第7話

とある早川の休日の前日。早川はもじもじしながら桜井に


「あの、明日、休みなんですけど...。」


と伝えると、桜井は


「わかりました。場所はどこにします?」


と問われ、前もって用意してたホテルで


「アイビースクエアで。」


と早川は答えた。アイビースクエアと言えば観光客が泊まるオシャレなホテルであるが、地元民が泊まるようなところではない。だがなぜだかそこをチョイスした早川は誠心誠意を見せるためであった。


「わかりました。では、私がいつも車を停めているコインパーキングの所で待ち合わせをしましょう。」


「わかりました。時間は5時半でいいですかね?」


「かまいません。」


そう言葉を交わしてその日の仕事を終えるのだった。


そして5時半。潰れたカラオケ屋の前のコインパーキングの前に桜井は待っていた。早川が着くといつも職場ではキラキラしている桜井の姿ではなかった。そういえば最近接する姿はどことなく影があった気がする。しかし影がある桜井のほうがアンニュイでどこか色っぽいのである。そんな桜井を考えるだけでも興奮するというのは男としての性かもしれない。


「さ、早川さん、私の車へどうぞ。」


「ありがとうございます。」


「今日のディナーは凄いですよ!楽しみにして下さい!」


「早川さんの行く所はいつもオシャレですから楽しみです。」


「そ、そうですか!それは嬉しいです!」


などとその場を明るくしようと振舞う早川であった。どことなく影のあった桜井も少しずつ笑い始めた。


アイビースクエアに着き


「さ、まずはチェックインしてから夕食にしましょう。」


「そうね。ディナー楽しみ!」


そうして二人はディナーを取りながら


「この鴨のローストは秀逸ね。」


と桜井が舌鼓を打った。


「それにはこのワインもおススメらしいですよ。」


「ウフフ。早川さんはワインがお好きなんですね。」


「いやぁ、そいでもないですよ。(普段ストロング系酎ハイを飲んでいることは言えない)」


「ん?何か言いました?」


「あ、いえいえ、桜井さんにはワインが似合うなって思ってまして。」


「ああ、そうなんですか。私は時々しか飲まないですけど、酔えるなら何でも飲みますよ。」


「それはストレスとかで飲むという意味ですか?」


「そうですね。なんとなくやるせない時に飲みますね。」


早川の中でふと桜井の彼氏のことがよぎったが、このディナーを不味くするのでそれはスルーすることにした。


ディナーを終え


「どうでした?ここのディナーは?」


「凄くよかったです!」


「それじゃあ、これからは...。」


「シャワーを浴びさせてください。」


「わかりました。」


男の据え膳を待つ時間はかなりの期待とスリルが満載である。色々考えるが結局は頭の中は真っ白。この部分をAV男優みたいに乗りこなすやつは、多分楽しみ方を一つ忘れている。


桜井がシャワーを終えて、


「僕もシャワーを浴びます。」


と早川が言うと、桜井が


「早川さんは大丈夫よ。」


と早川の前に立ち、少し見上げて目を閉じた。それに応えるように早川は桜井に口づけをした。


ここから二人の情事は始まった。求めるものは違えど二人の熱量は大きなものであった。若々しい二人のエネルギーはガラスに結露をさせてしまうのではというぐらいに熱かった。


情事を終え、早川は


「これだけ激しく抱き合えるなら、私の気持ちも伝わるんじゃないでしょうか?」


と言って、桜井は


「確かに伝わるわ。恐らく私が早川さんと恋に落ちてそのまま過ごしていくのは簡単だと思うの。以前まではそんな日常的な愛が私も普通だと思ってた。確実に幸せになるなら早川さんを選ぶと思うわ。でもなんていうの?その日常を壊して私の母性本能をくすぐらせてくれるのが今の私の彼氏なの。ダメな男だと思うわ、私だって。好きになったら負け。恋愛ってそんなもの。自分でもバカなんだなって思う。そして早川さんをかどわかすようなこの行為も本当ならやめておくべきなのも分かってる。眩しいほどの光の早川さんを断ることができなかった。あわよくば全てを忘れさせてくれるとも願った。暗闇の中には一点の針穴の光しか見えないの。それをたどればその世界に出られるのだけど、追いかけても追いかけてもその光の穴は逃げて行くの。」


と桜井が思いの丈をぶつけた。そうすると早川は


「私が光なら、貴女が転ばないようにその足元をいつでも照らします。私はいつでも見守っています。私は貴女にどのような事情があろうと無償の愛を注ぎます。」


といい、桜井は早川の胸に頭を寄せ


「ありがとう。でも早川さんはもっといい人を見つけるべきだわ。」


「いいえ、貴女ほどいい女性はいません。心変わりするつもりはありません。」


「そうですか。こんな女ですみません。私も貴方を愛せるように努力します。」


「わかりました。私は少し夜風にあたってきます。」


「わかりました。おやすみなさい。」


そう言って早川は部屋から外に出て思い耽った。この女性を本当に愛していいのかどうかを。普通に考えて愛すべきではない。しかし自分の本能が理性を打ち破りこの女性を愛している。その衝動に打ち勝てない。ただ一心にまだ冷めやらぬ体と心を外の夜風にゆだねるのであった。

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