極彩色の世界Ⅳ

 夜の帳が下りた頃、新月のため周辺は完全な闇に包まれている。灯りがなければ出歩くこともままならないだろう。

 そんな暗闇の中で、村の各所では篝火が燃えていた。家々の窓には板が打ち付けられ、そう簡単には侵入ができないようになっている。

 村の中央にある何の神を祀っているかもわからない教会前の広場で、村の男たち約五十名と冒険者四名、異世界人一名が集まっていた。


「うちの村を騒がせる薄汚い子鬼どもが、またやってきやがった。村の平和を守るためにも、全力で追い返すぞ!」


 ゴルンの言葉が広場に響き渡る。村の男たちは普段からローテーションで自警団として見回りをしているらしく、ゴルンは、その組織の長となるため、全員の前で士気を上げるべく声を張り上げていた。

 それに対し、多くの村人のやる気に満ちた視線がゴルンに注がれている。そのまま、ゴルンは大きく腕を広げ、周りを見渡して話をつづけた。


「いつも通り、山側の畑に見張りと防衛を多めに置く。見張りは見つけ次第、金属を叩いて知らせろ! 何としてでも畑に入れさせるな!」


 その言葉に男たちが応、と答える。

 農具を持っている者も多いが、中には弓矢を持っている者もいた。どうも穀物や野菜の栽培だけでなく、狩猟を生業とする村人もいるようだった。実際に森の近くなら獣を狩って食べることも可能だ。

 遠距離攻撃ができるのならば、棍棒しか持たないとされるゴブリンには相手取りやすいだろう。

 男たちがひとしきり大声を上げた後に、隅で控えていた冒険者たちの一人――――リーダーだろうか――――赤毛の美男子が前に出て言う。


「今回、冒険者ギルドの依頼で来た者です。僕たちも街道に位置取り、ゴブリンたちを叩きます」


 周りの人たちも頷いて、冒険者たちを見る。どうやら、彼らのような存在はかなり信頼されているようだ。

 思わず、ユーキは自分の持っているただの棒を握る手に力が入る。元の世界の方には戻りたいが、このような冒険者の姿を見てしまうと、自分もそんな存在になりたいと思ってしまうのは、仕方のないことかもしれない。

 そんなユーキの心情など知る由のない冒険者リーダーの話が続く。


「僕と彼が剣と槍で前衛を、後ろに控えている彼女たちが弓と魔法で援護します。発射するときには声をかけるので気を付けてください」


 ――――魔法。その単語を聞いて少しばかり気分が高揚する。男だったら一度はあこがれる魔法が存在する世界。ほんの少しだけ、ユーキはこの世界の興味がわいた瞬間だった。


「よし、話は聞いたな! 各自、持ち場に移動だ!」


 そんなことをしているうちに、ゴルンの指示で村人たちは移動を開始する。

 慌ててユーキも割り振られた場所に移動を始めた。ユーキが割り振られた場所は、先ほど話をしていた冒険者一行の近くだった。


「うん、わかるさ。村人じゃないから変な所に配置できないっていうことくらいさ」


 そんなユーキの声は、闇の中に溶けていった。それを知ってか知らずか、冒険者の槍使いが話しかけてきた。


「なぁ、珍しい服着てるけど。この村の人か?」

「いや、通りすがりの放浪者ですよ」


 ユーキはうまく説明できないので、はぐらかす形で適当に答えた。

 特に興味があったわけではないだろう。槍使いの男も、そうか、と言うと黙ってしまった。

 男にしてはさらさらした青髪の短髪、切れ長の目に琥珀色の瞳が炎の光を反射する。体つきがよく、無駄のない筋肉が服の上からでも想像できた。天は二物を与えず、というのが間違いだとユーキは思わず思った。

 さらに装備を見ていくと少し変わった装備があった。腰回りには、前面だけ存在しない丈の短いスカートのような薄いプレートで、いくつかの試験菅が収納されていた。見ていると槍使いは、そのうちの一本を飲み干して、唇の周りを舌でなめとっている。そんな姿からはやはり男らしさを感じてしまう。

 しかし、気になるのは槍使いの男だけでなく、後ろの女性二人もそうだ。

 弓使いの方は長身で金髪を後ろにまとめている。時折、炎に照らされる瞳が、朝日を受けた森林のように深緑色をしていた。

 もし、エルフだと言われたら信じてしまうほどの白い肌。しかし、微かにのぞく耳を見ると、とがっているようには見えなかった。手足もすらっと伸びていて、どこかの雑誌のモデルをやっていそうなくらいスタイルがいい。

 逆に魔法使いの方は、背は低いが胸がでかかった。胸がでかかった。

 茶髪に綺麗な紅い瞳をもった美少女だ。髪は短くも長くもなく、軽く後ろで縛っている程度。そんな魔法使いの姿を見て、ユーキは友人が昔言っていた合法ロリなる存在を思い出した。そんな失礼なことを考えていると魔法使いと目が合ってしまう。

 思わず目を逸らすが、彼女はユーキに歩みを合わせると一言告げた。


「君、面白いね」


 ――――いったい何のことだろうか。もしかして気づかないうちに胸を凝視でもしていたのか。


 ユーキは内心慌てていたが。そうやって、返答に困っていると、魔法使いはさらに言葉を続けた。


「君は魔法を使えないの?」

「はい、そもそも魔法自体あまり見たことがないですし、使えないと思いますよ」


 なぜか、魔法を使えないのかと聞かれてユーキは困惑した。自分のいた世界には魔法の魔の字も実際に見たことはなかった。数秒考えているうちに、ある考えに辿り着く。


 ――――もしかして、魔法を使う才能があるのだろうか。


 淡い期待に胸を膨らませていると魔女にありがちな黒い三角帽子をヒョコヒョコさせて、魔法使いはユーキの前に回り込んできた。


「んー、たぶん私の勘違いだから気にしないでね。じゃあ、夜の見張り頑張りましょう!」


 魔法使いはほんの少しの間、ユーキの目を見つめていたが、気のせいだったのか。すぐに踵を返して進んで行ってしまった。

 慌てて、その後を追って暗闇を進んでいく、一体、魔法使いの彼女は何を言おうとしたのだろうか、と考えながらその背中をよく見ようとして、こめかみ辺りに激痛が走った。思わず、親指でそのあたりを押さえて顔を顰める。


「おい、早くしないとおいていくぞ!」


 槍使いの声が前方から聞こえたので、はっとして前を向く。いつの間にか、目の前に男が立っていた。

 驚いて、瞬きをするといつの間にか痛みは治まっていることに気付く。


「調子が悪いならやめとけ、ほんの少しの油断や体調不良が命を落とす原因になるからな」

「いや、大丈夫です。ご心配をおかけしてすいません」

「ならいいけどな。さぁ、気を引き締めていこうぜ。夜は長いぞ」


 槍使いが振り返って見つめる先には暗黒の壁が広がっていた。

 ずっと左右に視線を巡らせるが、一定の距離から向こうはみることができない。それでもゴブリンを警戒するためには、見つめ続けるしかなく、気付けばかなりの時間が経過していた。

 近くの村人が話していたのを聞いたが、いつもだったら、もうとっくにきているような時間らしい。腕時計を盗み見ると午前四時前後。あと二時間もすれば夜明けだろうという時に、どこからかカンカンと金属を叩く音が響いた。

 だが、その音が響いたのは西からだった。思わず弓を持った若い村人が声を上げる。


「おい! こっちはだぞ! 守りが薄い方に来やがった! 早く、あっちに向かわないと!」


 それにつられて、他の村人たちが移動を開始する。どうやら、裏をかいて反対側を襲撃したらしい。村人たちが移動する中、冒険者たちだけが立ち止まっていた。リーダー格の赤髪の男が他のメンバーを集めて対応を伝え始めた。


「もしかすると、こっち側にも攻めてくるかもしれない。二手に分かれよう。レナは俺と一緒に西側へ、リシアはウッドと一緒にここへ残ってくれ。もし、こっちにも来るようなら魔法を打ち上げてくれ」


 そう言って赤髪のリーダーとレナと呼ばれた弓使いは走っていった。ウッドと呼ばれた槍使いは肩をすくめてやれやれといった感じだった。


「おいおい、俺とリシアとこの坊主とでここを守れってか? 冗談きついぜ。ガキの世話は苦手だって―の」


 少しばかりカチンときたが、実際に守ってもらう側だ。ここで言い合いしても何のメリットもない。リシアと呼ばれた魔法使いは、ほっぺたを膨らませてウッドを杖で小突いた。


「私はガキじゃないもん」


子供のようにほっぺたを膨らませて不貞腐れていたが、それをユーキは見なかったことにした。そんなユーキたち二人を見ながら、ウッドは後頭部を掻きむしりながら苦笑する。


「まぁ、実際のところゴブリン共の知性なんてもんはねえし、こっち側に攻めてくることなんてないだろうな。それにここの村の男たちなら、特に俺らがいなくても何とかなるだろう。今まで俺たちみたいな奴らがいなくても何とかしてきたんだしな。何が数体見たらビビッて動けねーだ。殺す気満々の奴らばかりじゃねーか」


 自分たちのアイデンティティをぶち壊す発言に、あんたらは何しに来たんだ、とユーキは小一時間問い詰めたい気分になった。

 そんな話を聞いているユーキの頬をそよ風が撫でた。先ほどまでは風が吹いていなかったが、草がそよそよと揺れる心地よい風から涼しさを感じる。

 そんなユーキの耳元を通り過ぎる風の音の中に、やけに甲高い風切り音が混じった。次いで響いたのが金属音と土に転がる鈍い音。

 ユーキは目の前で起きたことが理解できなかった。そんな放心状態のユーキをよそに、ウッドは槍を振り上げてユーキの右手にあった松明を粉砕したのだ。その衝撃に思わず持ち手を投げ出した右手を左手で握ってウッドを見る。


「(――――俺を殺そうとした?)」


 混乱するユーキだったが、すぐにその考えを否定した。

 もし、ウッドがユーキを殺すのならばとっくにいる。ユーキに背を向けてウッドは暗闇の先の道の奥を見つめる。その右頬には赤い一筋の線が走っていた。


「ここのゴブリンは弓を使うのか。ハッ、こいつは予想外だな」


 そう言って槍を構える。それに呼応するかのようにウッドとユーキに一本ずつ矢が飛んでくる。どこから飛んでくるのか判断がつかず、右往左往しているとほんの数メートル先に矢が見えた。

 だが、その時には腕で顔を庇うことしかユーキにはできなかった。矢が刺さることを覚悟していると、体の前面よりも先に後ろから衝撃が飛んできた。


「しゃらくせえ!」


 瞬間、ウッドは矢を避けながらユーキの襟首を掴んで後ろに放り投げる。尻から地面に落ちるが、痛みにかまっている暇はない。ユーキは必死に左手にある棒を掴みなおして立ち上がる。

 その前方でリシアの杖から火球が空に放たれた。わずか数秒のできごとだが、その間にも矢は一定時間の間隔を置いて飛んでくる。

 さらに続いてくる矢の襲撃を何度かウッドがかすり傷を手足に負いながらではあるが、ユーキとリシアを守り通した。高速で飛んでくる矢をそれ以上の速さで叩き落し、元の構えに戻る。

 ウッドの傷も戦闘できないほどのものではない。ウッドが稼いだ時間を使ってリシアの放った火球を飛ばす魔法が十数もの閃光となって道の向こう側で炸裂し、悲鳴が上がった。

 ユーキは足手まといにならないように下がって、他の村人を呼びに行くべきか悩んでいるとウッドが膝をついた。


「ウッド! どうしたの!?」


 思わずリシアが駆け寄る。


「くそっ! だ! 麻痺毒が塗られてやがる!」


 顔を歪めて、槍を握りなおそうとするが手からそれが零れ落ちる。リシアが傷口に手を当てて、呪文を唱え始める。


「下がれ!」


 淡い光が傷口に灯るが、それが消える前にウッドは体当たりでリシアを突き飛ばした。リシアの腕があった場所に矢が飛んできて、突き飛ばしたウッドの右腕に刺さる。ウッドの唇をかみしめた隙間から漏れる苦痛の声とリシアがウッドを呼ぶ悲鳴がユーキにとっては別世界のように聞こえた。


 ――――ナンダコレハ?


 そして、また一つ矢が飛んでくる。幸運にもそれは誰にも当たらず地面に刺さった。さらに時間を置いて、もう一本飛んでくる。ウッドに近づこうとしたリシアの前に突き刺さる。

 どうやらゴブリンの弓使いは先ほどの魔法でやられて残り一人らしい。棍棒持ちが攻めてこないのか。それともいないのかわからないが、このままこちらを遠距離から封殺するつもりようだ。


 ――――イッタイ、ナンナンダ!?


 足と手が震える。今更になって、ユーキは恐怖に襲われていた。武者震いとかそういう類ではなく、ただ単純にビビっていた。そんな中でもユーキは考えることをやめなかった。


「(このままじゃダメだ。ここにいる三人みんなやられてしまう。村人の救援は――――間に合うはずがない。大きな音を出す物は――――ない。せめて、相手の姿と矢を見ることができれば何とか……何とか避けることができるかもしれない!)」


 ユーキは眼を限界まで見開いて、暗闇の先を何とかしてみようとした。


「――――がっ!?」


 ――――激痛が目の奥から脳までを駆け巡る。


 それは一瞬だったかもしれないし、数分だったかもしれない。先ほど、こめかみを襲った痛みとは比べ物にならなかった。痛いなんて生ぬるい表現はできない。まるでスタンガンを脳に直接ぶち込んだのではないかと思えるような激痛で目の前が白くなる。

 それでも、と前を見据える。


 「(ここで俺まで倒れたら、次は、そこのリシアがやられる。村がやられる)」


 別に友人でも恋人でも親兄弟でもない。

 でも自分の手の届くどこかで誰かが殺されるのは見たくない、という思いだけがユーキの胸を満たしていた。

 もしかしたら、このまま彼女はゴブリンにひどい辱めを受けるかもしれない。うまい飯を食わせてくれたゴルン夫人が死んでしまうかもしれない。男たちが後ろから挟撃されて全滅するかもしれない。頭の中では最悪の展開が駆け巡る。

 それが、ユーキの震える足を支えていた。


「――――――――あぁ」


 真っ白に弾ける視界と思考の中、ユーキはふと考えていた。


「(俺が今まで見ていた小説やゲームの主人公はいつも危険の中で誰かを助け出していたのか)」


 胸中に絶望が渦巻く中、それでもユーキは白い視界黒い暗闇の向こう側へと思いを馳せる。あの少年時代に見ていた主人公たちのように『自分もヒーローになりたい誰かを救いたい』と。

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