第122話 ざまぁをされたのは?



 フレディ・モスト・ラ・マクセント。

 黒髪にエメラルドグリーンの瞳がキリリとした、精悍な顔立ちのマクセント王国の王太子だ。


 王太子でありながらも自由奔放な性格である彼は、後学の為と称し世界中を気ままに旅をしている。


 世界で学ぶものは多い。

 そんなだから27歳になっても結婚の意思は無かった。



 王太子となった時点で世継ぎの事を考えるのは王族として当然の事で、何度も婚姻話が持ち上がったのだが、彼は政略結婚など受け入れる気は毛頭無かった。


 マクセント王国の王族には一夫多妻制度があり、国王には側室が何人かいる。

 王妃にも2人の王子が生まれていて、その第一王子がフレディなのである。



 彼がここまで自由気ままにいられるのも、スペアと称される王子が何人もいるからなのだが。


 しかしだ。

 いくら王子が沢山いようとも……

 国民達の望みは、正統な王位継承順位第一位のフレディ王太子が国王になる事。


 父親である国王も、国が混乱する事を避ける為にも、フレディが王太子である事が正しいと言う考えだ。



 何よりもこの自由奔放の王太子は、国民からは絶大な人気があるのだ。


 彼が他国で見て聞いて学んで来た事を、政策や街作りに生かしていて、国民の生活が豊かになった事が大きかった。



 勿論、政策を担う大臣達も、彼が次の世の国王になる事には異論は無い。


 後は……

 やはり王太子妃を早く娶って欲しい。

 早く世継ぎを儲けて貰って安心したい。


 皆の願いはそれだけなのであった。



 彼は見目麗しい王子である。

 女性関係には目を瞑るしかない。


 しかしだ。

 自国の貴族令嬢には全く関心が無いのが難点で。



 他国から平民の女を連れ帰って来たらどうしよう。

 いや、平民でも結婚していなければまだ良い方で……

 子持ちの未亡人だったら?

 子が出来たと言って、娼婦などを連れ帰って来たら?


 王太子であるフレディには、影をつけてはいるのだが……

 影からの報告が上げられる度に、皆はハラハラしていたのだった。



 神様!

 王太子妃になられる方は……

 せめて貴族令嬢であって下さい!

 それが男爵令嬢であろうとも。


 彼等の願いは切実だった。



「 父上!私に結婚したいと思う令嬢が出来ました 」

「 何っ!? それは誠か? 」

「 はい! ドルーア王国のアメリア・サウス公爵令嬢です 」


 それを聞いた皆は歓喜した!

 もうお祭り騒ぎだ。


 男爵令嬢でも良いと思っていたが、まさかの公爵令嬢。


 それも……

 ルシオ王太子の妃になる為に、生まれた時から教育されて来たと御墨付きの令嬢だ。



 ドルーア王国の永年に渡る王太子の婚姻問題は勿論マクセント王国も知っていた。

 公爵令嬢の2人を婚約者から外すと言う騒ぎも聞こえて来ていた。



 神様~

 有り難う~


 こんなに素敵な令嬢を有り難うーっ!!



「 ……で?その素晴らしい令嬢は我が国には何時来るのかな? 」

「 まだ話した事もありません! 」

「 …………はぁ? 」

 国王や宰相達がすっとんきょうな声を上げた。


 この百戦錬磨の王太子がまだ話をした事も無いだと?




 ***




 あの王宮でのクリスマスパーティーの時に、ソアラを虐めるシンシアを戒め、ルーナと2人で庭園に行っていたルシオまでをも戒めているアメリアを、フレディは見ていた。


 公爵令嬢なのに、王族相手に一歩も怯まなかったアメリアが印象に残った。


 決して一目惚れをした訳では無いが……

 心の片隅にアメリアの存在があった事は確か。



 ルシオとソアラが懸命に恋をしている姿を目の当たりにした。

 ままならない彼等の不器用な恋は、それでも夫婦になろうとお互いに試行錯誤しながら頑張っていた。


 泣きながら……

 ルシオへの苦しい想いを吐き出すソアラを愛しく思った。



 そんな彼等を見ていると……

 別れる事になるかも知れない不毛な恋愛をするよりも、これから未来を共に歩く女性ひととの恋愛をしたいと思うようになった。



 そう思った時に……

 フレディの頭の中に、アメリアの顔が浮かんだのである。


 彼女は妃になる為に生きて来た公爵令嬢だ。

 彼女ならば国の誰もが認める妃になるだろう。


 現に王宮はお祭り騒ぎだ。

 ばんざーいばんざーいと煩い程に。



「 絶対に落として来い! 」と言う国王の言葉に、大臣達もやる気満々だ。


 そんな時に……

 ドルーア王国の国王から、シンシア王女との婚姻の打診があった。



 国王としては……

 シンシア王女との婚姻は、それはそれで喜ばしい事なのだが、ここで折角結婚する気になってくれたフレディのやる気を削いではいけないと思い、その返事をフレディに一任したと言う。



 ターゲットはアメリア・サウス公爵令嬢。


 変わらぬフレディの想いを確認した大臣達が、アメリアを見る為に、張り切ってマクセント王国からやって来たと言う訳だ。



 噂では凄い美女だと聞いている。

 なんと言っても妃になる為に教育されて来た完璧な令嬢なのである。


 男爵令嬢や平民ならば、一から教育をしなければならないのだが…

 彼女は公爵令嬢なのである。

 それも……

 王妃になる為に教育されて来た令嬢。


 大臣達はまだ見ぬアメリアに既に恋をしていた。

 彼女は我が国の王太子妃になる運命だったのだと。



 を婚約者候補から外してくれて有り難うーっ!!


 ドルーア王国有り難うー!!


 そう叫びながらフレディご一行様は、ドルーア王国に入国して来たのである。



「 殿下! ここは頑張りどころですよ 」

「 今こそ、百戦錬磨の女たらしの手腕を発揮する時でございますよ 」


 アメリアにダンスを申し込みに行ったフレディを、大臣達は固唾を呑んで見守っていた。




 ***




「 アメリア・サウス公爵令嬢。美しい貴女と一曲踊れる幸せを私に頂けませんか? 」

 フレディはアメリアに片手を差し出して腰を折った。


「 ………はい。私で良ければ喜んで 」

 アメリアはフレディの手に自分手を重ねた。


 マクセント王国の大臣達は、ガッツポーズをしながら小躍りをしている。



 今までの舞踏会で見たフレディは、侯爵令嬢や伯爵令嬢達とも気軽に踊っていたのをアメリアも知っていた。


 今まで自分に申し込まなかったのは、ルシオの婚約者候補だったからだろうと。



 わたくしはフリーになったのだわ。


 アメリアは悲しい気持ちで、フレディの申し出を受けた。



 ルシオ以外の殿方と踊るのは初めてだった。

 それも何だか悲しかった。


 わたくしは……

 この年齢まで本当にルシオ様一筋だったのだわ。



「 流石にダンスはお上手ですね 」

「 お褒めの言葉を有り難うございます 」

 そう言えば……

 ソアラ嬢は、彼と踊った時に転倒したと聞いたわ。


 その時……

 少しと思った事は許して欲しい。



 ダンスが上手なルシオ様に釣り合う為にと、ダンスの練習を頑張って来たのですもの……

 上手くて当然だわ。


 それも……

 もう何の意味もないけど。



 アメリアがチラリとルシオを見やれば……

 ルシオはソアラのいる方に向かって歩いていた。


 少しは妬いてくれても良いのに。


 もしも……

 婚約者がわたくしだけだったなら、わたくしを彼女のように好きになってくれた?



 切なそうにルシオを見ているアメリアを……

 フレディは見ていた。


「 ルシオ殿が気になりますか? 」

「 ………わたくしにそれを聞きます? 」

 何年わたくしがルシオ様の婚約者候補だったと思っているの?

 気にならない訳がないじゃない。

 


 アメリアはフレディを仰ぎ見ながら不快そうに眉を顰めた。


「 いや……これは失礼 」

 フレディはアメリアの返しにクスリと笑う。


 思った通りの令嬢ひとだ。


 これは……

 落とし甲斐があると、胸が高鳴った。



「 様相も所作も申し分無い 」

「 殿下と凄くお似合いじゃないか! 」

「 思った以上の令嬢ですな 」


 ああ……神様ぁ~

 有り難うございます。

 有り難うございます。


 いつの間にか大臣達は正座をしてフレディとアメリアのダンスを見ていた。

 

 ランドリア達ドルーア王国の大臣達が、何があったのかと右往左往していたが。



 アメリアとのダンスを終えたフレディは、ルシオの元へやって来た。

 ニヤニヤと笑いながら。


「 フレディ殿は意地が悪い 」

 ルシオがフレディを睨んだ。


 あんな言い方をされたら、フレディ殿の想い人はソアラの事だと思うじゃないか!


 きっと僕の反応を楽しんでいたんだ。



「 アメリア嬢もそなたの大切な女性ひとだろ? 」

「 …………ああ。勿論だ 」

 アメリアが大切な人である事は変わらない。


 これから先もずっと。

 勿論、リリアベルもだ。



 ルシオはフレディには、それ以上は聞かなかったし言わなかった。

 これからどうするのかとか、どうなるのかなんて……


 それはもう自分が関わる問題では無いのだからと。



 フレディはその後は誰ともダンスを踊らなかった。

 沢山の令嬢達がダンスを申し込んで来たが、彼はそれを全て断っていた。


 それは今までに無かった事で。



「 殿下が……本気だ! 」

 フレディの本気度を見た大臣達は、ハンカチで目頭を押さえながら咽び泣いた。



 マクセント王国の王太子殿下フレディ・モスト・ラ・マクセントとドルーア王国のアメリア・サウス公爵令嬢の物語はここからである。





 ***




『 マクセント王国のフレディ王太子殿下は、我が国のシンシア王女殿下の婚姻の打診を断り、我が国の王太子殿下の婚約者候補だったアメリア公爵令嬢に求婚した ! 』


 その後暫くして、こんなニュースがドルーア王国を騒がせた。



「 これは絶対にがリークしたに違いない 」

 エリザベスは新聞をギュッと握り潰した。


『 選ばれたのはアメリア公爵令嬢で、選ばれなかったのはシンシア王女殿下』

 新聞の一面の見出しにはこう書かれてあったのだ。


 これは王族としては屈辱的な事だった。

 選ぶのは王族でないとならないのだから。



 とはアメリアの母親のナタリー・サウス公爵夫人だ。


 彼女はエリザベスとの戦いに破れた後に、公爵家に婿養子として今の当主を迎え、そのままサウス公爵夫人として、社交界での貴族女性の頂点に君臨している。


 その2人のライバル関係は今も続いていると言う。



 彼女達は同い年だ。

 同じ身分である公爵令嬢が同級生だったのである。

 ましてやサイラス王太子の婚約者候補。


 学園時代でもそれはそれはやり合った。


 それは今でも続いていて……

 お互いに扇子を広げては、嫌みを言い合っているのだ。



 しかし……

 こんなに仲が悪いのに、エリザベスはお茶会には毎回ナタリーを呼んでいて。


 それが社交界と言うものだが。


 彼女達はそれはそれで結構楽しんでいるのだと、周りの者は思っている。

 ナタリーがお茶会に来ない時は、エリザベスは退屈そうにしているのだから。


 友達関係には色んな形があるという事だ。



 このニュースは勿論、国王サイラスの耳にも入っていた。


 誰がリークしたと言う事よりも……

 このニュースを少なからず喜んでいる貴族達がいる事を、彼は重要視した。


 ランドリア宰相達は新聞社を罰しようとしていたが。



 今までの慣習を破り、突如起こった王太子の婚約者候補の破棄騒動で、貴族達が不満に思っている事は当然だった。


 王太子の婚約者であるソアラがいかに優秀であろうとも。

 ソアラがいくら国民からの支持が絶大でもだ。



 王族は貴族達に支えられている存在だ。

 この不満が、後々大変な事になるかも知れないと言う懸念があった。


 ルシオが、公爵家との関係改善を図りたいと思うのもそう言う事からで。



『 選ばれたのはアメリア公爵令嬢。シンシア王女殿下は選ばれ無かった 』


 このニュースで……

 貴族達、特に公爵家の人々の溜飲は下がった。



 サイラスが王命を出したのも。

 この悪しき慣習を止めたいと言う思いがあったからで。


 国王が崩御する度に……

 全てを一から始めるやり方では、これ以上の国の発展は望めないと踏んだのだ。



 何かを変える為には、強引であろうとも事を進めなくてはならない。


 王太子ルシオ。

 アメリア公爵令嬢。

 リリアベル公爵令嬢。


 そして……

 ソアラ伯爵令嬢。



 彼等をその犠牲にしてしまったが。

 それでも……

 何時かは誰かが変えなければならない慣習だった。


 国王にならなければ変える事が出来ない慣習。


 サイラスは……

 エリザベスの『 血が濃い 』と言う提言に、その時が来たのだと王命を下したのである。



 勿論、ルシオの気持ちがソアラにある事を確認して。

 だけど……

 アメリアとリリアベルの気持ちは全くスルーした。


 その事にはずっと心を痛めていた。



 ソアラも犠牲になった一人だが。

 それは彼女を選んだエリザベスが、全力でサポートをしている。


 何よりも……

 ルシオが彼女を寵愛している事に、サイラスは安堵をしていて。



『 シンシア王女は選ばれ無かった 』


 サイラスは……

 自分の時に選ばれなかった、アメリアの母親であるナタリーに改めて思いを馳せた。



『 選ばれなかった王女 』と揶揄されているシンシアには可哀想な思いをさせているが……


 このは、『 王命 』を下した自分に向けられたものだと、心に刻んだ。








────────────────



後、数話で終わります。

最後まで宜しくお願い致します。


読んで頂き有り難うございます。



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