第118話 2つのお茶会



 アメリア・サウス公爵令嬢。

 ドルーア王国の王太子ルシオ・スタン・デ・ドルーアの、未来の妃になる為に生きて来た令嬢。


 突然にルシオの婚約者候補から外されて、傷心のあまりに領地へ行っていた彼女が半年振りに社交界に戻って来る。



 社交界は俄に沸き立っていた。

 未だにあるのだ。

 アメリア公爵令嬢待望論が。


 やはり……

 王太子妃になるのに相応しいのは彼女だと。



 そして……

 もう一人の婚約者候補。


 リリアベル・イースト公爵令嬢。

 ルシオとアメリアの2歳年下の令嬢だ。


 彼女も自分の領地に行っていて、誕生祭に来る事となっていた。


 ただ……

 彼女はアメリアよりも2歳年下。

 子供の頃や学園時代での2歳差は大きく、リリアベルとアメリアに差がある事は歴然だった。


 リリアベルも王太子妃として相応しいのは間違いないが、やはりアメリアよりは劣ると陰では噂されていた。



 しかし……

 選ばれたのはソアラ・フローレン伯爵令嬢。


 国中が大騒ぎになったが……

 やがて彼女の持つ恐ろしい程のスキルが発動して、彼女はどんどんと頭角を現した。


「 王太子殿下の婚約者は救世主 」とまで言われ、国民が熱狂する事となった。


『 出る杭は打たれる 』が家訓のソアラからすれば、頭角などは出したくは無かったのだが。



 そんな事もあって……

 多くの国民は、既にアメリアとリリアベルの事は忘れていた。


 アメリアもリリアベルもまだ婚約者なだけであった事から、公に顔を出す事は無かった。

 これもルシオが、選ばれなかった方の事を考えての事だった。



 貴族の間では、未だに公爵令嬢待望論があるにはあるが。


 多くの平民達は……

 正式に婚約者となった、未来の王太子妃ソアラ・フローレンにしか興味は無かった。


 今や、ソアラの武勇伝が彼らの感心事になっていて。



 今回の離宮での横領事件も、新聞記者達はいつの間にか嗅ぎ付けていて。


『 ソアラ・フローレン伯爵令嬢はヨルネシア語まで話せる才女だった 』

『 未来の王太子妃が、ビクトリア王太后陛下を救う 』

『 あの、ビクトリア王太后陛下でさえも、ソアラ・フローレン伯爵令嬢を気に入った 』



 そして……

 こんな事もニュースになっていた。


『 未来の王太子妃を巡って、嫁姑のバトルが勃発か? 』


 モーリスの王族の資金の横領は、何故か離宮のお金だけの横領事件となっていて。


 そして……

 国民はそんな横領事件よりも、ビクトリアとエリザベスの再燃したの方に興味津々だった。





 ***




 ルシオはアメリアとリリアベルを、誕生祭の前日の午後のお茶会に招待した。


 この半年、彼女達がどうしていたのかが気になっていて。


 王都に戻って来るならば……

 友達であり妹みたいな関係だった2人に、会いたい気持ちが押さえられ無かった。



 勿論、ソアラには了承を得ていた。


 元カノ……では無い。

 元婚約者……でも無い。


 ただの婚約者と言う、そのどれにも当てはまらない関係だったが、将来は2人の内のどちらかが自分の妃になると信じて、彼女達に接していた事は事実。


 ルシオの……

 言わば過去の女なのである。



 2人と会う事は嫌だとソアラから言われたら、勿論会うのは止めるつもりだった。


「 君が嫌なら会わないが? 」

「 いえ……お2人の事をお気になさるのは当然の事ですわ。それに、わたくしはそんなに心の狭い女ではありませんわ 」

 ソアラはムッとルシオを睨んだ。


 可愛い。



 その後。

 王宮からの遣いを各々の公爵邸にやり、2人からは招待に応じると言う返事を貰った。


 王太子からの招待を断れ無いのは確かだが。


 それでもルシオは嬉しかった。

 もしかしたら何らかの理由を付けて、断られるのでは無いかと思っていたから。



 学園を卒業してからは特に気を配った。


 常に平等に接する事を心掛け、選ばれなかった方の将来の事を考えて、決して2人だけで会う事はしなかった。



 お茶会の日がやって来た。

 ルシオはお茶会に行く前に、エリザベスの執務室で仕事をしているソアラの元へ出向いた。


 少しでも嫌がっているなら止めようと思って。


 ルーナとの事で……

 あれ程辛いめに合わせた事を悔いていたのだ。



「 ソアラも一緒に来るか?」

「 いえ……そこはわたくしのいる場所ではありませんわ 」

 ソアラはルシオに向かって、行ってらっしゃいと手を振った。



 アメリア様とリリアベル様は殿下にとっては大切な女性ひと

 だから彼女達の事が気掛かりなのは当然だわ。


 それは……

 一傍観者として、3人の姿をずっと見て来たソアラにとっても、アメリアとリリアベルは特別な女性ひとだった。



 殿下は私に気を遣い過ぎだわ。


 ルーナの事を気に病んでいるのだろうと思うと、ソアラは何だか申し訳ない気持ちになるのだった。


 ルーナの事も……

 結局は私の為。


 殿下は……

 私に優し過ぎる。


 廊下に出たソアラは、ルシオの後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。




 ***




「 アメリア……久し振りだな。元気だったか 」

「 殿下……お久し振りでございます 」

 赤いドレスを着たアメリアの、そのカーテシーは誰よりも美しい。


 挨拶を受けるルシオは優しく彼女を見つめていた。


 少し痩せたか?

 痩せたのは僕の責任だな。


 ルシオはチクリと胸が痛んだ。



「 リリアベル。代わりは無いか? 」

「 はい。元気にしておりますわ 」

 水色のドレスを着たリリアベルは、優雅にカーテシーをした。


「 珍しいな。そなたがピンク以外のドレスを着るのは…… 」

「 それは……もう殿下のお好きな色のドレスを着る必要が無いからですわ 」

「 ……えっ!?ピンクが僕の好きな色? 」

「 ええ……殿下はピンクがお好きなんでしょ? 」

「 わたくしもそう聞きましたわ 」

「 僕は……ピンクを好きな訳では無いぞ? 」



 ルシオ王太子殿下は、ピンクが好きと言う話はいつの間にか広まっていて。


 ルシオはリリアベルがピンクのドレスを着ている時に、似合っていると言っただけに過ぎなかったが。


『 王太子殿下はがお好き 』だと言うワードが、一人歩きして行ったのだった。



「 あら?違いましたの? 」

「 違う! 男のくせにピンクが好きとか……あり得ない 」

 ルシオは額を押さえ、アメリアとリリアベルは手で口を押さえながらクスクスと笑った。



 こんな風に、3人での話は終始和やかだった。

 今までと何ら変わらずに。


 ただ違ったのは……

 2人共にルシオを名前で呼ばず、殿と呼んでいた事だった。


 それは……

 婚約者候補から外れた彼女達のケジメ。


 もう名前では呼べない。


 それ程までに、王太子殿下を名前呼びする事は特別な事なのであった。


 過去……

 そんな事を気にしない不敬な輩は、男爵令嬢とルーナだけで。


 ルーナが……

 アメリアから、男爵令嬢と同じだと言及された所以はそこである。



 お茶会は直ぐに終わった。

 アメリアとリリアベルの近況を聞いただけで。


 アメリアは外国に留学する予定であり、その準備として語学の勉強をしていると言う。


 リリアベルは婚活中だと。



「 僕が必要ならば、何時でも力になるから何でも言って欲しい。そなた達には誰よりも幸せになって貰いたいんだ 」


 別れ際にルシオはそう言った。

 もう二度と3人でこんな風に会う事は無いだろうから。



 アメリアとリリアベルもそれを知っている。


 別れ話をした時から半年が過ぎ、各々の気持ちも整理されていた。



 そう言えば……

 2人だけで会ったのは、あの別れ話の時が初めてだったなと、ルシオは空を見上げた。


 陽の光を受けたルシオのブロンドの髪は、キラキラとそれは眩しい程に輝いていて。

 サファイアブルーの瞳が美しく揺れた。



 カーテシーをしてルシオを見送るアメリアとリリアベルもまた、眩しい程のブロンドでブルーの瞳だった。


『血が濃い』


 その理由で結ばれなかった婚姻は正解だと思った。

 離れた事で、改めて自分達が似ていると思うのだった。



「 リリアベル様は本当に殿下と似てらっしゃいますわね 」

 リリアベルはシンシアよりもルシオに似ていると言われていて。


「 あら? わたくしもですが……アメリア様も似てらっしゃいますわ 」


 ルシオの後ろ姿を見つめながら……

 アメリアとリリアベルはそう言って笑い合った。



 令嬢達は逞しかった。

 ルシオはセンチメンタルになっていたが。




 ***




 ルシオ達3人がお茶会をしている正に同じ時間に、シンシアとフレディもお茶会をしていた。


 こちらは王宮にあるサロンなのだが。



「 王女殿下! フレディ王太子殿下がお会いしたいと申されております 」 

 この日のお昼頃に来国して来たフレディは、王宮に到着するや否や早々にシンシアとの面会を要請して来た。


「 王女殿下。お茶の時間に丁度良いですから、午後のお茶会をなされては? 」

「 ええ! 勿論2人だけですわよね 」

 良かったですね~と言って、侍女達はお茶会の準備を始めた。



「 とびきり大人びた格好にしてちょうだい! 」

「 ………ございません 」

「 王女殿下には可愛らしいドレスしかございません 」

 侍女達が首を横に振る。


「 じゃあ、髪型だけでも大人っぽくして!」


 わたくしも……

 フレディ様と、お兄様達みたいな恋をするわ。



 王妃宮の侍女でもあるドロシーが、よくシンシアの侍女とお喋りをしにこの王妃宮にやって来ていた。


「 ソアラ様はスラリとしていてスタイルが良いから、何を着ても素敵ですのよ 」

「 最近は本当に綺麗になりましたよね 」

「 それは……わたくし達侍女の力ですわ 」

 ドロシーがエヘンと胸を張った。


 主をいかに美しく仕上げるかが、侍女達のステータスなのである。



「 ソアラ様は出るところも出ている上に、ウエストも凄く細いから、マーメイドドレスをお薦めしたのだけれども、ソアラ様は着ようとなさいませんのよ 」

「 あら? どうして?マーメイドドレスは流行のドレスよね? 」

 シンシアの侍女達が小首を傾げる。


「 それはね。ダンスが下手だからですって。マーメイドドレスは足さばきがしにくいからって 」

「 まあ!? 何だか可愛らしいですわね 」

「 そうでしょ? ソアラ様って本当に可愛らしいお方ですのよ 」


 王太子殿下はそんなソアラ様に、もうメロメロですわと言って。



「 時々、2人で真っ赤になって見つめ合ってらっしゃるのよ~ 」

 もう、見ているこっちが恥ずかしくなるわと、ドロシーは両手を頬に当てた。


 シンシアの侍女達もキャアキャアと言って。


 侍女達は……

 ルシオとソアラの現在進行形の恋模様に、毎度胸をキュンキュンさせられているのだった。



 聞き耳を立てて、侍女達のお喋りを聞いていたシンシアもドキドキとして。


「 わたくしも……王子様とそんな恋がしたい 」

 シンシアは恋に憧れるお年頃だ。


 理想の王子様である、兄みたいな王子様と結婚をするのだとずっと思っていた。



 そんな頃に……

 隣国の王太子殿下フレディが現れたのである。


「 わたくしの理想の王子様だわ 」

 その精悍な顔、背の高さ、王子様然とした優しい眼差しにシンシアは一目惚れをした。


 お兄様の方が素敵だけれども……

 フレディ様は、お兄様には無い大人の魅力があるわ。



 お茶会のサロンで待っていると……

 フレディがやって来た。


 黒髪にエメラルドグリーンの瞳が精悍さを醸し出している。


 そのエメラルドグリーンの瞳が、シンシアの青い瞳を真っ直ぐに見つめて来た。


 ドキドキ……

 ドキドキ……



 挨拶を終えるや否や……

 フレディは座る事もなく、シンシアを切なそうな顔で見つめて来た。


「 私のような愚かな男には、そなたのような可憐な乙女は勿体無いですよ。それに……私にはもうがおります 」


 フレディはシンシアに深く腰を折って、踵を返してその場を後にした。



「 ……… 」

 わたくしは断られたの?


 シンシアはフラレたのだ。

 まあ、誰もが予想していた事だったが。



 国同士の結束の為に、王子と王女の婚姻はよくある事だ。


 だけど……

 お互いの気持ちを無視しての婚姻はどちらも望んではいない。



 特にマクセント王国は、フレディ王太子の自由さを容認している国だ。

 なので、政略結婚などは考えてはいなかった。


 いや、自由奔放な彼が、政略結婚などする筈が無いと言うのが正解なのだが。


 サイラスの出した婚姻の打診の書簡への返事は、「 我が国の王太子の意思に任せる 」だった。



 来国して来たフレディが王宮に到着すると、直ぐにサイラスに断りの意を伝えた。


「 シンシアには、この先の希望を持たせずにハッキリと否を告げてくれまいか? 」

 フレディ殿の口から拒絶されるのなら、納得するだろうと言って。


 お茶会の前に、サイラスとフレディの間でそんな会話がなされていたのだった。





 ***




「 ソアラ嬢をここに呼んで! 」

「 えっ!? 」

 自分の部屋に戻るや否や、シンシアはそう言った。


 シンシアは……

 瞳に涙をいっぱい溜めて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。









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