死の舞踏Ⅰ

 ユーキは毒草を取り終えて、一息ついた。一日目から本気を出しすぎたのか、半分以上の毒草を刈りきることに成功している。額の汗をぬぐい、水分を補給して空を見上げた。


「まぁ、明日にでもなれば生えてきていそうな気がするけど……」


 傍には二つのパンパンになった袋が転がっている。午後の作業に取り掛かる前に一度ギルドに換金に行くべきなのかもしれない。ついでに飯も食べてこようと立ち上がったユーキの目の端に何かが映る。


「いっけえええアイリス!」

「まかせ、ろー」


 片や気合が入った声、片や気の抜ける声が左耳から聞こえてくる。不思議に思って振り返ると、青い髪の幼女がミサイルのごとく空中を飛んできていた。


「はあああああああああああああああああああああああ!?」


 いくら何でもおかしい光景に叫んだユーキの腹に、アイリスと呼ばれた少女の頭突きがぶち込まれる。いくら腹筋があっても、いかなる技によるものかはわからないが、三、四十キロの物体を時速数キロでぶち込まれれば、命が危ない。


「おぶっ!?」


 腹からくの字に曲がった体は物理法則に従って、そのままの勢いで仰向けに倒れる。意識が飛びそうになる中で少女を受け止めたことにユーキは鈍痛の中で、自分に称賛を送った。


「確保するつもりが、確保された?」


 腹に当たった勢いで前回り半回転した少女は、何事もなかったかのようにユーキに腰を支えられ首を傾げた。


「うぐっ……大丈夫か?」


 咽ながら体を起こすと目の前には、青と白のストライプの逆三角形――――すなわちシマパン――――である。


「あう……お嫁にいけない?」


 前回り半回転をしたアイリスはユーキの足元側に頭がある。そんな状態でユーキが体を起こせば、こうなるのは当然の結果だった。頭の中が真っ白になるユーキに赤い髪の少女が近づいてきて肩をたたく。


「なんだ、兄さん。そっちの趣味があるのかよ。二股でロリコンとは業が深いねぇ」


 たっぷり五秒は停止していたユーキだが、即座に目の前のあられもない格好をしている少女をすぐに立たせて、言い放った。


「初対面の相手に、ドッキリ大サーカス人間大砲ぶちこんだ挙句、被害者の俺が何故そこまで罵倒されにゃあならんのだっ!」


 肩を上下させながら、一息で言い切った。一方、言われた側の少女二人組はきょとんとして顔を見合わせる。


「なぜって……」

「……面白いから?」


 一瞬でユーキは理解した。この手の人種には正論を振りかざしてもトンデモ理論でひっくり返される、と。無駄に張り上げた声は、反動として疲労の蓄積された体に響き、めまいを起こす。肩を落として、両膝に手をついたユーキに赤い髪の少女から声がかかる。


「まぁまぁ、さっきは悪かったな。あたしはマリー。こいつはアイリスだ。初めましてー、っでもって今後ともよろしくー」


 マリーは片手を上げて敬礼もどきをする。その横で、アイリスは服の乱れを直した後お辞儀した。


「アイリス、です。よろしくお願いします」


なんだか誤魔化されたままでいい気分はしないが、冗談半分でやった――――にしても質が悪いが――――二人にこれ以上、何か言う気も起らないユーキは姿勢を何とか正した。


「ユーキだ。今後ともよろしくするかどうかは、君たちの行動次第だけど……」


 せめてもの反撃をしてみるが、どちらの少女にも効果はないようだ。二人は目線だけ合わせると、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「なるほど、ユーキか。見た目と言い、名前と言い、和の国出身で間違いなさそうだな」

「サクラと、お揃い」


 アイリスがユーキの頭を指さす。ガンドのこともあって、一瞬、ユーキはぎょっとするが、すぐに返事を返そうとした。


「いたぁ! 二人とも待ちなさいっ!」


 その瞬間、後ろからサクラの声が響く。何事かと思ったユーキの目の前にサクラが猛スピードで割り込んだ。走ってきたのか、若干、息が上がっている。一体どういう原理なのか、陸上選手も驚くようなスピードで走ってきたように見えた。


「ユーキさん。何か二人にされてないですか?」


 肩越しに、サクラが振り返る。もうすでに人間ミサイルをぶち込まれた後なのだが、話がこじれるので誤魔化しておく。


「いや、特に何もなかったよ。二人はサクラの友達かな?」


 そう話しているサクラの後ろでマリーが片手を上げて平謝りしていた。


「そうですか。それならば良かったです」


 ほう、と息を吐いて落ち着くサクラ。

 だが、油断してはいけない。何度も言うがこういう類の連中は、次から次へと爆弾を投下するような者ばかりだ。


「サクラとユーキ、お付き合い中?」


 アイリスの爆弾発言にマリーも思い出したかのように言葉をつなげる。


「そうだ。お前らって付き合ってんのか?」

「な、なな何をいきなり言ってるの。マリー!」


 慌ててサクラがマリーの肩を掴む。体を前後に揺さぶられ、首を前後にがくがくと揺れ動かしながらマリーは笑っていた。

 ユーキは呆れたように頭を掻きむしる。女子学生というのは恋バナに背びれ尾ひれをつけて話したがる。頭の中で疑われないような言葉を選び、簡単に話を聞かせることにした。


「冒険者ギルドの依頼で来た時に、薬草がある場所を教えてもらったんだ。何度か、ここに来るときに顔を合わせたんで自然と話をするようになっただけ。悪いけど、君たちを楽しませるような浮いた話はない。残念だったね」


 マリーは心底残念そうにため息をつく。

 そして、ユーキの目の前でサクラも不満そうな顔をする。ユーキとしては、まったくもってサクラの不満が理解できなかった。せっかく、くだらない話の種をつぶしたというのに。


「まぁ、いいや。あんた悪そうな人じゃないし――――いや、別の意味では悪いやつかもしれないね」

「朴念仁」


 二人して、サクラの顔を見る。サクラは、いつもこの二人にからかわれているのが伺えた。


「それじゃ、あたしらは午後の授業があるから失礼するぜ」

「次は魔法薬学だから、移動教室。一番遠い塔」


 やべぇ、とマリーはサクラとアイリスの手を掴んで走り出す。


「じゃあな。今度、一緒に食事もいこうぜ」

「デザート食べ放題がいい」

「あ、急に引っ張らないで。ゆ、ユーキさん、また今度!」


 三人がいなくなり、辺りが急に静かになる。たまには喧しいくらいがいいのかもしれない。後にアイリス人間ミサイルを何度も受けることになるユーキは、呑気にそう思っていた。

 その後、特にすることもないので、ギルドへと毒草を持って行くことにした。


 「承りました。デメテル毒草……千五百本ですね。四万五千クルになります」


 よくわからない角のお姉さんから銀貨が渡される。もしかすると、竜人とかなのかもしれないと思っていたが、その興味よりも今は一つの不安があった。

 それは、自分の採取効率が他の人と比べて異常なので、何か疑われたり変な目で見られたりしていないかということだ。

 不安になったので聞いてみたが、普通は一日かけて三百本くらいを集めるらしい。それでも日に九千クルならばいい方だろう。それに対して、自分はその五倍。

 しかし、受付嬢曰く十倍位までなら今までにあったことなので特段気にしていないらしい。尤も、驚くべきことなのには変わりはないようだが。

 一安心して、銀貨を半分しまい、残りをギルドへ預けようとしていると、思い出したように慌てて話しかけられた。


「そういえば、採取は外壁――――王都の外で行われていますか?」

「はい、日によっては……ですが」


 最初は外壁が何かわからず、言い直した説明で何のことかを理解したユーキは正直に答えた。やはり、何か問題でもあったのかと心臓が跳ねる。そうこうしてる間にも、受付嬢は話を進めていく。


「そうですか。先日、王都から十キロも離れていない場所で冒険者数名と貴族が行方不明になりました。冒険者ギルドでは盗賊または魔物によって襲撃されたものと判断し、注意喚起を行っております。有力な情報などがあれば報酬も用意しておりますが、欲に目が眩みをなさることがないようご注意ください」


 当分、外に出る予定がないユーキとしては関係のない話だった。お礼を言って、その場を後にする。その後ろ姿を見守っていた受付嬢は、近くを通りがかった猫人の職員に話しかけた。


「アニータ。うちの薬草の一日納品最高記録って、三千本くらいかしら」

「そうニャ。この前来てたマックスの所が打ち立てた記録ニャ。あのときは、ルーキーが大量の年で面白かったニャ。エレナも会ったことがあるはずニャ」

「そう。マックスっていうと……バランスの取れたの所ね」

「そうニャ。ニャ。それがどうかしたかニャ?」

「……まぁ、大丈夫よね」


 若干、ユーキに勘違いさせる情報を与えてしまったエレナという受付嬢は、ユーキが納品した薬草を見つめる。ただ勇輝には、納品の基準が単独なのかパーティなのかは、聞かれていなかったので間違ったことは言っていないはずだ。

 それでも単独で歴代記録の約半分を集めたということは、そのときのパーティーの二倍の効率で動いていたことになる。エレナは考えるのをやめて、報告に来た次の冒険者の対応に戻った。

 そんな会話が交わされているとは知らないユーキ。ギルド商店で革袋をもう一つ購入して、学園に向かう。その途中でメインストリートの飲食店に入り、メニューを見るとオススメにピザがあった。

 腹ごしらえに一枚頼んで待っていると、後ろから数人の男が話し合う声が聞こえてきた。


「おい、知ってるか。何でも成金貴族のゴルドーが街道で子飼いの冒険者ともども行方不明になったってよ」

「あぁ、聞いたさ。冒険者ギルドでは大騒ぎになってたぜ」

「大きな声じゃ言えませんが、あこぎな商売に手を染めてたって話ですよ。本当ならば罰が当たったんですよ」


 どうやら先ほど冒険者ギルドで聞いた話らしい。既に町中に話が広まっているのかもしれない。さらに耳を澄ますと若い男が語っていたところだった。


「なんでも、不老不死になる秘薬を欲しいがために、銀貨にすらならないものを、あの手この手で金貨に変えていたって話ですよ。『貴族である俺のものを買い取れないのか』が常套句だったらしいです」


 あちこちの中小規模の商人がゴルドーという貴族に半強制的に取引を持ち掛けられたらしい。やはり、どんな国でも汚い金や腐敗した政治家は存在するようだ。そして、対となるようにそう仕向けるようなくだらない輩も大勢いる。表向きがきれいなだけで、ちょっと裏を覗けば、どこにでもある世界だ。

 そんな話を一通り聞いて頭の片隅に追いやった後、ユーキは目の前に運ばれてきたピザを食べながら、午後の刈り取り工程を考える。そのおかげか、午前よりも収穫は増えて、最終的に一日で金貨一枚分を稼ぐことに成功したのだった。

 ただし、依頼履歴はしっかりと記録されており、こっそりとギルドの一日の採取量歴代記録クラスの量を、単独で納品したことがギルド職員の間では話題になっていた。

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