どうしました？」

　扉からサクラがひょっこり顔を出す。ユーキがついてきていないのを見て、戻ってきたようだ。

「あぁ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたみたいだ。今行くよ」

　そうして、ユーキの学園案内は続き、その間は特に事件が起きることはなかった。

　ちょうど、学園案内が終わる頃、冒険者ギルドにはランクC以上の者達が集まっていた。

「諸君。忙しい中、集まってくれてありがとう。事態は急を要するので手短に話そうと思う」

　ギルドの奥に位置する大ホール。その壇上には水晶玉が置かれ、そこから女性――――ギルド長――――の凛とした声が響いてくる。多くの冒険者が、それに耳を傾けていて、誰一人話す者はいない。

「先日、ギルドから注意喚起していたゴルドー男爵と冒険者一行が見つかった。――――グールとして」

　その言葉に、ホールに集ったいくつかのパーティに動揺が走る。そんなざわめきを無視して、水晶玉から声は流れ続けた。

「衛兵が冒険者四人の内、二人を殺害。残り二人を拘束した。尤も、時間が経っているので与えてやれるのは安らかな眠りと祈りだけだが」

　そう告げると誰もが、数秒黙祷を捧げた。それを待って、さらにギルド長は続ける。

「現在、ゴルドー男爵は姿をくらまし、逃走中である。すでに国王陛下も騎士団を動かし、王都全域に渡って警備を展開しているが、人手が足りない。民間人が襲われれば、瞬く間にグールが蔓延りかねない。おまけに、これが知られれば王都中がパニックに陥るだろう。よって、今ここに『コード：トワイライト』を発令する。ここに集った勇士たちよ。ゴルドーの魔の手から民間人を守り、そして彼に安らかな眠りを与えてやれ！　君たちが、この闇に包まれんとする王都を救ってくれることを願っている」

「「「了解！」」」

　大ホールに声が響いた後、一気に騒がしくなる。

「相手はグールだ。噛まれた時の処置のために教会以外の治療ポイントを設定だ。地図を出せ！」

「パーティに伝令ができる魔法使いがいないところは統合して動け！　すぐに周りに知らせられる布陣にするんだ！」

「路地裏に詳しい暗殺者ギルドの方はいますか！？」

「こっちは先に見回りに出ます！　D以下の方々にばれないように動きましょう！」

　あっちこっちで、声が飛び交うが、ギルド職員たちがすべてさばいて的確に動いていく。積み上げられるマップ。貸し出される伝令用の使い魔に、救難信号用閃光弾。それらをそれぞれのパーティが持ち、ホールを出ていく。戦いはまだ始まったばかりだった。