第119話 その頭脳は王子様を魅了する




 カーテシーをしたアメリアとリリアベルに背を向けて、ルシオはガゼボを後にした。


 彼女達は誰よりも幸せになって欲しい。


 そして……

 僕が幸せにするのはソアラだ!


 センチメンタルになっていたルシオは、無性にソアラに会いたくなった。

 ここに来る前に会ったばかりだと言うのに。



 この感情があの2人には抱かなかった感情。


 ソアラには会いたくなる。

 何時でも何度でも会いたくなるのだ。


 顔をみたい。

 声を聞きたい。

 話をしたい。


 それは初めて出会った時から。

 ソアラの事が気になって仕方がなかった。


 それが恋だと分かるまでには少々時間を要したが。



「 ソアラは何処だ? 」

 エリザベスの執務室に入るなり、ルシオはソアラを探した。

 キョロキョロと辺りを見渡して。


 しかしここではエリザベスの侍女や側近達が仕事をしているだけで。



「 ソアラ様は、シンシア王女殿下に呼ばれて王女殿下のお部屋に向かいました 」

「 !? 」


 シンシアが?


 シンシアはソアラの事をよく思ってはいない。


 クリスマスパーティーの夜に、エリザベスから小っ酷く叱られた事で、あれからは大人しくしてはいるが。



 シンシアは特にリリアベルと仲が良かった。


 だから……

 シンシアのショックな気持ちも分かると、暫くソアラとの接点を持たせないようにしていたのだ。


 我が儘で勝ち気な王女シンシアが、ソアラに何か仕掛ける事を懸念して。



 まだ子供だったシンシアは、を理解していなかった。


「 わたくしがお父様にお願いすれば、お父様は何でも叶えて下さるわ 」

 サイラスは公務であまり会えない分、彼女の言う事は何でも聞いてあげる、娘に甘過ぎる父親なのである。


 ルーナの策略にガッチリハマッてしまったのも、シンシアにそんな安易な考えがあったからであった。


 アメリアとリリアベルが王都に戻って来た事から、何かよからぬ事を企てているかも知れない。



 最近のソアラは、誕生祭の準備をする為に王妃宮に出入りしていた。

 これはシンシアがソアラを呼び出ししやすい状況になったと言う事で。


 そしてエリザベスは……

 この時間はサイラスと共に、外国からの招待客と謁見をしている。



 母上がいない事をいい事に。

 また……

 ソアラに酷い事をしたら今回は容赦はしないぞ!


 シンシアももう16歳の成人になったのだ。

 何時までも子供でいて貰っては困る。


 フレディとの婚姻の話は、まだ子供だと言って反対した事とは矛盾するが。



 怒り心頭で、ルシオはシンシアの部屋に向かった。




 ***




「 お………はどうやってお兄様の心を掴んだのかしら? 」

 シンシアの侍女に連れられてソアラが部屋に入るなり、シンシアは座っていたソファーから立ち上がった。


「 ? 」

 お姉様呼びになっているわ。


 カーテシーをして、ソアラはシンシアの前に静かに佇んだ。


 そして……

 今から何が起こるのかと身構えた。

 シンシアが自分の事をよく思ってはいない事は分かっているので。



「 お兄様はお姉様をお好きよね? 」

「 ……はい……」

 殿下とは想いを伝え合ったのだから、この答えは正しいわよね?


 最近は……

 キスをしてくれる度に言われている。


 ソアラは、ルシオの甘い顔を思い出して少し赤くなった。

 


「 お兄様は、お姉様みたいなの何処をお好きになったのかしら? 」

「 !? 」

 侍女達の耳がピンと跳ね上がった。


 流石に王女様だ。

 皆が気になっていた所を明け透けに口にする。



 あんなにも美しいアメリアやリリアベルの代わりに、婚約者に選ばれたこの普通顔の令嬢の何処をこんなにも好きになったのだろうかと。


 壁際に並んで立っているシンシアの侍女達は、俯いてはいるが耳はしっかりと聞き耳を立てている。



「 そうですね。それは……きっとわたくしのをお好きになったのかも知れませんわね 」

 ソアラは大真面目な顔をして答えた。


 自分の良さを挙げるならこれ!

 これだけは自信を持って言える。



「 頭脳? 」

「 はい。わたくしは学園時代の3年間は、ずっと学年で1位でしたのよ 」

 ソアラは胸を張った。

 侍女達も感嘆の声を上げている。



「 わたくしも……お勉強を頑張ったら世の中の王子様は私の事を好きになってくれるかしら? 」

 シンシアのブルーの瞳が涙目になった。


「 王女殿下はどうなされたのですか!? 」

 訳が分からないソアラは侍女の方を見た。


 侍女達の説明では……

 先程、フレディ王太子殿下から婚姻の断りの意を直接言われたと言う。


 要はフラレてしまったのだ。



 話を聞いたソアラは、ソファーに座ってポロポロ涙を溢すシンシアの前で膝を突き、シンシアの手を握った。


「 それはお辛い目をなさいましたね 」

 フレディとシンシアとの婚姻は、ソアラも流石に難しいとは思っていたが。


 やはり目の前で涙するシンシアに胸を痛めた。



 暫く泣いていたシンシアが涙声で口を開いた。


「 わたくしは……王子様の妃になりたいのよ!お姉様みたいに頭が良くなれば王子様に好きになって貰えるかしら? 」

 シンシアはコクンと小首を傾げた。


 その所為がとても可愛らしい。



「 何れにせよ、王女殿下はまだ学生です。必要なのはお勉強ですよ 」

「 ………分かったわ。先ずはお勉強を頑張るわ! 」

 シンシアはそう言って自分の胸の前で小さく拳を作った。



 侍女達が感謝の目でソアラを見た。


 フレディにフラレて、どう慰めたら良いのかと考えあぐねていたのである。


 その上、お勉強を頑張るだなんて。


 勉強をしたがらないシンシアに、家庭教師もホトホト困っていて。

 王妃陛下がこの事をお知りになれば、きっとお喜びになりますわねと目を細めた。



 ルシオはドアの向こうでこのやり取りを聞いていた。

「 違うだろ? 」と、一人で突っ込みを入れながら。


 僕がソアラを好きになった理由がだなんて。

 とんだ誤解だとルシオはクックと笑った。


 勿論ソアラの頭脳は彼女の魅力の一つなのだが。



 シンシアを手懐けたか。


 ソアラは最後の砦のシンシアを手中に収めた。




 ***




「 そうか……フレディ殿は断って来たか…… 」

 あの後、ルシオはシンシアからフレディとのお茶会での詳細を聞いていた。


 ソアラは仕事の続きをすると言って、エリザベスの執務室に戻っていた。



 ソアラはこういう時は実に然り気無くいなくなる。

 きっと兄妹での親密な話があるのだろうと、席を外したのだ。



 彼女は何時も余計な事は言わず、何事にも控えめだ。

 そこが少し物足りない気持もするが。


 しかし仕事となると……

 人が変わったようにグイグイ来るのが、ルシオにとってはたまらない萌えポイントなのである。


 皆はルーナが気配り上手だと言うが……

 本当に気配り上手なのはソアラなのかも知れないと、ルシオは思うのだった。



 ルシオがシンシアの部屋に入ったのは何年か振りの事だった。

 エリザベスと共に王妃宮に移ってからは、本当に数える程だ。


 まだシンシアが小さい頃。

 当時、王太子夫婦であったサイラスとエリザベスが、泊まり掛けの公務での外出の時は、寂しいと言って泣くシンシアが、眠りにつくまでベッドの傍らで手を繋いであげていた事をルシオは思い出していた。


 7歳年下のシンシアをルシオは本当に可愛がっていた。



 いつの間にか……

 婚姻の話が来る程に大きくなっていたんだな。


 明日はシンシアのデビュタントの日で、ダンスのパートナーはルシオがする事になっている。


 勉強は嫌いなシンシアは理由をつけては逃げ回っていたが、ダンスの練習は一生懸命していたと聞いた。



 ダンスが上手なお兄様と素敵に踊りたいと言って。


 シンシアの思い出に残る最高の日にしてあげよう。

 ……と、またもやセンチメンタルになっていると。



「 そう言えば……フレディ様は心に決めたがいるんですって 」

 チョコレートケーキを食べながらシンシアがそう言った。


 フレディにキッパリ断られ、先程泣いた事で既にスッキリしていた。


 サイラスがシンシアの性格を考慮して、直接断ってくれとフレディにお願いしたのが正解だった。



 心に決めた令嬢がいるなら仕方が無いわ。


 マクセント王国には、王族のみ一夫多妻制度があると、ドロシー達が話していたのを聞いた事があって。


 ドロシーから貰った恋愛小説ではないが……

 王女である自分が正妃になるのは確実だが、側妃を娶られるのは御免だ。


「 フレディ様は諦めるわ 」

 シンシアは傷が浅いだけに立ち直りは早かった。



「 フレディ殿はと言ったのか? 」

「 そうですわ。きっと自国の令嬢よね? 」

 シンシアはそう言って、今度はカボチャパイを口に入れた。


 どうやらやけ食いをしようとしているみたいだ。


 ルシオはそんなシンシアに、ティーポットから紅茶をいれてあげた。

 そんな微笑ましい2人を見るのは久しく無かった事で。

 侍女達の顔は綻んでいた。



 違う!

 そのは自国の令嬢では無い!


 ソアラだ。


 フレディ殿はソアラを欲しいと言っていた。


 そして……

 ソアラもフレディ殿を慕っている。


 いや、正確に言うとソアラが慕っている相手はディランなのだが。



 貴族令嬢達は幼い頃から、母親の決めた令嬢としか親しくはしない。


 学園でも友達は出来るのだが、そこには階級がある事から、他の友達と悩みを打ち明ける程には親しくはならないと言う。


 仕事をする女性も少なくて、ソアラの勤務先である経理部でも女性はルーナと2人だけだった。


 そう。

 ソアラにとっての親しい友人は、ルーナだけなのである。



 王太子の婚約者になったソアラに、悩みが無いわけが無い。

 だからこそ悩みを聞いてくれる侍女が必要だと、ルシオはソアラの侍女を探していたのである。



 そこにディランと言う頼もしい女性が現れたのだ。

 何でも話せて、的確なアドバイスをしてくれるな大人の女性だ。


 ソアラがディランを慕う事はルシオも理解出来る。


 ディランが女性だったら良かったのだ。

 何故にフレディ王太子なのかと。


 ルシオにとっては本当に厄介な事だった。



 まさか……

 フレディ殿がソアラに求婚する事は無いだろうが。


 今、ここで両国の関係に楔を打つ事はしないだろう。

 だから大丈夫だ。


 何度も何度も自分の中で問答をする。


 それでもルシオは不安だった。

 それを言われたソアラが、どんな反応をするのかを考えると胸が苦しくなる程に。


 勿論、ソアラがどんな反応をしても、手放すつもりは無いが。




 ***




「 まさか……シンシア王女との婚姻話が持ち上がるなんて思ってもみませんでしたね 」

「 ああ、突然過ぎて驚いた 」

 誕生祭での晩餐会が始まる前に、シリウスが王宮に用意されたフレディの部屋に訪れていた。



「 両国にとっては良いご縁じゃありませんか?そんなに早急に断らなくても…… 」

 そう言いながらもシリウスは笑いが止められない。


「 歳が違い過ぎる。私はお子ちゃまには興味は無い 」

「 確かに……最早、犯罪レベルですからね 」

 27歳になったフレディは、流石にそろそろ結婚を急がなくてはならない。


 ここでサイラスの要望通りに、シンシアが学園を卒業するまで待っていたら、それこそ30歳になってしまう。



「 それに……私には心に決めた令嬢ひとがいる 」

「 それはマクセント王国のご令嬢ですか? 」

 フレディは意味深な笑いを見せながら、首を横に振っただけでそれ以上は何も言わなかった。


 そこに晩餐会の会場の準備が整ったと言って、フレディの侍従が呼びに来た。


 今回は王太子として来ているので、侍従や側近、大臣達も多数来国しているのだ。



 鉱山の発掘プロジェクトが発足している事から、かつて無い程に両国は親密な交流をしていた。


 国民達も活発に行き来し、この誕生祭に合わせても沢山のマクセント王国の人々がやって来ていた。


 そして……

 他国も両国の事業に注目している事から、要人達が続々と来国して来ていて、王宮はかなりの賑わいをみせていた。


 ソアラの名声を聞き付け、やがて王太子妃となる婚約者を一目見たいと言う思いもあって。


 将来的に……

 ドルーア王国との関係をどうするのかを見極める為に。



 永きに渡り停滞していたドルーア王国の外交が、サイラス国王とルシオ王太子の時代になり、やっと動き出したのである。


 ソアラと言う頼もしい存在と共に。



 それは……

 マクセント王国とて同じだった。


 フレディはある計画の為に動き出していた。

 大臣達がやって来たのもその為だった。









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