第123話 鉾と盾と騎士達



「 我が国で一番大切なお方は国王陛下と、王太子殿下です。このお2人の一番近くにおられるのが王妃陛下と王太子妃になります。有事の際には、陛下や殿下を真っ先にお守りする役目は王妃陛下と王太子妃でございます 」



 ただ今、ソアラはお妃教育の真っ最中。


 講師はロッテンマイヤー侯爵夫人で、ソアラはフムフムと熱心に聞き入り、真剣にノートにメモをしている。



「 今から王太子殿下をお守りする訓練を始めます 」

 そう言って講師に連れて行かれた場所は、騎士団の訓練場だった。


 講師はロッテンマイヤー侯爵夫人である。



 訓練場の手前には事務所がある。

 経理部時代には、この騎士団の事務所に、請求されたお金をルーナと2人で持って行った。



 そこには訓練を見学するブースがあり、この事務所で申請すれば自由に見学が出来る。


 用事が終わった後には、ルーナとこのブースから訓練を見たりもした。

 差し入れも持って行くと言う、ルーナのお願いに負けて少しだけ仕事をさぼって。



 騎士であるブライアンの婚約者であるルーナは、ここに来ると何時も彼等の中心にいた。


 休憩時間にはルーナの元へ皆がやって来た。

 ソアラは彼等の休憩が終わるまで、少し離れた場所に、何時も一人でポツンと座っていたのだった。


 なので、ソアラにとっては少しも良い記憶が無い場所である。



 そのブースを通り過ぎて、ロッテンマイヤーとソアラがやって来た場所は、訓練場の広場の奥にある実戦形式の訓練場であった。


 そこには壇上があり、壇上には王族が座る椅子が何脚か置いてあった。

 その周りには暴漢が隠れられる程の大きな箱や樽、積まれた荷物や馬車まで置いてあった。


 ここでは、色んな場面を想定しての訓練が行われていると言う。



 ロッテンマイヤーが事務所から戻って来ると、その後ろから若い2人の騎士がやって来た。


 この2人は昨年の王宮での舞踏会で、ルーナが連れ去られそうになった時に駆け付けてくれた騎士達だ。


 ソアラを一人残してルーナだけを保護して行った事で、あの後ルシオからは酷く叱責されたと言う。



 以前はルーナだけを持ち上げ、ソアラに目もくれなかった騎士達が、ソアラの前で立ち止まると姿勢を正し敬礼をした。



 何だか妙な気分だわ。


 ソアラは黙って軽く会釈をした。




 ***




「 騎士達を殿下の役と犯人の役に分けます 」

 ロッテンマイヤーは椅子に王太子役の騎士を座らせ、その横の椅子にはソアラを座らせた。


「 ソアラ様は、殿下に覆い被さって殿下を守って下さい 」

 犯人が襲撃して来たら、身を挺して王太子を守れと言うのだ。



 要は盾になれと言う事だ。


 犯人が襲撃して、近くにいる騎士達が行動するまでの一瞬を守れるのは直ぐ横にいる王妃か王太子妃しかいないと言う。


 成る程。

 確かにそうだわ。



「 王妃や王太子妃にはいくらでも代わりがいますが、唯一無二である国王陛下と王太子殿下には代わりはいません 」


 成る程。

 確かにそうだわ。



「 それでは行きますよ! 」

「 はい 」

 暴漢役の騎士が、手に木刀を持って障害物の陰に入って行った。


 王太子役の騎士が椅子に座ると、ソアラも椅子に座った。


 ドキドキ。



 暴漢役の騎士が、物陰からいきなり現れてこちらに向かって駆けて来た。


 ソアラは慌てて立ち上がった。


 その時……


「 まて! 」

「 !? 」

 声の主がルシオだと言う事は見なくても分かる。



「 殿下…… 」

 王宮からこの訓練場に通じる扉から現れたルシオは、こちらに向かって歩いて来た。


 陽の光を浴びて黄金の髪がキラキラと輝いていて。

 その後ろには本日の護衛騎士の2人の姿もあった。


 常に護衛騎士が付けられているのは国王と王太子だけで、王妃と王女には侍女が何人かはいるが、宮殿内に限っては特に護衛騎士は付けられてはいない。


 ここから見ても、いかに国王と王太子が重要なのかが分かる。



 よく通るその清んだ声は、騎士達に緊張感を走らせる。

 王太子役の騎士もさっと立ち上がり、暴漢役の騎士と共に敬礼をした。


 ソアラも座っていた席から立ち上がり、ロッテンマイヤーと一緒にカーテシーをする。


 この日は初めてルシオと会ったからで。



「 こんな場所で何の授業? 」

 騎士団の訓練場は、王太子宮にあるルシオの執務室から見える場所にある。


 講師であるロッテンマイヤーとソアラの姿を、窓から見掛けてやって来たのだ。



「 殿下の盾となる訓練です 」 

「 僕の盾? 」

 ロッテンマイヤーは、ルシオにこの授業の詳細を説明した。



 有事には僕にソアラが覆い被さるだと?

 お妃教育にはこんな訓練もあるのか?


 勿論、ソアラに守られるつもりは無いが。

 それよりもこいつが許せない。


 ルシオは王太子役の騎士に向かって目を眇めた。



「 殿下……未遂であります! 」

 王太子役の騎士は慌てて否定をした。


 ルシオがソアラを寵愛している事は、騎士なら誰もが知っている。

 いや、今や国民も知っているのだが。


 良かった。

 未遂で。



「 ロッテンマイヤー! これからはこの授業をする時は僕に言え! 」

「 はい……申し訳ございません 」

 ロッテンマイヤーは不味いと言う顔をした。


 いくら騎士とは言え彼は殿方だ。

 殿下の怒りに触れるのは当然だ。


 良かった。

 未遂で。



「 僕の役は僕がする 」

「 あらまあ! 殿下が参加して下さるのなら、よりリアリティーが出ますわ 」

 ロッテンマイヤーの声は、歓喜のあまり一段と高くなった。


 彼女はとても熱心に教えてくれる良い講師なのである。



 ルシオがルシオの役をする事になり、今から始めようとした時にまたもや待ったがかかった。

 ルシオがやって来た事で、騎士団の団長もやって来たのである。


「 丁度良い機会ですから、我々の護衛の訓練も兼ねさせて頂きます 」

 事の詳細を聞いた団長は、他の場所で訓練をしていた騎士達に号令を掛けた。



 ルシオとソアラの周りには大勢の騎士が隊列を組んだ。


 何だか大変な事になったわ。


 ソアラは固まっていた。

 勿論、騎士団の訓練に参加した事は皆無だ。

 そもそもこの訓練場に足を踏み入れる事が始めてなのだから。



「 今から殿下襲撃の訓練を開始する!心してかかれ 」

「 はっ! 」

 騎士達の低い声が辺りに響き渡った。


 既に指揮はロッテンマイヤーから団長になっていた。



 物陰から暴漢役の騎士が木刀を持って現れ、ルシオに向かって駆けて来ると、近くにいた騎士達が素早く彼を取り押さえた。


 暴漢役の騎士は両手を後ろに捻じ上げられている。


 殿下の側まで暴漢を行かせるなんて、騎士としてはあり得ない事。

 取り押さえる事が出来た事で、皆は満足そうな顔をした。



「 駄目です! それではソアラ様の訓練が出来ません! 」

 ロッテンマイヤーが慌てて両手を横に振った。


「 殿下に近付くまでに取り押さえるのが、我々の使命だ !」

「 これはソアラ様の授業ですのよ! 」

「 我々には騎士団としてのプライドがある! 」

 団長とロッテンマイヤーが揉め出した。

 


「 ロバート! ロッテンマイヤーの言うとおりにしろ! 」

「 御意 」

 ルシオの鶴の一声で、団長や騎士達は自分の定位置に駆けて行った。


 ブースから見る訓練とは違って、間近で見る訓練の迫力は凄かった。

 ソアラはきびきびと動く騎士達に目を丸くしていた。



 そうしてソアラの訓練が再開された。


 ドキドキ。

 ………しているのはソアラだけで無くて。

 ルシオも少し緊張していた。

 普段は緊張する事など皆無なのだが。



 最近はお互いに忙しくて、ソアラとイチャイチャする時間が持てなくてモヤモヤしていたのだ。


 なるべく昼食を一緒に食べるようにはしてはいるが。

 鉱山の採掘作業の打ち合わせや会議で忙しく、昼食も大臣達と食べる事が多くなっていて。


 外出していない時には、ソアラが帰宅する時間に合わせて、馬車まで送って行くようにはしていて。 


 そこではお別れのキスはしているが。

 それだけでは物足りなく感じている昨今である。



 物陰から暴漢役の騎士が飛び出して来た。


 いくら練習であろうとも……

 やはり本物の主君には木刀は振るえない。

 暴漢役の騎士が一瞬躊躇した隙に、椅子から立ち上がったソアラがルシオに抱き付いた。


 両手をルシオの胸に巻き付けて、しっかりと正面から身体を密着させた。



「 如何ですか? 」

 ソアラはルシオに覆い被さったままに、ルシオの後ろに立っているロッテンマイヤーの顔を見た。


「 結構でございます。実際には先程みたいにが守ってくれますが、これはソアラ様の心掛けの訓練だと思って下さいませ 」

「 ……分かりました 」

 ソアラはコクンと頷いた。



 私の鉾はで、盾は私のこの


 殿下を守らなければならない時には、必ずや盾になりますわ。


 ソアラはそれを胸に刻んだ。



 ルシオの首に回していた手を緩め、ソアラは自分の身体を起こそうとした。


「 ? 」

 身体が動かない。


 ソアラはルシオからガッツリホールドされてしまっていた。


 ルシオの両の足の間に入っているソアラは、下半身はその長い足で挟まれ、上半身はルシオの両腕が回わされている状態だ。



「 ちょっと! 殿下!? 」

 ソアラは離れようともがくが、ルシオは嬉しそうな顔をしているだけで。


「 殿下!手を緩めて下さい……足も…… 」

「 僕を守る訓練なんだろ? 」

 もっと守ってと言って、ルシオはソアラを更に抱き締めた。



「 キャーッ!! 」

 真っ赤になったソアラが、ルシオの足に挟まれルシオの腕の中でモゾモゾと動く姿が何だかいやらしい。


 ロッテンマイヤーや騎士達も少し顔を赤らめた。

 2人の体勢があまりにも卑猥過ぎて。


 悪戯っ子の様な顔をしてクスクスと笑うルシオが楽しそうで。


 ソアラから助けを求められてはいるが、皆は嬉しそうな顔をして2人のワチャワチャを見ていた。




 ***




 アメリアとリリアベルは、ルシオの訓練の様子を何度も見学をしに来ていた。


 彼女達は婚約者候補と言う特別な立場である事から、皆が観覧出来るブースでは無くて、この訓練場に入っての見学だった。


 訓練の休憩時や、訓練が終わるとルシオにタオルを渡したりもして。

 リリアベルはまだ学園に通っていた事から、ここに来ていたのはアメリアが多かったのだが。



 きっと殿下は……

 アメリア様やリリアベル様にはこんな事はしないんだろう。


 それは彼女達が高貴な公爵令嬢だからと言う理由だけでは無いと、騎士達は改めて思うのだった。



 騎士達の皆も他の者同様に、王命が下された相手がソアラだと知った時には驚きを隠せなかった。


 勿論、ソアラが経理部の女官で、ルーナの同僚だと言う事は彼等は知っていた。


 あんなに美しいアメリアやリリアベルを婚約者候補から外して、選ばれたのがソアラだと聞いた時には、殿下が気の毒だとさえ思ったのである。



 騎士達の記憶の限りでは、彼女は何時も控えめな令嬢だった。

 常にルーナの後ろにいて。

 そこにいるのかいないのかさえ分からない程の。


 彼等にとってのソアラは……

 存在感の薄いただの女官と言う認識でしか無かった。


 しかしだ。

 ルシオといるソアラはまるで別人のようで。

 こんなによく笑い、こんなに表情がクルクル変わる令嬢だったのかと改めて思うのだった。



「 殿下!放してくれないと本当に怒りますよ! 」

 ソアラが本気で怒り出したので、ルシオはホールドを緩めた。


「 ごめんごめん 」

 ルシオの身体の上から起き上がり、身仕舞いするソアラに、あやすような顔をしてルシオはソアラの耳元に顔を寄せた。


「 最近は君を抱き締めてないからついね 」

「 皆がいる前では止めて下さい! 」

「 ………そうだね。君の望む2人だけなれる場所に行こうか? 」

「 !?……の……望んでなんかいませんわ! 」

 またもや赤くなったソアラは、ジト目をしながら口を尖らせた。



 向かい合って話をする2人の両手は、しっかりと繋がれていて。

 何故だかその姿に皆の胸がキュンとした。


 今では、王太子殿下の側にいる事が当たり前になった伯爵令嬢がそこにいた。



 王命が下された伯爵令嬢は、その全てが麗しの王太子殿下に相応しく無い令嬢だった。


 だからこそ……

 騎士の中には婚約破棄をされた者もいた。

 彼女が婚約者ならば自分もいけると思って。



 しかし……

 彼女はどんどんと王太子妃に相応しい存在になっている。


 そのスキルは然る事乍ら、様相も所作も美しくなって。

 まるで蛹が蝶になるかのように。



 殿下の大切な女性をお守りする。


 騎士達は……

 やがては王太子妃になるソアラを、身命を賭して仕える覚悟は既に出来ていた。








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