第120話 違和感
宮中晩餐会では、フローレン家の4人は会場の末席に座っていた。
いくらソアラが王太子の婚約者であろうとも、今は伯爵令嬢なのである。
身分制度の激しい時代、その序列には殊の他拘る世界だった。
晩餐会には、侯爵家でさえも限られた家しか招待されないと言う。
なので、ただの文官の家系のフローレン一家が、この場にいる事がおかしな事であるが。
晩餐会の前には、家族4人で謁見の間に赴き、国王サイラスに誕生日の祝辞の言葉を述べて来た所である。
フローレン家にとってはこれも初めての事で。
玉座に座る国王は、顔合わせのお茶会での姿とは全く違う姿だった。
4人はガチガチのまま、この晩餐会にたどり着いたと言う訳だ。
ソアラは王妃宮には出入りしてはいるが、国王宮にいるサイラスには彼女とて簡単に会う事は出来無い。
最近では離宮から帰城した時に、その報告でルシオと共に出向いた時に会った位である。
「 末席で良かったな 」
「 やっと一息つけますわね 」
長テーブルの一番端の席に4人が向かい合って座り、晩餐会のご馳走を食べている所だ。
「 姉上は……来年はあの席なんですよね? 」
「 ………… 」
イアンが気の毒そうな顔をしてソアラを見た。
あの席には……
両陛下、王太子殿下そして王女殿下が座っていて。
その横にはフレディを始め、招待された王族がズラリと並んでいる。
上席に座る皆はこちらを向いて座っていて、その前にはズラリと公爵家の面々がいる。
その中にはカールやシリウス、アメリアやリリアベルの姿もあった。
ソアラはクラクラした。
食べてる姿を皆に見られるなんて。
殿下は皆に見られる事に慣れなきゃ駄目だとおっしゃるけれども……
普通でいる事を良しとするソアラにとっては、普通で無い世界に慣れる事は容易では無かった。
よし。
ちゃんといる。
ルシオはソアラの姿を確認して安堵した。
この日は王太子ルシオも、各国の要人達との謁見があり、ずっと応接室に缶詰だった。
フローレン家が、王宮に入ったと言う連絡は貰っていたが、この晩餐会までソアラの姿を見る事は無かった。
会場の末席で……
4人でこぢんまりと食べている姿に、ルシオはクスリと笑った。
ソアラは……
来年はこの席にいるのだな。
僕の妃として。
ソアラとは違って……
来年が楽しみなルシオだった。
***
宮中舞踏会。
王家から、伯爵家以上の高位貴族達が招待され、ざっと1000人位が会場に集まる大舞踏会だ。
招待客のリストを整理していたソアラは、貴族の序列や特徴を知る事となった。
貴族ならば当然しなければならない社交をして来なかったソアラにとっては、招待客のチェックはかなり役に立った。
エリザベスは、そんな事を考慮してソアラにこの仕事を与えた訳だが、ちゃんとその意味を理解して熱心に覚えようとするソアラにエリザベスは満足するのだった。
誕生祭は、勿論国王の誕生日を祝うものなのだが。
毎回宮中舞踏会では令嬢達のデビュタントも行われる事になっていて。
今回はそのデビュタントに、シンシア王女がいるのである。
新聞記者はシンシアのデビュタントの様子を描こうと、絵師を何人も連れて来ていて。
前もって兄である王太子と踊る事が発表されている事から、尚更気合いが入っていた。
両陛下が入場してファーストダンスを踊ると、次はルシオがシンシアをエスコートして入場して来た。
デビュタントの純白のドレスを着た初々しいシンシアと、黒の夜会服を着たルシオのダンスに会場は盛り上がった。
ルシオの巧みなリードで、シンシアはとても素敵に踊った。
勿論、デビュタントは、誰もが簡単に踊れるワルツ曲と決まっているのだ。
2人が踊ったその後に……
会場では16歳になった令息達への、成人の祝いの言葉を国王から賜る式典があった。
会場の中心に集められた若者の中には、ソアラの弟のイアンもいた。
それが終わると宮廷楽士達が再び音楽を演奏して、純白のドレスを着た令嬢達がパートナーと共にホールの中心に集まって来た。
今度は貴族令嬢達のデビュタントだ。
パートナーは父親であったり兄や従兄弟が殆どで。
勿論、婚約者がパートナーの令嬢もいるが。
私のデビュタントの時は……
殿下はリリアベル様と踊ったのだわ。
会場の隅で家族と見ていたソアラは、当時の事を思い出していた。
緊張していた事から、自分の事はあまり覚えてはいないが。
白の夜会服だったルシオと白のドレス姿のリリアベルが踊った。
2人のダンスはそれはそれは素敵だった事は覚えている。
ソアラはデビュタントのあの日以来、舞踏会にも夜会にも行く事が無かったから尚更で。
あの頃は……
まさかこんな事になる未来など、想像もしていなかった事だ。
ソアラとしては、普通の伯爵令息と結婚をして、タウンハウスに住んでいる未来しか想像していなかった。
因みにルーナは最初の彼氏のイケメン伯爵令息と踊っていた。
勿論、ルーナがブライアンと知り合う前の事だったのだが。
初々しい令嬢達のデビュタントの時間が終わり、一般のダンスタイムになり会場では沢山のカップルが踊っていた。
王族の4人の周りには公爵家の面々が、シンシアのデビュタントを祝う為に集まっていた。
純白のドレス姿のシンシアが顔を綻ばせている姿を見て、誰もが嬉しそうにしていた。
こんなに大きくなられてと涙ぐむ人もいて。
皆が皆、王子や王女の成長を見守って来たのである。
それだけ国民にとって王族は、特別な存在だった。
そんなシンシアの横では、ルシオ王太子殿下とアメリア公爵令嬢が談笑をしている姿があった。
その横にはリリアベル公爵令嬢の姿もあって。
舞踏会では見慣れたスリーショットだった。
この2人のどちらかが王太子妃になると、誰もが信じて疑わなかったのである。
「 やはりこの3人が並びますと華がありますわ 」
「 麗しのルシオ王太子殿下には、やはりこの2人が相応しいと思いますわ 」
「 本当に残念ですわね 」
夫人達は……
そう言いながら扇子で口元を隠した。
しかし……
そうは言ってみたものの。
そこには何かが足りなくて、凄く違和感を感じていた。
この時には、その違和感が何かは分からなかったが。
***
王家にとって公爵家の四家は無くてはならない存在だ。
今回の騒動で、アメリアのサウス家とリリアベルのイースト家とは、かなりの軋轢が生まれた事は否めない。
公爵家同士の仲は悪かったのだが、王家との関係は良好だった。
ただ……
ビクトリアとエリザベスの確執から、疎遠になっていたウエスト家との関係は最近になり改善していた。
それは……
ウエスト家の執事であったロイド・バッセン伯爵と、離宮の執事であったブロア・モーリス伯爵との事で、国王サイラスがウエスト公爵に最大の温情を与えたからで。
この2人はウエスト家の人間だったのだから。
ルシオは、アメリアとリリアベルとの関係は、良好だと言う事を皆にアピールしたかった。
昨日2人とお茶会をしたのもその為で。
そして……
前もってアメリアとリリアベルに会っていた事は正解だった。
昨日はぎこち無さを感じたが、今宵はその分スムーズに話せていたのだから。
こんな風にルシオは、何事にも用意周到な王子だった。
ポンコツなのはソアラに関してだけなのだ。
何故かソアラと出会う前からポンコツな事をしてしまっていたと言う。
会場にいる貴族達は、宮廷楽士達の演奏が奏でられる中、踊ったりお酒を飲んだり談笑をしたりと、各々が楽しいひとときを過ごしていた。
その時。
「 ×#*※☆×※☆ 」
「 ×☆*#※*※×!」
「*※#☆○#※*!!」
いきなり争いの声が会場に響き渡った。
外国の要人達が凄い形相で口喧嘩をし始めたのだ。
何を言ってるのかはわからないが。
「 陛下の前ですぞ! どうかお静まり下さい! 」
彼等の元に駆け付けたランドリア宰相が、言い争いをしている要人達の間に割って入り、仲裁をしようとした。
しかし……
揉めているのは3つの国の要人達で、ギャアギャアと言う声は一向に収まらず、お互いの国の通訳達がオロオロとしているだけだった。
通訳は、自国とドルーア王国の言語である共通語は喋れるが、その他の国の言葉を訳す事が出来なくて。
通じない言葉に皆がイライラとして、最早収拾が付かなくなっていた。
ランドリアは……
他国の要人達に騎士を差し向けるのはどうかと思ったが、このままだと掴み合いの喧嘩にまで発展しそうだと、騎士達を呼ぼうとした。
その時……
「 宜しければ、わたくしが通訳をいたしますわ 」
そう言って人垣の中から現れたのは、一人の令嬢だった。
ツカツカと歩いて来たのは……
才女ソアラだった。
何時もの紺のドレスでは無く、この夜は鮮やかなブルーのドレスを着ていた。
侍女達が昼も夜も代わり映えのしない紺は嫌だと言って、ブルーのドレスを選んで来たのだ。
「 えっ!? 」
そう言えば……
今の今まで彼女は何処にいた?
王太子殿下の婚約者だと言うのに、その存在が無かった事に皆は驚いた。
ソアラはイアンと踊っていた。
会場の隅で。
社交界が初めてのイアンにダンスを踊りながら、色んな事を教えていたのだ。
社交界はまだ半年のお姉ちゃんなのだが。
ソアラが言い争いをしていた要人達の元へツカツカと歩いて行くと、皆に視線を合わせながらペラペラと喋り出した。
勿論、聞いた事の無い言葉である。
既に皆は知っていた。
ソアラが6つの言語を話せると言う事を。
凄い期待の目がソアラに注がれた。
要人達は身振り手振りをしながら、ソアラに向かってキャンキャと自分の言い分を伝えていて。
彼等の間にいるソアラは、それを聞きながら皆を諭すようにして話をしている。
ソアラは三ヶ国の言語を巧みに喋りながら、同時通訳をしているのだ。
6つの言語を話せる事は知ってはいたが。
実際に見たその姿は……
恐ろしくカッコ良かった。
皆が感動に震えた。
我々の未来の王太子妃はこんなにも凄いのだと。
怒りで真っ赤な顔になっていた要人達の顔が、やがて緩やかになっていき、しまいにはお互いに肩を叩き合いながら、ハハハハと笑い声まで上げて。
どうやら誤解が解けたようだと、皆は胸を撫で下ろした。
すると……
腰に手を当てたソアラが彼等に向かって声を荒らげた。
それも三ヶ国語でキャンキャンと。
要人達は罰が悪そうに肩を竦めながら、サイラスの前に行き跪いた。
これは……
国王陛下御前での無礼を詫びろと、ソアラに叱られたのだと皆は理解した。
「 陛下……皆が反省をしております 」
要人達の後ろから付いて来たソアラが、会場の皆が分かる言葉で話をした。
すると……
ハハハハハと、サイラスの笑い声が会場に響いた。
「 上手く収まったようだな。よいよい! お互いに遺恨を残さなければそれでよい 」
愉快そうな顔をしたがサイラスは、ソアラにおいでおいでと手招きをした。
カーテシーをしたソアラが、サイラスの前に行くと、サイラスはソアラ肩に手を掛けてクルリと反転させ、ソアラを皆の方に向けた。
「 どうじゃな? うちの嫁の凄さは? 」
サイラスはそう言って破顔した。
会場は割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がり、大騒ぎになった。
ソアラはその歓声に真っ赤になっていた。
ルシオは……
カールに背中を押されて前につんのめった。
ソアラに見惚れてボーッと惚けていたのである。
次の瞬間。
ルシオはソアラに向かって駆け出した。
そしてソアラの前に行くと……
両手を広げてソアラを掻き抱いた。
「 ソアラ! 君は最高だ! 」と言って。
またもや会場から歓声が上がった。
ああ……
先程感じた違和感はこれだったのだと、皆は思った。
アメリアとリリアベルといたルシオに感じた違和感だ。
我々は……
ルシオ王太子殿下の旁にいる令嬢は、既にソアラ・フローレン伯爵令嬢だと認識しているのだ。
王太子殿下の横に立つのはこの令嬢なのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます