死の舞踏Ⅱ

 二日目の昼。

 例のアイリス、マリーコンビによる人間ミサイルの襲撃を受けたこと以外、全くもって平和な一日だった。おそらく、明日も同じ襲撃が予想されるため、ユーキはギルドへの換金がてら対策を考える。

 週末ということもあり、早めに仕事を切り上げる冒険者が多く、店も様々な人で賑わっていた。ローブを来た人たちの女子会や真昼間からむさくるしい人たちの酒飲み大会。あっちもこっちも大賑わいだ。

 たまには違うところに行こうと城とは逆方向に向かう。ほんの少し目線を先にやれば、以前と通った外壁門も閑散としていた。衛兵が槍を片手にあくびをしているところを他の衛兵が小突いているのが見える。


「あぁ、そういえばここに来た時の衛兵のおじさん。元気にしてるかな。一応、冒険者になれたことくらいは言っておこうか」


 手ぶらで行くのも申し訳ないので、近くの店で軽食と飲み物を購入する。そのまま足早に近づくと、衛兵が振り返った。口周りに髭を生やしたダンディなおじさんが声をかける。


「ん、外壁の外に出るなら理由と持ち物の検査を――――というようには見えんな」


 そう言ってユーキの手に持っているものを見る。この時代にどこの誰が、一人で手にランチを持って、外に出ることがあろうか。


「一週間ほど前に、マックスという冒険者一行と一緒にここに入ってきた者です。今日は冒険者になれた報告でもと思って……」


 そう言って持っていたものを差し出す。いかつい顔が少し柔らかくなり、ごつごつした手がユーキの肩をたたいた。


「おぉ、そうか。そいつはめでたい。わざわざ儂等のようなところまで来なくてもよかろうに。今すぐには食べれんから、そこの詰所の若いのに渡してくれ。ありがとうよ」


 ユーキは指さす方にある木のドアの方へ渡しに言った。中にいた衛兵も話を聞いていたらしく、頑張れよ、と励ましてくれる。その背後で声が響いた。


「ク、クリフ隊長! ごごご、ゴルドー男爵と冒険者一行と思われる一団を発見!」

「何だと!?」


 クリフ隊長と呼ばれたダンディなおじさんが驚愕の声を上げる。目の前にいた衛兵もすぐに詰所から飛び出した。


「アルフレッド! 冒険者ギルドに緊急伝令! 『ゴルドー男爵を発見。治癒魔法の魔法使い、または僧侶を複数名派遣されたし!』」

「アルフレッド一等兵! 冒険者ギルドに! 『ゴルドー男爵の発見報告。治癒魔法の魔法使い、または僧侶を複数名派遣要請』を行ってまいります」


 復唱をした衛兵はすぐさま近くの馬にまたがり、メインストリートを駆け抜けていく。こういう時のために、いつもメインストリートの真ん中を歩く人はほとんどいない。

 クリフは、そのまま最初に叫んだ衛兵に命令を下そうとして口を開いたあと、こちらに歩いてくるゴルドーたちを見つめた。目尻のしわがさらに深くなる。


「ハロルド! その場で待機だ。どうも嫌な予感がする!」


 ユーキは目の前で起こっていることにほとんどついていけてなかった。ただ、門の外からボロボロになった人が五人、歩いてきていることを目で見ているだけだった。

 剣は刃こぼれ、杖や槍は折れ、みな俯いて満身創痍という状態だ。もはや歩いているのが奇跡といってもいいくらいの様相を呈している。


「隊長! すぐにでも肩を貸して詰所に寝かせるべきです」

「ならん! 隊長命令だ。その場で全員待機!」


 そうこうしているうちに門の石畳の床にゴルドーたちの足がつく。


「…………ぅぁ」


 もはや声を出す気力もないのか。ぶつぶつと呟く声しか聞こえない。そんな彼らにハロルドが声をかける。


「ゴルドー男爵とその冒険者一行とお見受けします。いったい何があったか、簡潔にお話しいただけますか。それか、体調がすぐれないようでしたら詰所にご案内しますが」

「………くっ」


 だが聞こえていないのか先頭の剣士はそのまま進もうとする。


「わかりました。その様子ではもはや体力も限界のご様子。詰所にご案内しますので、無理をなさらないでください」


 ハロルドが振り返って、控えている衛兵に手を上げた時だった。冒険者一行の顔が一斉に上がる。

 その目は血走り、口からは涎を垂らし、おおよそ人のする顔ではなかった。


「肉だぁ!」

「ハロルド! 伏せろ!」


 日頃の訓練の賜物か。クリフの放った言葉にハロルドはノータイムで従い、地面を転がった。

 ハロルドのいた場所に剣士の手刀が突き出されている。


「総員! 武装展開、前面包囲!」


 クリフは槍で剣士の腕を跳ね上げて、後退させる。


「今の行動を攻撃の意志ありと判断し、捕縛する! これ以上の攻撃の意思を見せた場合、国家反逆の意思ありと判断し、この場で処断する!」


 取り囲んだ四名の衛兵たちから突風のように殺気が突き刺さる。自分に向けられたわけでもないのに、その雰囲気だけで殺されると錯覚する。

 対して、冒険者たちは気にすることなく。目の前の衛兵にとびかかった。


「迎撃ー!」

「「「おおおおおおおおおお!」」」


 クリフの掛け声に、衛兵が雄たけびを上げて冒険者たち四人と衝突する。クリフは隊長というだけあり、剣士の頭をぶち抜いた槍で、そのまま左方で押し合っていた男――――おそらく魔法使いだろう――――に体だけになった剣士を蹴飛ばした。

 押し合っていた衛兵も、それをわかっていたのか一瞬でその場を飛びのく。もんどりうって倒れたところに、衛兵二人が槍で両腕を刺して、さらに足で腕を押さえつける。


「まずい! そっちに抜けたぞ」


 ぼうっと見呆けていたユーキにハロルドの声がかかる。

 見れば四足歩行の獣じみた動きで地を駆け抜け、あっという間に目の前へ跳躍する筋肉隆々の男――――だったもの――――の姿が瞳に映った。


「ひっ!?」


 ここですかさず剣を抜いて盾代わりにできたのは、奇跡だろう。

 だが、体格差もありその勢いで地面に押し倒される。剣の腹で相手を押しのけようとするが、馬乗りになられて、むしろ押し返されてしまった。

 昼間だというのに爛々と光り輝く赤い瞳が間近に迫り、吐き気がする。余計に腕から力が抜け、大きく開けた口が首に迫ってきた。


「少年! 気合で維持しろっ!」


 およそ十メートルの距離。近いようで遠い場所からクリフが叫び、

 首筋に男の犬歯が迫るのをユーキは雄たけびを上げて、ほんの一瞬だけ引きはがす。


「――――ナイスだ。少年」


 そう呟いたクリフが左の目の端に映った。その瞬間、クリフの足元から白銀の閃光が走り、自分にかかっていた体重が急に消えた。右側から甲高い音とうめき声が同時に響く。

先ほど宙に放り投げられた槍が男の胴体を貫通し、地面へと男を縫い付けていた。


「(まさか、槍を蹴って投げたのか!? なんてコントロールだ……)」


 現状わかっている情報をまとめ上げると、そうとしか考えられなかった。そして、事実であった。


「さすが、隊長。番犬の究極技法アルテマアーツ、いまだ健在ですか」


 そう呟いた衛兵が、駆け寄ってくる。どうやら襲ってきた者はあらかた殺したか、捕縛したかだ。

 ハロルドが手を差し出してきたのを握って体を起こす。


「悪いな、君みたいな一般人を巻き込んでしまって」

「いえ、みなさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」


 そのまま辺りを見渡す。頭のない剣士、腕を突きさされて拘束された魔法使い、腹を槍で縫い止められた筋肉ダルマ、そしていつの間にか首を落とされた女魔法使い。

 見渡していたユーキにクリフから声がかかった。


「おし、怪我はないな。お前ら、とりあえずギルドの職員が来るまで待機――――」

「――――ゴルドーがいません」


 ユーキはクリフの言葉を遮って言い放つ。その瞬間、周りの衛兵が武器を構え、辺りを警戒する。


「町の中に向かったのは、そこの筋肉男だけです!」

「外壁門の外にも見当たりません!」


 すぐに何人かの報告が上がり始める。外壁上にいた衛兵も騒ぎに気付いて、十数名が門の周りに集結した。


「総員! 各二名ずつ捕縛した敵について拘束または見張りを続けよ! 残ったものは五名一部隊としてゴルドー捜索にあたれ! 儂は、ここに残って処理をする」


 全員が敬礼してすぐに行動に移す。その動作には迷いが一つもなかった。

 メインストリートの向こうから馬が走る音が聞こえてくる。どうやら冒険者ギルドの職員たちが到着したようだった。

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