水の都オアシスⅢ

  羊皮紙に情報が書き出される。


 氏名:ユーキ・ウチモリ

 年齢:十六歳 

 性別:男 

 出身:不明

 種族:人間

 健康状態:良好

 魔法適正:可

 特性:魔眼 ※要検査

 

 コルンの目が一点に釘付けになった。


「お、おぉ……!」


 羊皮紙を持ち上げ間近で見て、確かめる。


 ――――魔眼。


 各個人により様々な特性を持ち、ヒト族をはるかに上回る存在種である神や天使、悪魔でも持つものが少ない特異体質。

 そして、何より特筆すべきは驚異的な発動速度――――「見る」という瞬間動作をもって、効果を発揮する一種の反則。


「(王国内でも数十人しか見つかってない希少体質レアスキル! まさか、そんなものに出会えるとは……)」


 思わず手が震え、それが全身に広がっていく。声まで震えそうになるのを堪えて、ユーキへ呼びかける。


「特性・魔眼の存在を確認しました。別室での検査をさせていただいてもいいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 ユーキは頷いて、コルンの示すドアを見る。長い杖に蛇が巻き付いたマークがある板がぶら下がっていた。その部屋からちょうど出てきた人物が、負傷者であることから推測すると救護室的な場所なのだと判断できた。


「え、ユーキさん魔眼持ちなんですか!?」


 サクラが声を上げるのを、ユーキは口元に人差し指を出して、声を潜めるようにさせた。マックスたちの時も同様の反応だったが、あまり広がるとよくないことも呼び寄せてしまいそうで、ユーキは神経質になってしまう。


「悪い。あんまり知られたくないから秘密にしておいてくれ。受付を教えてくれてありがとう。ちょっと検査に行ってくる」


 受付の雰囲気から厄介ごとになりそうな予感がひしひしと伝わって来ていた。ユーキの足取りはどこか重い。


「うん。私も薬草提出するのに時間がかかるので、また後で」


 どうやら、サクラは検査の後もついてくるみたいだった。口止めの方法を考えながら検査室へ向かう。

 その先ではコルンが扉をノックし、先に入るように促していた。

 中には、童話の世界に出てくるような長い白髪、白髭のおじいさんが座っていた。座っていても背が高いだろうことがわかるくらいの体で、体格もしっかりしている。服装も、色が白なのを除けば、それこそ本当に童話の魔法使いに見られるローブに、とんがり帽子だ。


「なんじゃい。また、どっかの誰かがモンスターにやられたのか! 本来なら、儂がする仕事ではないというのに、今日に限って大勢来おる」


 冷静でありがなら怒り半分、あきれ半分の声が部屋に響く。人差し指でこめかみのところを掻きながらため息をついて、こちらに向き直った。


「いえ、登録の情報の中に検査が必要な項目があったので、ご案内しました」


 老人の眉が上がる。鈍い金色の瞳が煌いたように見えた。机の上の書類を近くの棚にしまってスペースを確保する。片手で座るよう指示を出しながら、矢継ぎ早に問いかける。


「やれやれ、どんな特性じゃ。人狼化かの? 幽体離脱かの? それとも、神託かの? あぁ、それとも最近よく話題になる―――」

「魔眼です。ミスター・フォーサイス」


 手を大げさに広げて語っていた動きが止まった。手を下げて、前のめりになりながら、ユーキの顔を見つめてくる。


「はて、最近、耳が悪くての。もう一度いってくれないか?」

「魔眼です。にひっかかったので、お連れしました」


 羊皮紙を置いて、コルンが退室する。

 フォーサイスの手がローブのポケットに突っ込まれ、銀色の円筒状の物体が出てきた。

 右手で一振りすると懐中電灯のようにまっすぐな細い光の帯が宙に放たれ、左手で指を鳴らすと部屋が暗くなった。


「ふむ、少年よ。今から眼に光を当てて、検査する。少しばかり眩しいが、我慢するのじゃ」


 左手の親指で上瞼を軽く押さえる。強烈な光で思わず目を瞑りたくなるのだが、それすることは叶わない。


「うむ。上を見て……下を見て……右を見て……うむ、今度は左じゃ」


 一通りやったあと、下瞼を押さえられ、同じように目を動かす。両目を確認した後、フォーサイスは一言、首をかしげていった。


「ふむ、自分で使えるようなら、使ってみてくれんか?」


 そういって一度光を逸らす。残像が瞼の裏に焼き付いて、相手の表情が見えない。はい、と返事を返す。


「どのような様子じゃ?」


 ユーキは質問に答えるか迷ったあと、暗闇でも物体が見えることだけを話した。


「なるほど、『暗視』。一体どんなものかと身構えたが、オーソドックスじゃの。いや、別に役に立たないとは言わぬ。暗闇で昼間同様の視界を確保できるのは非常に便利だ。特に、冒険者にとっては」


 左手の指を鳴らすと、部屋の明かりがつき始める。一体、どういった魔法なのかはわからないが壁や天井にある石が光を放っているようだった。


「うむ、こちらの方でやっておこう。受付に戻りなさい」


 羊皮紙の魔眼の下に「暗視」と書いたフォーサイスが退室を促す。子供がおもちゃを見つけたような無邪気な顔で、フォーサイスは羊皮紙を丸めながらユーキに微笑んだ。

 ユーキは、軽く頭を下げて退室した。そのまま、受付のところに戻ると、コルンからカードを渡される。


「登録者カードになります。依頼の受付、報告以外にも身分の証明になるため失くさないようご注意くださいませ。また、ギルドの依頼履行数や貢献度によりランクが設定されます。最初はFランクから始まりAランクまで存在します。Dランクを超えた方々にはギルド施設などの使用権利が与えられ、上位ランクになるほど優遇される形になります。もちろん、それ相応の待遇になるためランクが上がるごとに条件は厳しくなりますので、ご注意ください。もっとも、Dランク程度であれば人によっては一、二週間で上がれる程度のものなので気負わずに頑張っていただければと」


 笑顔で告げたコルンだったが、すっとその顔から笑顔が消えて、真剣な顔そのものになる。


「最後に『冒険者は、冒険の最中に冒険するなかれ』。この言葉を贈らせていただきます。意味は、これからの生活の中で、ご自身で把握してください。以上です」


 頭を下げたコルンさんにユーキも答えて、最初の座っていた先に戻る。

 そこではマックス達が報告を終えて、待っていた。


「お、その顔を見ると登録してきたってところかな。とりあえず、同じ冒険者として応援するよ」


 マックスがサムズアップする横でリシアとレナも頷く。


「まずは薬草とか毒草の採取依頼系統がオススメ。ポイント稼げてランクも上がりやすい。お金と低品質とはいえポーションも貰える。外での活動のときにも使える知識になって一石三鳥。オススメ採取場所は、アラバスター商会の西にある空き地と王立魔法学園の林。裏技は、依頼書を三種類ほどとってから全部集めたり、二、三倍の量を持っていくと楽」


 レナが珍しく、罵倒以外の言葉をユーキに向ける。Vサインで、ほんのちょっぴりドヤ顔だ。


「一日に何回かやればご飯と宿には困らない程度のお金がもらえるから、少しずつ頑張るといいよ」


 リシアも両手をぐっと握って、応援する。ユーキも思わず笑顔になる。


「ありがとうございます。当面は皆さんのアドバイスに従って頑張ってみます」

「おう、じゃあ次に会うときには俺みたいにかっこいい騎士になってることを祈っとくな」


 片手を出したマックスにユーキも握手で答える。


「騎士になるかどうかはわからないけど、恥ずかしくない程度には成長して見せますよ」


 冒険者マックス一同とは、ここで一度別れることになった。冒険者として活動していれば、いずれどこかで会うことになるだろう。

 入り口を出ていくマックスたちを見送ったあと、さっそく採取系の依頼をユーキは探す。

 さっそく、依頼掲示板の内容を見てみると薬草の挿絵付で羊皮紙が張られていた。

 

~依頼~

『依頼内容:レメテル薬草十本 報酬:百クル、下級体力ポーション引換券一枚、ポイント一(E・Fランク限定)』

『依頼内容:デメテル毒草十本 報酬:三百クル、下級精神ポーション引換券一枚 ポイント一(E・Fランク限定)』

『依頼内容:ソラスメテル薬草一本 報酬:千クル、下級体力ポーション引換券五枚 ポイント五(Dランク以下限定)』



 目についた三つの依頼書を取り外し、依頼受付にまで持っていく。そこでは、ウサギ耳の女性がてきぱきと他の冒険者を捌いていた。数分するとユーキの番が回ってきたので羊皮紙を提出すると、簡単な説明を受けた。


「カードと依頼書の確認が完了しました。どれも同じ場所に自生していることが多いので、依頼書の図を見比べて間違えないように仕分けて持ってきてください。この系統の依頼は、常に募集しているので、一度に何十本と持ってきていただいてもかまいません。私有地の場合は必ず許可を取ってから採取するよう注意してください」


 受付のウサギ耳の女性は一通りの説明を終えると、依頼書とカードを返還する。

 その際にウィンクをしながら、「頑張ってね、新人さん」と言われてしまったので、若干、どこか気恥ずかしい。顔が赤くなってしまったのは、仕方のないことだろう。

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