甘い彼と 甘くないあの日と

Yokoちー

甘い彼と 甘くないあの日と



パキ、パキパキ、ポキ。


冬支度。厚めのチョコにココアパウダー。

おしゃれな装いの彼に口づけて、至福の時を過ごす。


ああ、私も贅沢になったものだ。

意味もなく流れるテレビ画面をチラと見て、懐かしきCMを思い出した。


オン・ザ・ロック。


小洒落たグラスと氷にツンと澄ました姿が新鮮だった。大人っぽい。そう憧れた少年少女は多かったはず。明るすぎる輝きと、知らない世界への憧憬。


居ても立っても居られずに、食器戸棚の奥に鎮座した何処ぞの企業の販促グラスに氷を入れて、パキパキと幾重にも折ってしまった悲しみと残念感。

ーーーーそれは計画性という言葉を学んだ日。企業名を押し出したグラス( そう、ガラスでさえなかったプラスチック) では、おしゃれな演出はできるはずもない。そして、氷は最後にするべきだった。


クスと小さく失笑し、純真無垢だった頃を思い出す。


そうだ、あれはまだ随分と幼い頃だ。


父の懐から出てきた赤いパッケージ。内緒だよと言われて開けた箱の中から、顔を出した彼ら。姉と一本ずつ、数えながら口にした。

甘くてとろける至福の時間。すぐになくなるのが寂しくて、滅多に味わうことのできない貴重さに、意地汚く舌でこそげとる。


ーーーーそれは、父が母に内緒で行ったパチンコの戦利品。子らを味方につけるべく賄賂。そして証拠隠滅。だが幼き子らの口元には確かな足跡が残っていて、母の怒りを助長したのは確かだろう。

 あの甘美なご褒美は、そうたった一度きりだった。


遠足に連れて行こう。予算200円のほとんどを占めた彼。特別感。他の駄菓子三昧の子らとは一線を画すと有頂天。あの勝利を確信した思い出。

ーーーー虚弱体質な奴を恨んだ。

 日中に課された熱で無惨にも溶けた奴は、子供の社交(お菓子交換という一大イベント)を不可能にした。また振動に弱い奴は、リュックサックに押し込められた弁当に水筒、晴天の中でも持たされた雨具に意味不明の筆箱らに押しつぶされた。よれた箱からその中身を想像して欲しい。バッキバキになったのは心だけではない。


ある時遭遇した、見慣れぬ彼の類似品。手頃な値段。分厚くふくよかな肢体。満更でもない口当たりにふふと浮気した。

いや、あちらが本命になった、と言っても良いだろう。若き口と若き腹が満たされたのだ。

憧れは憧れだと思った。現実は身近で手頃な男でいい。そう妥協した。なぜ、あれほどに固執したのかとさえ思った。


ーーーーだが。


今、手にあるのは彼。

また小洒落た装い。

極細だったり、キャラメルだったり。イチゴも捨てがたいし、いっとき浮気した太い奴によく似たチビすけも。お得用の定番は当然のこと。


やはり彼だった。運命の奴は。憧れは憧れでなくなっても、好きなものは好きでいい。私は彼がよかったのだ。


時が過ぎ、裕福ではなくても充実した日々。高価だと憧れた赤い箱は、特別な日でなくても手に入る、口に入る定番品になった。


一口、上品にパキリと音を立てて噛み締める。

パキパキ、ポキリ。


ふふふ。ふふふ。


特別でない明日は、数日前から買い込んだ彼の記念日。私は明日、特別だった彼を特別でなくなった彼と口にする。

もう、互いにかじりあったりしないけれど。

もう、ウイスキーをかき混ぜたりもしないけれど。

特別でなくなった彼とソフトクリームをすくいあったりはするかもしれないけど。


万歳! 愛してるよ。








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