水の都オアシスⅡ
「おい、ユーキ! こっちこい。外壁が見えてきたぞ!」
宿を出発し、馬車に揺られていたユーキは、ウッドの呼びかけに答えて御者席に顔を出す。
「すごい……きれいだ……!」
思わず、そんな言葉が口からこぼれる。
水を溜めこんだ堀、太陽の光を受け白く輝く外壁。知らぬ者が見れば外壁が光っているのではないかと勘違いをしてしまうほどの眩さすら感じる。近くに来てみれば、それがただの岩でできているのではなく金属質な光沢があることが分かった。
「ここの外壁や城壁はミスリル原石で組まれてるんだって」
リシアが横に来て自慢げに胸を張る。その動作で揺れる胸を一瞬、凝視してしまったユーキとウッド。
幸運なことにリシアに気付かれることはなかった。
門の右側では徒歩で来た人たちが列をなし、左側では馬車が列を作っていた。馬車の多くは商品を積んでいるか。武装した人間を積んでいるかだ。
「次の入都者、前へ」
槍を持ち、鎧を纏った衛兵がウッドに呼びかけた。顔つきからは熟練の兵士といった雰囲気が感じられる。
「入都理由は何だ?」
「冒険者ギルドの依頼によるゴブリン討伐。帰還パーティー四名。冒険者ギルドに入りたくて来た奴が一名同乗している」
衛兵の質問にウッドがなれたように答える。高齢の衛兵は他の若い衛兵に指示を出し、荷車の下などをチェックさせた。特に問題はなかったのか、衛兵は次の言葉を紡いだ。
「うむ、では冒険者ギルドの依頼書を見せてもらおう」
その言葉にマックスがポケットを探る。
若干、慌てている姿に衛兵の目が細くなった。
「えっと、確か朝、ポケットに入れたよな。いや、昨日の服に入れっぱなしか。ちょっと待ってくれ」
「マックス。こういう時は事前に用意しておくのが常識」
レナにやれやれといった感じでたしなめられた。
「気付いてるんだったら声をかけてくれてもいいじゃないか。お、あったあった」
探していたものが見つかったようで、衛兵にも平謝りで見せにいく。
「――――確かに、冒険者ギルドのものと確認した。入都への徴収は免除とする。残りの一名の同乗者は銀貨一枚を支払うように」
その衛兵にあらかじめポケットに入れておいた銀貨を手渡す。
衛兵は、俺の顔をじっと見た後、敬礼した。
「オアシスへようこそ。我々は君を歓迎する。立派な冒険者になってくれ」
「はい、ありがとうございます」
鋭い眼光の兵士はニッと笑い、次の馬車に呼びかけた。
胸の高鳴りを押さえて、門という名のトンネルを抜けると、活気に満ち溢れる大通りが広がっている。
隙間なく並べられた石畳。行きかう様々な服装の人々。飛び交うにぎやかな声。
その通りの先には大きな城が見えた。外壁と同じように輝く城壁。ところどころに翻る青地に白と金で刺繍が入った旗。
そびえ立つ塔を見れば、青い屋根がまた外壁とは違った光を放つ。まるで、それは王の威光を表すかのような姿だった。
「どうだい、ユーキ。オアシスの第一印象は」
マックスが誇らしげに話しかけてきた。それに返す言葉は一つしかなかった。
「最高ですよ。文句を言おうものなら罰が当たります」
目を合わせてお互いに笑う。
「(確かにこんな立派なところなら、誇らしくなるのも当然か)」
周りを見れば様々な店にあふれている。雑貨屋、武器屋、防具屋、薬屋など様々な店が立ち並ぶ。中には明らかに怪しい雰囲気の店や閑古鳥が鳴いている店もあったが、大通りに店を構えているので、きっとそれなりに売れているのだろう。
そんな感想をユーキが抱いていると馬車が止まった。
「おし、着いたぜ。俺は邪魔にならねぇところにコイツおいて世話してっから、後のことは任せた」
全員が下りたのを確認した後、ウッドは建物の脇の道に入っていく。
左手を見上げると、乳白色の建物があった。他の建物よりも幅が広く、存在感を放っている。
正面玄関の上には冒険者ギルドと書かれ、様々な武器や道具を持った人々の石像が突き出された玄関の屋根に置かれていた。
すでに歩き出していたマックス達の後をユーキは追いながら、冒険者ギルドとかかれた下にある文章が目に入った。
『冒険者よ。冒険の
その言葉にユーキは目が離せず、その言葉を頭の中で反芻しながら、ギルドの中に足を踏み入れる。
鏡のように光る大理石のような床。あたり一面を電球の光にも負けない灯りで照らすシャンデリア。その個々の光は炎ではなく白色の石が放っている。窓口がいくつも設けられ、様々な武具を身にまとう人々が列をなしていた。
両側から弧を描く階段の先にはテーブルと椅子が用意された二階が見え、何人かの人たちが賑やかに言葉を交わし、食事を楽しんでいる。
右側を見れば木の板に、羊皮紙が何枚も張られ、何人かの人がそれを剥がして受付に向かっていた。
左側を見れば薬品棚や、重量計のようなものが置かれ、物品と貨幣を交換しているのが見られた。
あぁ、とユーキは思わず頷いた。俺の求めていたファンタジー世界はこれだ、と。
マックス達が依頼の報告に行っている間に、ユーキは近くの長椅子に腰を下ろす。
周りの人を観察すれば、様々な人がいる。剣や槍、弓に始まり、杖、槌、モーニングスターなどの武器を持っている。
そして、物語でしかみられない犬耳や猫耳をもった獣人。耳が長くとがったエルフ。背の低い毛むくじゃらの髭を生やしたドワーフ。
視界に入るものすべてが新しいものばかりで、たとえそれが本の中で見た存在であっても、実際に見るのでは大きな違いだ。そもそも、本来ならば彼らはいないと思っていた存在なのだから、じっと見つめてしまうのも無理はない。
辺りを見渡しつくしたユーキは、間を開けて隣に座っている少女がこちらを向いていることに気付いた。
「あなたも和の国出身?」
そう言って微笑んできた。さっきまで眩しいと思っていたシャンデリアの光がかすむくらいの笑顔だった。
少なくとも、ユーキにはそう感じた。見れば顔立ちもまだ幼く、今のユーキよりも一、二歳年下に見える。年上のマックス達と違って話しやすそうだったが、初対面となると話は違ってくる。
「あ、えーっと……」
何と答えればいいのか戸惑っていると、さらに続けて話しかけてくる。
「きっと、そうでしょ。黒い髪と瞳は和の国の人の特徴だもの」
言いながら腰を浮かせて、近くに寄ってきた。ボブ気味な髪が揺れて、フワッと鼻孔を微かな花の香りがかすめていく。
ユーキは背を逸らしながらも、目を彷徨わせて服を見れば、元の世界の制服に似た格好をしている。左胸に輝く刺繍は校章のようにも見えた。
「あぁ、たぶん、そうだと思う」
黙ったままなのも居心地が悪くなりそうなのでユーキは、そう答えることにした。
「たぶん……?」
「この国に入る前のことを覚えていないんだ」
その言葉に少し申し訳なさそうに、顔をそむける。
「その、すいません。失礼なことを聞いて」
「いいよ。特に気にしていないし。それに―――」
――――どうせ、君とはここで別れれば会うこともないだろうし。
「それに?」
「いや、何でもない」
思わず呟きそうになったことを飲み込んで、逆に質問する。
「君は何しに、ここへ?」
自分よりも若い子がゴブリン退治にでも行くのかと想像すると、ユーキは頭が痛くなった。それこそ、世も末ではないか。
「私は魔法学園の宿題で薬草を納品に来たの。今は列が混んでるから、空くのを待ってるの」
そんなことを言って、皮の袋をプラプラさせる。どうやら薬草が入っているらしい。袋の口からギザギザの特徴的な葉が飛び出していた。どうやら、世は十代前半の学生に化け物と戦闘させるほど腐っちゃいなかった。
「あなたは――――って、ずっというのも言いづらいね。私はサクラ。あなたの名前は?」
もう会わないだろうと勝手に思っていた矢先に、名前を聞かれたので少しばかり戸惑ってしまった。
しかし、すぐに思考を切り替えて答える。
「ユーキだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。それでユーキさんは、どうしてここへ?」
満面の笑みを正面から受け止めきれなくなったユーキは、待機列の中のマックスを探しながら答えた。
「知り合った冒険者の人に連れられてね。冒険者として登録しに来たんだ」
「なら、こっちに来て。今なら登録窓口は空いてるから」
そう言うやいなや。手を掴まれて案内されてしまう。細い腕のどこにあるのかというくらい強い力で引っ張られる。
「こんにちは。こちらは冒険者ギルド登録窓口です。確か、サクラさんは既に登録済みのはずですが、どうされましたか?」
「こんにちは。いつもお世話になってます。この後ろにいる人が登録したいそうなので案内したんです」
その言葉に受付の女性がこちらに目を向ける。銀の髪のてっぺんから、何の動物かはわからないが耳のような部分がちょこんと出ている。眼鏡をかけて知的なイメージだ。
「どうも、初めまして。冒険者ギルド職員のコルンと申します。本日は冒険者ギルドへのご登録ということでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
返事を聞くといくつかの書類と水晶玉、羽ペンを取り出した。
「では、冒険者ギルドの設立趣旨と簡単な規則を口頭で説明させていただきます。それ以外の部分は、また後でお読みになってください」
ユーキは頷いて先を促す。
「このギルドの設立趣旨は、各ギルドへの架け橋となり協力関係を深め、この世界に生きている人々の安全を確保し、生活水準を向上させることです。故に、その趣旨に逸脱する行為は、各ギルドすべてを敵に回すことと同義とお考えください」
後半に物騒な言い回しがあったが、要は「みんなで仲良く協力しようね! しないんだったらおしおきだぞ☆」ということだろう。もっとも、その程度がどのレベルなのかは予想できない。
「依頼については入り口右側の羊皮紙の内容を読み取っていただき、依頼受注窓口に提出していただければ、後はこちらで処理させていただきます。依頼完了後は依頼報告窓口までお願いいたします。その他、依頼に必要な道具や手に入れた物品の売買は入り口左側にあるギルド直属の商店を使っていただけるとありがたいです」
「他の商店などで売買するのはいいんですか?」
大通りには様々な武具店や薬屋があったのをユーキは覚えていた。時には、そちらへ売った方が利益があることもあるだろう。
「もちろん各店舗、商人との売買も問題ありません。ただ、ギルドとしては専門的に扱っている品が多いため、安定して買い取り、物によっては加工して供給できるので、ご紹介させていただいてます」
なるほど、と納得して説明を続けてもらう。
「二階には冒険者ギルド登録者専用のレストラン。三階には一定ランク以上の方にシャワールームなどを開放しております。そして―――」
眼鏡を指でかけなおして説明を続ける。
「これから水晶玉に手を当てて、あなたの情報を書き出させていただきます。よろしいですか?」
そう言って、水晶玉をユーキの方に移動させ、下に羊皮紙を差し込んだ。
コルンの眼は、手を置くよう促している。
隣を見やるとサクラもわくわくするような顔で見つめていた。
「(あぁ、何となくわかった。ここで俺の魔力量とか何かが数値化されるのか。そりゃ、他人のものでも気になるよな)」
その水晶玉の原理に疑問を抱きながら右手を置いた。
瞬間、ギルド中に白銀の閃光が満ち溢れる――――訳もなく、少しづつ羊皮紙に名前などが浮かび始める。ただし、魔力の数値化などは見受けられない。それでも、ユーキが驚くには十分だった。
「本当に、どんな構造・原理で俺の情報を読み取ってるんだか……」
苦笑しながら水晶玉の中に浮かぶ淡く光る白い球を
――――いきなり暴風を眼にぶつけられたかのような衝撃が走る。
「――――ッ!?」
思わず左手で眼を庇う。とてもじゃないが眼を開けてなんていられない。
歯を食いしばって、耐えようとした。そのとき――――
「えいっ!」
「おうっ!?」
今度は脇腹に物理的な衝撃が走る。
「な、何を……?」
どうやらサクラが脇腹を指でつついたようだ。
「だっていきなり、左腕上げたまんま動かないんだもん。もう結果は出たみたいだから放しても大丈夫みたい」
「あ、あぁ、そうか。ありがとう」
さっきの光の衝撃はなんだったのか。そう疑問に思いながらも、手を放す。
「ありがとうございます。では、内容を確認させていただきます」
そう言って羊皮紙を引き抜いたコルンの目は見開かれたまま固まってしまう。
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