水の都オアシスⅠ

 ユーキは今、マックス率いる冒険者パーティーに同行し、王都を目指していた。

 そんな彼らの状況はというと――――


「ウッド! もっとスピードでないのか!」


 マックスが後ろから怒鳴る。


「これが限界だって! これ以上スピード上げたら馬の方が先に逝っちまう!」


 冷や汗をかきながら右手に槍、左手に手綱を持って、ウッドは馬を急かす。

 時折、横から飛んでくる矢を弾き飛ばして馬や自身を守ると、今度は矢を射かけた相手にマックスが積んであった石を投げつけた。


「おっし、ナイスヒット!」


 側頭部に命中し相手は落馬する。その体を後続の仲間たちが気にせず、追い越していく。運悪く、最後の馬が落馬した者の体を踏んでスリップを起こし、さらにもう一人が馬から体を投げ出すことになった。その落ち方も最悪だったようで、手綱が引っ掛かり、頭部から真っ逆さまに落ちてしまう。

 遠くにいたにもかかわらず、ユーキ達には鈍い骨の音が聞こえたような気がした。あれでは、もう助からないのは明らかだ。


「まったく、こんな時に盗賊団とは面倒です」


 そう言って、抑揚のない声で弓を引くのはレナ。馬車の後ろから追ってくる相手に対処している。

 何を隠そう。今、彼らは絶賛盗賊たちと命がけの鬼ごっこ中なのだ。


「あぁん、もうこれ以上は無理! ポーション飲まないと打ち止めになる!」


 そう言って青い薬品をリシアが飲んで瓶をしまう。盗賊との邂逅から二十分が経過しようとしていた。

 相手の数も三十人程度だったのが、やっと六人に減ったところだ。

 本来ならもっと手早く片付いたはずなのだが、それには理由がある。


「まさか盗賊団に魔法使いが五人もいるとはね。もしかして、暗殺依頼でも出されてるのか?」


 マックスが苦虫を噛み潰したような顔で後ろを見る。どうやら、魔法使いが盗賊団にいることは非常に珍しいそうだ。

 だが、その魔法使いも既に三人倒した。訂正、一人は先ほどの落馬で自滅である。

 弓使いが御者席の両脇から狙ってくるが、ウッドが矢を上手く弾いている。おそらく彼がいなければ、もっと早く全滅していただろう。

 尤も、ユーキのような人間からすれば、至近距離から放たれる矢をどんな技術で防いでいるのか、と疑問に思わざるを得ないのだが。


「ダメ、後ろの魔法使い二人。矢除けのために風の魔法を使ってる。当たらない」


 レナがリシアと交代し、両脇の弓使いに対応し始めた。

 リシアは詠唱を始めるが、敵も魔法を放ってくる。相手は馬に乗っていて避けれるが、こちらは馬車だ。

 正直、命中率は相手がどう考えても上。敵の魔法使いが警戒するのは、リシアの魔法だけで十分だから弓使いほどこっちに近寄ってこない。

 二つの火球が迫るのを見たユーキとマックスは、リシアの前に盾を持って並ぶ。拳大の火球だが着弾時は直径五、六十センチにもなるのだから恐ろしい。盾で受け止めるが、着弾時の衝撃で腕が痺れる。


「うおぉ! 馬車が燃える!? 水! 水を寄越せ、ウッドォ!」


 マックスが半狂乱になって叫ぶ。その直後にリシアが魔法を発動させた。

 一呼吸あるかないかの時間があった後、後ろの道が盛り上がり、いくつもの槍の形になって突き出される。

 馬が激突し、乗っていた魔法使いも地面に投げ出される。魔法使いは落馬すると首の骨を折る呪いにでもかかっているのか。綺麗に全員が同じ姿勢で着地した。遠目ではあったが手足が小刻みに痙攣しているように見える。


「こっちは片づけた。近くにはいない」


 残った両側に陣取っていた弓使いもレナが何とか倒し終えたようだ。ただ、かなり矢を射ったせいか、右手をプラプラさせている。


「おし、王都手前の村が見えてきたぞ!」


 そう言って、声を上げる。そんなウッドにマックスはつかみかかりながら叫ぶ。


「いいから、その水筒を寄越せ! 幌が燃え尽きちまう!」


 少し村に到着するのは遅れそうですね、などと一人呟いて、ユーキも自分の服で火を消す作業に取り掛かるのだった。

 その後、村の警備隊の人たちと街道沿いに倒れた盗賊達を回収し、盗賊捕縛の礼金と装備品を売り払うことになった。


「……おぉぅ」


 思わずユーキは声を漏らす。そんな姿を見てレナから相変わらずの声が飛んでくる。


「変態、ついには武器にまで欲情するようになったか。さすがド変態」

「いや、初めて手にする武器に感動していただけだから!」


 マックス一同の行為に甘えて、直剣と短剣、一番動きやすいソフトレザーの鎧を譲り受けた。おまけに、先ほどの盗賊の礼金の一部ももらって、所持金は銀貨四十五枚ほどである。

 装備の換金時に聞いてみたが、銅貨一枚で十円ほどの価値があり、百枚ごとに銀貨、金貨と上がっていくらしい。つまりユーキには、日本円にして四万五千円の所持金があるということだ。

 

「男ってのは何でも『初めて』が好きなんだよ! それが武器と女ならなおさらな」


 テーブル越しにウッドが余計な一言を言ってマックスに小突かれる。そして、テーブルに突っ伏す。結構ウッドは、そういった発言をして毎回マックスにツッコミを入れられている。


「とりあえず、ウッドのことは放っておいて飯を食おう。ユーキ、お前もちょっとは落ち着け。武器をずっと見つめてるとレナ以外からも変な目で見られるぞ」


 そんな忠告に従って、剣をしまう。

 マックスは軽く手を叩いた後、テーブルの中央に置かれたパンに手を伸ばしながら話し出した。


「さぁ、明日は王都に着くがユーキには、この国のことがあまりわからないようだから、少しだけ話をしておこうと思う」


 パンに切れ目を入れながらサラダを挟んで、マックスはテーブルを中指で叩く。


「ここは清らかな水溢れる豊かな国、名をファンメル。これから向かうのは、その王都オアシスだ」


 そう言って、即席サンドイッチにかぶりつく。ユーキも同じようにしてみようとパンをとる。


「建国したファンメル一世が『例えこの世すべての大地が荒廃しようとも、この地だけは豊かに水が溢れ、人々の安らぎの都になるように』という意味を込めて付けられたんだそうだと。お、これうっま」


 いつの間にか復活したウッドがベーコンを頬張りながら引き継ぐ。


「王侯貴族から平民に至るまでっ、満足度は高い。ただっ、スラムもあるからそこだけ注意。他の所に比べればっ、天と地ほどの差があるけれどもっ、それでも危険なことには変わりない」


 レナがサラダを飲み込んで説明を続ける。野菜が好きなのだろう。パンに挟まずにひたすら口に放り込んでいる。


「でも、今の国王様も『食べきれない豪華な食など、食材に対する冒とくだ!』とかいって倹約に努めてる人だから、人気も高いんですよ」


 リシアが補足する説明に頷きながら、おかしなことに気付く。


「あの、リシアさん? さっきまでそこにあったパンはどちらへ?」


 恐る恐る聞いてみると、首をかしげて当然のように言い放った。


「もう食べちゃったよ」


 食べ始めてから一分も立たずにパン、サラダ、ベーコン、目玉焼き、スープを食べきるとはなんという早食い。話しながらサラダを放り込んでいたレナですら食べ終わっていないのに、いつ食べていたのだろうか。ちなみに、この食事内容だけ聞けば、若い男子諸君は楽勝と思うに違いない。

 しかし、その発想はあまりにも短絡的。コンビニで売ってるような焼きそばパン的な大きさのものが二つ。問題はこのパンが死ぬほど堅いこと。

 サンドイッチのように挟もうとしているが、割れ目がさっきから入らない。

 少なくとも、現代に生きる若者では文字通り歯が立たない。おまけにサラダも深皿一杯、ベーコンも気持ち山になって添えられている気がする。

 ユーキは悪戦苦闘の末、割れ目をいれることを諦めて、苦笑いしながらスープにつけてパンを柔らかくして食べる。


「まぁ、限界まで魔力使ったんだ。ほれ、俺のパンやるぜ」


 そう言ってウッドは自分のパンを渡す。すると、途端にリシアの顔が明るくなった。


「あ、本当ですか? ありがとうございます!」


 なるほど、と勇輝は納得する。どうにも魔力を使うとお腹が減るのが早いらしい。

 もしかすると、騎士とかよりも魔法使いの方が大食いなのかもしれない、などとパンを放り込みながらユーキは思案する。

 そもそも、科学的に考えるならば、物質的・エネルギー的に無から有を生むことは不可能。それを魔法として出しているならば、それは自分の体の中からなのではないだろうか。もし、一食からとれるカロリーが炎の球を燃やすだけのエネルギーを持っていて、それを出力できるとすれば、理には適っていると言えなくもない。


「今日は早く寝て、早いうちに王都へ向かおう。ユーキの冒険者登録を見届けて、解散ってことでいいかな?」


 マックスが酒を片手に提案する。他の三人もそれに同意して頷いた。


「朝に出発すれば、昼前には余裕で城門を通れるだろうから、そのつもりでいてくれ」


 食事を終えて、早々にベッドへと潜る勇輝たちだった。このような村では、そもそも日が暮れたら明かりを維持するのも金銭的な負担になる。

 幸運にも、魔法石で光を放つものがあるので、起きていることも可能だったのだが、みな盗賊に追われて疲れたのか。すぐに眠ることになった。

 そんな中、マックスとウッドが寝静まった暗がりで、ユーキは体を起こした。

 ほんの少しではあるが、二日前に出発したトチ村の窓よりも透明度が高いガラスを見つめる。正確には、その向こう側の森の木々を。


「―――ッ!」


 暗闇の中で風に揺さぶられ影絵のように揺らめく木々の形が一瞬にして暗緑色の光を放ち始める。

 二次元的に見えていた世界が光によって木々の質感や輪郭を映し出す。

 初めて、この視界が広がった時に感じた痛みはほとんどない。むしろ、頭の中はスッキリと冴えわたっているかのようだった。


「(きっとこの力は、この世界で生きていくのに必要不可欠な力だ。だから、今のうちに少しでも使えるようにしておかないと)」


 村に泊まり、安全を確保できた絶好の機会だ。ちょっとの無理くらいはいいだろうと思っていたが、頭痛すらしないのはユーキにとって拍子抜けだった。

 眼を閉じてすぐにもとの視界に戻す。自分の中でも発動条件がなんとなくだが理解できていた。


「(『見よう』と普段以上に意識するのがスイッチになっているのかもしれないな)」


 そう結論付けて、また暗闇の向こうに眼を向けると、同じように視界が変化する。

 少なくとも暗闇での戦闘は他の人より対応しやすいかもしれないことがわかった。

 それだけでも十分な収穫だ。確認が早く終わったこともあり、ユーキは明日に備えて体を横たえる。数分もしない内に、勇輝のベッドからも小さな寝息が聞こえ始めた。

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