水の都オアシスⅣ

 採取道具をそろえるために、正面から見て左手のギルド商店に入ると、中にいたサクラと目が合った。


「あ、検査は終わったんですね。冒険者として、これから頑張ってください」


 微笑みながら、右手に持った依頼書を見つめてくる。

 そんなサクラにユーキは一瞬違和感をもったが、特に気にせずに頷いた。サクラはユーキの依頼書を横から見ると、軽く微笑んだ。


「あ、これ私がいつも受けてる依頼ですね。ユーキさん、初めてでしょうし、必要なものを選んであげますよ」


 自慢気に腰に手を当てて胸を張ってくるサクラ。経験者なのは事実なので、必要なものを教えてもらうことにした。すると、サクラは素早く棚から様々な道具を引っ張り出して、胸元に抱えていく。


「えーと、採取用万能短剣に薄革手袋。あと仕分け用に革袋三つですね。水筒は持ってますか?」


 たくさん並ぶ棚の間を進みながらユーキへと持ち物の確認をしていく。基本的にユーキは持っている者が少なかったので、ほとんどすべて買うことになった。


「大体これで、二千五百クルになります。銀貨二枚、銅貨五十枚分ですね。お金の方は足りますか?」

「あぁ、まだ余裕はある。大丈夫だ。ありがとう」


 そういって、店主――――といってもギルド職員だが――――にお金を払い、肩掛けのバッグにしまう。サクラが物珍しそうに肩掛けバッグを見ているが、そこは無視することにした。

 内心では、この世界にない素材・製法だったらマズイな、などと思っていたが、特に言及されずに済んだ。

 買い物をした結果、かなりバッグの中がパンパンなので非常に持ち運びに苦労しそうになった。先に、宿を探した方がいいかもしれないので、サクラへユーキは尋ねる。


「そうだ、サクラ。荷物が多いから宿を借りて荷物を整理したいんだが、どこかいいところ知らないかな」


 店先でサクラは三秒ほど唸った後に、自信なさげに答えた。


「私の学園の近くに、料理のおいしい食堂付きの宿があるんです。そこなら、朝食と夕食付で一泊三千クルで、王都の中でもかなり良心的な価格だと思います」

「(銀貨三枚分……王都ということを考えれば大分安いんだろうけど、依頼の具合によっては金欠になるな)」


 頭の中で計算しながら、今後の予定を考える。腕時計をチラッと盗み見ると正午をぎりぎりまわっていなかった。これから採取活動もする時間があると判断し、即決する。


「わかった。申し訳ないけど、そこまで案内してくれるかな」

「はい、もし良かったら街を少し紹介しながら案内しますよ。まだ、来たばかりでよくわからないと思いますし」


 サクラの申し出にユーキは苦笑する。文字通り来たばかりで、まだ到着して一時間も経ってないのだ。

 何の案内もなければおそらく迷子になるであろう。ギルド入り口を出たあたりでユーキは頷いた。


「あぁ、助かるよ。お礼に昼ごはんくらいは奢らせてくれ。年下に世話になりっぱなしっていうのは、性に合わないんだ。まだ食べてないだろう?」

「え、本当ですか! やった! ではさっそく、行きましょう。善は急げ、ですよ」


 この言葉を皮切りに、サクラによる王都オアシスツアーが始まるのだった。

 王都オアシスは城正面の魔法学園を中心に東西南北の四つのエリアに分けられる。

 北区は大半を王城が占めている。かなりの騎士を常駐させているためか、大きな訓練場が数か所に分けてあり、常に厳重な警備体制が外見からはわからないように敷かれている。

 また、外交関係のために用意された庭園などもあり、王族は執務などの合間では、そこで休憩をすることも多いとか。

 当然、城の内部には謁見の間をはじめとした様々な部屋があり、皇族と多くの侍従・騎士がいる。


「何かしらの陳情は王様本人がしっかり聞いてくれるらしいです。あまり、そういうのは他の国ではないので珍しいですよね。あ、それで今来た側なんですけど――――」


 その城の反対の南区は商業施設と低・中価格の住宅または宿泊施設、ギルド関係のものが多い。王都というだけあり、非常に出入りが多いので唯一の出入り口である南門から、すぐに商人や冒険者などが出れるようになっている。

 逆に言えば、攻め込む側は、この冒険者たちも相手にする可能性が非常に高いということにもなるのだろう。

 東区は鍛冶や紡績・縫製などの生産業を主に行っている。この都市では風が西から東へ吹くことが常の為、火事などが起こったとしても最小限の範囲で済むように配慮しているらしい。

 西区はちょっと高級な住宅が並び貴族なども住んでいる。あくまで大雑把な区画なので当然、東区に住む貴族もいれば、西区に住む平民もいるとのことだった。

 そんな簡単な紹介をしながら、北のメインストリートの店情報も同時にサクラが解説する。どの店のデザートがおいしくて、ランチのオススメなどもバッチリ記憶しているのは、やはり女の子だからだろうか。


「へぇ、こっちに来てから半年なんだ」

「はい、こちらの魔法学園に素晴らしい先生がいると聞いて、両親にお願いして留学してきたんです。私の習っている魔法とは違う形態なので、興味が湧いてしまって」


 オススメの店を紹介されたので、さっそく入店してランチをいただきながら、サクラのここに来た経緯を聞くことになった。その過程で一番の悩みは、メニューの文字がわかっても食事の内容が何か全くわからないことだ。

 例えば、元の世界で言うとアクアパッツァ。イタリア料理に興味がある人が聞けばわかるかもしれないが、知らない人は全くわからない。ちなみにこれは魚介類をオリーブオイルやトマトと一緒に煮込んだものである。

 悩んだ結果、ユーキは天に運を任せることにして、手ごろな値段のものを選んだ。そして目の前にはミートスパゲッティのようなものが届く。

 そして、サクラの前にはサンドイッチのような食べ物が置かれた。

 これならば安心と食べ始めたが、見た目スパケッティのくせに、ちょっと辛かったのはユーキとしては予想外だった。

 最初の一口目で涙目になっていることをサクラに気付かれ、笑われてしまう。


「こんな辛いなら教えてくれればいいじゃないか」


 思わず非難の声を上げてしまった勇輝だったが、サクラ曰く、初見でそのメニューを頼むとは思わなかった、と平謝りされる。サクラ自身もその料理を見たことが無かったので、見て見たかったようだ。

 最初からサクラに料理の内容を聞けばよかったと思いながらも、多少の辛味は好物の為、そのまま食べ進める。談笑をしながら食べていると一時間近く時間が経っていた。

 食事を終え、案内を再開する。次に向かった所は、宿屋だった。

 北区の城がだいぶ近づいてきたところを西区側に入ったところに、大きめの石造りの家がある。二階の窓の木枠がせり出し、雰囲気も中世ヨーロッパの街をさらに彷彿とさせる外観だった。

 宿の主人に三日分の金を前払いし、二階の奥から二つ目の部屋を借りることにする。不要な荷物を置いて鍵をかけて、宿を出た。


「ありがとう、サクラ。おかげで一日目にしてかなり街に慣れた気がするよ」

「どういたしまして。じゃあ、さらに慣れるために学園の薬草採取にも行きましょうか」


 くるりと振り返って歩き出す。ユーキは慌てて、後を追いかけて質問する。


「いいのか? 俺が学園の敷地内に入っても」

「はい、一部の冒険者の方は学園に自生している薬草を取りに来ます。私のお手伝いで来てもらったと話せば、もっと入りやすくなりますよ」

「そうか。それは助かるな」

 

 メインストリートには向かわず、そのまま小道に沿って城側に向かう。ところどころに小川が点在しているのは、やはり水の都というべきか。元の世界にもヴェネチアという水の都と呼ばれる都市があったが、流石にそれには及ぶほどの規模ではなかった。

 何度か小さな橋を渡り、何区画かを通り過ぎると急に開けた通り道に出た。

 急に建物の陰から出たことで、日の光に目が眩む。日本の夏とまではいかないが、それなりの日差しが雲の切れ目からユーキたちを照らす。

 かざした手の隙間から右側を見ると、外壁と同じように簡単な水堀と輝く壁の向こうに、南門からは見えなかった城が見えた。中央の城と比べれば、月とすっぽんの如き差があるが、それでも尚大きかった。


「ここが私の通う学園。王立ファンメル魔法学園です」

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